第8話 蘭の館
女子の突き刺さるような視線を背中に感じながら、私たちは校舎を出た。
それでも一条くんは止まることはなく、ずんずんと進んでいく。数歩遅れてアキくんたちがついてきている。
「あれが蘭の館だ」
よく手入れされている植物園を通りぬけると、その先にはオシャレなクラブハウスがあった。紫色の屋根と真っ白な壁のおかげでその存在感は強く、正面の壁はガラス張りなっている。
(あ、この建物はパンフレットで見た!)
英蘭会という、英蘭学園のエリートの中でも家柄や財力などの厳しい条件をクリアした生徒だけが使える施設だったはず。シェフ付き喫茶室と防音性に優れた鍵付き個室などがあり、まるで高級ホテルのような写真がホームページにのっていた。
パソコンなどの設備も整っている特別な建物で、私みたいな普通の子は英蘭会のメンバーから招待されないと中に入れないのだ。
「ユキちゃん、ぼくが言った”花持ち”って言葉覚えてる?」
「覚えてるよ。あ、もしかして英蘭会と関係あるの?」
「うん!ほら、一条と白鳥のブレザーの襟に金色のバッチがついてるでしょ」
白鳥って、オウジサマのことかな。
一条くんは私の手を引っ張って進んでいるので、白鳥くんの襟をみる。私の視線に気づいた白鳥くんは少し歩調を速めて、見やすいように襟を引っ張った。休み時間はバタバタしていたから気づかなかったが、確かに花を象った小さなバッチがついていた。
「これは胡蝶蘭の形だよ。幸せが飛んで来るっていう花言葉があるんだって」
素直に感心しかけて、はたと現状を思い出す。
あれ。もしかして私、そんな注目の的である蘭の館に連れていかれようとしてる……?
「待って、私は招待を受けてないから入れないよ!」
「俺が招待するから大丈夫だ」
「大丈夫じゃない!不相応だし、恥をかくだけだよ!」
慌てて断る。ただでさえ人気な二人と関わってしまったんだ。こんな平凡なやつが蘭の館なんかに入ったら、それこそ全校生徒が敵に回ってしまう。
「そんなことはないよ。あの日、ユキは詐欺師を黙らせたじゃん。もっと自分を誇っていいんだよ」
少し笑った目が大人っぽくて、顔が熱くなった。愛称なんて呼ばれなれていなくてそわそわする。
「ちょっと、なにどさくさに紛れてユキって親しげに呼んでんの」
「だってオレ、ユキの名前知らないんだもん」
別に仲良くなろうとしたわけじゃなくて、仕方がないからそう呼んだだけなんだ。私は少しがっかりした。
「ああ、桜二の言うとおりだ。遠慮するな」
「遠慮とかじゃなくて」
死活問題なんだよ……!私が一条くんに招待されたって花凛さんが知ったら恐ろしいことになるっ!
私は穏やかに普通の中学生として生活したいの!
「心配するな、お前は俺の大事な招待客だ。誰にも文句を言わせない」
振り返った一条くんは、自信に満ちた表情をしていた。
真っ黒な瞳が夕日を受けて、あざやかにきらめく。その目に見つめられていると、私は、なんだかすごく価値のある存在になったような気がした。
何も悪いことをしてないんだから、胸を張ってみよう。
嫌々じゃなくて、自分から一条くんの話を聞こうと思った。
入学式だったからか、蘭の館には誰もいなかった。それに少しほっとしつつ、検査もなく普通に入れたことに驚く。
いまだに手を放してくれない一条くんの後についていくと、二階の奥の部屋にたどり着いた。一条くんは、慣れた様子でデジタルロックに数字を入力してドアを開ける。
「うわお前、個室持ってるの?」
「オレも使ってるから個室じゃないよ。他の人は入ってこないけど」
「それほぼ個室と変わらないでしょ」
アキくんが引いたように、これまた高級ホテルの部屋のような室内を見回した。
最後に入ってきた白鳥くんがドアを閉めたのを確認してから、一条くんはやっと私の手を放してくれた。一条くんの手がやけに暖かかったからか、急に放されて外の空気が冷たく感じる。
「周りがいうほどここは堅苦しいところじゃないから、好きにくつろいでくれ。自己紹介が遅くなったけど、俺は
そう言いながら、一条くんは私たちにソファーに座るように促した。
こうして、私たちは遅めの自己紹介を始めたのだ。
「オレは
オウジって本当に名前だったんだ。わざわざ漢字を教えてくれるってことは、よく間違えられてるのかな。
「見た目でわかると思うけど、白鳥はハーフなんだ。しかもイギリス出身だから、女子たちはオウジサマって呼んでるの。苗字とくっつけて『白馬の王子様』らしいよ」
「なんでわざわざ言うのかな」
アキくんはにやりと笑ってそう付け足したが、白鳥くんはすごくいやそうな顔をした。
確かに言われてみれば、鳥っていう感じは馬に似てなくもない……かも。本人は嫌そうだけど。
「私は七瀬雪乃だよ。外部受験で、中等部から英蘭に通い始めました」
「いい名前だね。よろしくね、ユキ」
アキくんを飛ばして、最後は私。自己紹介しても、白鳥くんは愛称を呼び続けるらしい。
「はあ?その呼び方を続けるつもりなの」
「今更変えるのも変じゃん。ダメ?」
「ダメ。ぜんぜん今更じゃないから呼び方変えて。今すぐ」
「ヤダ」
「桜二、あんまり秋兎をからかうな。話に興味があったから来たんだろ」
再びけんかになりそうだった二人を、今度ははっきり止める。
空気が変わった。
「いきなりここまで連れてきてごめんな。でも、他のやつに聞かれるわけにはいかなかったんだ」
「えっ、お礼だけじゃないの?」
「教室じゃあの日のお礼をしたいって言ったが――いや、それももちろん本当だけど、どうしても七瀬に頼みたいことがあったんだ」
「……そういえば、大事な話があるって言ってたねえ」
困ったように眉を下げる一条くんに、アキくんが思い出したように返す。
部屋に流れる真剣な空気に、私は少し嫌な予感を覚えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます