<第三章:死と幻の島へ> 【05】


【05】


 朝飯は、また豪華だった。

 オクラの甘辛炒めに、沢山の目玉焼き、積まれた焼き魚、ピクルスの山盛り、豚汁、そして大盛りのご飯。

 久々のお米だ。

 こっちにもあるのだが、とても値が張る。戦勝記念に【冒険の暇亭】で一度食べたことがあった。それ以来だから、6年ぶりくらいか?

「沢山食べてくださいね」

 エプロンを付けたシグレに、おかわりを貰う。

 年甲斐もなく、どんぶり飯2杯目だ。久々に食う米がスルスルと胃に入っていく。

 おかずを頬張り、箸で米を掻き込む。

 ハティやアリス、目隠し女は、スプーンで米を食べていた。俺ほど美味いとは感じていないらしく、そこまで食は進んでいない。

 俺のようにモリモリ米を食べていたのは、何故か食卓にいる巨乳ロリエルフだ。

 俺より綺麗な箸の使い方で、どんぶり飯をもう3杯も食べていた。

 それよりも飯、米。

 頭ごとサクサク食べられる焼き魚を口にして米。ピクルスで米。目玉焼きを載せて醤油を垂らして米。頬張り過ぎたら豚汁で流し込む。

 沢山のおかずと米があるだけで人は幸せになれる。

 食べた。

 食べ過ぎた。

 胃がパンパンに張っている。

 異世界に来てから一番食べたと思うほど食べた。

 今日はもう何もやる気がしない。

 洗い物をするシグレとハティの後ろ姿を見ながら、タンポポ茶を飲む。薄いコーヒーのような味だ。

「で、何で居るんだ?」

 飯の美味さで突っ込まないでいたが、そろそろエルフに聞くべきだ。

 彼女もタンポポ茶を飲みながら言う。

「昨晩、治療寺院と旧炎教の施設、冒険者組合、王城の記録を調べたわ。北方と左大陸の寒冷地出身の獣人、その死因と年齢。あなたの妻の言った通りよ。皆、早くして亡くなっていた。その子供と孫もね」

「言った通りだろ?」

 間違いはなかった。

「そうね。夫も礼を言っていた。私からも礼として、頼みごとを聞いてあげる」

「………何でもか?」

「できる範囲よ。体とか言ったら下半身を吹っ飛ばす」

「女なら間に合ってる。ちょっと部屋に来てくれ」

「そう言って――――――」

「しねーよ」

 興味のない女を抱く趣味はない。

 俺は、エルフを伴って部屋に降りる。床に落ちていた本を手にして、エルフに渡す。

「頼みたいことはこれだ」

「新しい本が欲しいと?」

「違う。その前に、1つ約束してくれ。口外するなよ」

「秘密は守るわ」

「この本に書かれた神、【ミテラ】を殺したい。知恵を貸してくれ」

「魔法使いに【神殺し】の相談とは、どういうことか理解している?」

「さあ?」

 餅は餅屋じゃないのか?

「魔法とは神の物語を再現する術。それを行使するのが魔法使い。あなた、剣士に鍛冶職人の殺し方を聞く?」

「聞く場合はあるだろ。人の命が関わっているなら」

「誰の命が関わっているの?」

「女だ」

「どっちの?」

「上の女じゃない。昔に死んだ――――――神に殺された女だ」

 言葉にするだけで頬がピクピクと動く。

 まだ、怒りが消えていない証。

「そうね。………よりにもよって【ミテラ】。となると、これも運命かもしれないわ」

「教えてくれ」

「【ミテラ】は、普通の神とは違う。大抵の神は死で物語を完結し、謳われ、継がれ、信仰され、新たに再臨する。だけど【ミテラ】は、己が物語の中で再臨し、死霊の王として今も尚、死と幻の島で君臨し続けている」

「“形ある者として”ということか?」

 ならば、殺せる形のある者だ。

「そう伝わっているわ。過去、悪逆を許さんと討伐に向かった勇者はいた。名声を求めた冒険者や、騎士、勇士も。あの島から帰って来た者は1人もいない。やがて時間が過ぎ、人々は【ミテラ】を忘れて行く。残ったのは、奴隷飼い共の信仰だけ」

「場所を教えてくれ」

「乗り込む気?」

「乗り込む気だ」

「神を殺す術は?」

「【竜殺し】の力と、過去の英雄の武具。それじゃ足りないか?」

「知らないわよ。魔法使いは、神から力を引用するのが仕事。滅することを考える馬鹿はいない。けれども、1つだけ手段があるとするのならば………」

 エルフはもったいぶる。

「教えてくれ」

「劫火、あるいは真炎。神のいない時代に生じた大災害の残り火。全てを滅却する力よ」

「どこで手に入る?」

「無理よ。かの三大魔術師【法魔ガルヴィング】ですら、最後の最後まで求め続けて手に入らなかった力。一介の英雄如きじゃ届かないもの」

「せめてヒントくらいくれ」

「ダンジョンに潜ったら? 時を超えると伝えられている深層があるわ。そこならばあるいは………いえ、ないわね」

「悠長にダンジョンに潜れる状況じゃないだろ」

 例の騎士の件。

 竜に露見したら面倒になる。聖女2人は待ってくれているが、人の噂は止められない。今日にでも広まるかもしれない。

「ランシールは、街の防御を固めているみたいね」

「だろうな」

 本当に俺がどうにかしなきゃいかないのか? このままランシールに任せても、と思うのは英雄としては無責任か。

 さてより今は、

「最後に、【死と幻の島】の場所を教えてくれ。できれば足も頼む」

「本当に乗り込む気なのね」

「場合によっては、な」

「交友のある魚人に頼んであげる。島まではすぐよ」

「助かる」

 頼んでみるものだ。あっさりと島までの足が見つかった。

「私としては、夫と子供が無事なら構わないわ。例え英雄が1人消えても。でも、あなたはその辺りをよく考えたの? 話し合ったの? どうせ女は置いていくつもりでしょ」

「そりゃ置いて行くさ。この戦いは、俺1人が背負う咎だ」

「格好つけね。まるで英雄譚の最後よ」

「俺が消えたら、俺も語り継がれて化けて出るのか?」

 そうやって現れた俺は、たぶん俺じゃなく似た別の誰かなのだろうが。

「どうかしらね。でもその時は、【竜殺し】の血筋として語ってあげる。新しい【竜殺し】の結末を。ただ、今のままではページが全然足りないわ。もっともっと、逸話を増やして将来本を厚くしなさい」

「ピンと来ないなぁ」

 正直、まだまだ英雄としての自覚はない。自分に言い聞かせているだけだ。

 予感しているのは、俺がこれを自覚するのは死ぬ時だろう。それが神を殺す時なのか、殺した後なのか、殺される時なのか不明だが、きっと自覚するのは最後だ。

 軽い耳鳴りがした。

 空気が変わる。

 気圧が変化した? いや、何か別の原因だ。

 慌ただしい足音。

 血相を変えた目隠し女が降りてくる。

「ま、マズい。マズいことになったぞ、【竜殺し】殿!」

「なんだ?」

 俺は、自然とベッドの下に隠したピッチフォークを手に取った。

「赤鱗公だ! オズリック・リューベルの母が今、レムリアの空にいる!」

「早い復讐なことで」

 島行く前に戦争か?

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