天の川

 唐突な夏休みの宿題的課題は続いた。

「次は天体観測だよ、やっちゃん」

 夜墨は相変わらず窓辺で足を投げ出し伸びている。丸見えの腹をつついても、尻尾を不機嫌に振るだけで動かない。

「ちょっとどいてね」

 おそらく肩と腰を掴んでずるずる窓一枚分夜墨を動かした。猫はしばらくされるがままだったが、外が見えなくなるやぱっと立ち上がった。窓を開ける私の肘あたりで恨めしそうに座っているらしい。毛が当たってくすぐったい。

 二階建てのアパートの二階の角部屋から、切り取られていない夜空が見える。

 この街の建物はほとんどが二階建てだ。三階以上あるのは役所くらいのものだった。建物の屋上には必ず太陽光発電用パネルが設置されているから、陰にならないようにするため、住宅地の密度もとても低い。

 住居間の緑地の枝葉が迫っている夜空はうすじろい。星のひとつも見えなかった。

 試しにバイザー越しで見てみれば、本来見えるはずの星が表示されている。目の前も見えないほど表示されている。

「本当はこんなに見えるはずなのに」

 街の街灯が明るすぎるからだ。だから夜空はあんなにしろく、薄っぺらい紺色をしている。

 課題の意図はそういうことなのだろうか。

「でも街灯を減らすと治安がねえ」

 住居同士の間には基本的に緑地がある。自動車の個人所有はできないことになっているから、主な移動手段は自転車だ。乗合タクシーは二十四時間営業だけど、配車を待つにもやっぱり街灯がなければ防犯上よろしくない。

 エネルギーの自給自足を目指して、人間は我慢までしようとしているのに、灯りだけはどうしても手放すことができない。

「やっちゃん、今夜は天の川が見れているはずだったんだよ。ほんとはね」

 夜墨の背中を撫でる。猫は夜空よりもずっと吸い込まれそうなほどくろい、夜の色をしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る