<第二章:降竜祭> 【14】


【14】


「端神に堕ちた竜如きが!」

 鉄鱗公が翼を振るい、炎風を生み出す。その炎を、白毛の竜は翼の一振りで消し飛ばす。

 草原に涼やかな風が吹く。

 焼け焦げた跡から草花が狂い咲きした。

「ほう、その程度かい?」

「だっ、黙れぇぇ!」

 激高した鉄鱗公が駆けだした。

 2体の竜が激突する。

 大爆発のような衝撃波が生じ、花と火の混じった旋風が巻き起こった。

 爆風の中心で、竜たちは手を掴み合う。

 額をかち合わせ、翼で剣戟を繰り広げる。

 人知を超えた戦いだ。一挙一動で天災が発生している。

 戦いは拮抗していた。

 だが、長くは続かない。

 大きな骨と肉の潰れる音が響く。

 白い竜の翼が、1つ斬り落とされた。黒鉄の竜の燃える翼によって。

「この程度かッ!」

 鉄鱗公が吠え、もう1つの翼も斬り落とす。

 返す翼が、白い竜の胸を斬り裂く。

 燃える羽毛が血のように舞う。

「所詮は幻身、この程度だよ。しかし、持って行く」

「消えろ!」

 燃える翼が、白い竜の首を斬る。

「ヴァ」

 ポン、と軽快な音がして、白い竜の体が大量の羽毛に変わる。羽毛は燃える翼に纏わりつき、燃えながらも火の勢いを鈍らせる。

 小さい毛玉が風に乗って消えた。

「蛇、やれ」

 何を犠牲にしても、こいつだけはここで倒す。

 そう何を犠牲にしても、例え彼女に忘れられたとしても、必ず。

「受け取れ、余が貴様に与える最後の力じゃ」

 鉄鱗公の足元で、俺は蛇が吐き出した武器を手に取る。

 火の粉と共に、赤い蒸気が漂う。満ち溢れた力が、肉を埋め骨を再生する。

「【飛竜狩り】【竜甲斬り】【喰らう者】【青王位】【剛腕のグラッドヴェイン】【冒険者の王】【簒奪者】【獣の王】。そしてこれぞ、英雄の中の英雄フィロの一槍。【星蝕み】」

 白い柄の槍だ。

 穂先は、青い布に包まれている。

「ご照覧あれ、鉄鱗公。これがお前の運命だ」

 俺は青い布を解く。

 現れたのは、鋭く歪な矢印の形をした穂先。その刃は火を蝕むように黒く、だが火を飲んだように赤く鈍く瞬き蠢く。

 槍を片手で担ぎ、左手で片合掌をとる。

「俺様に近寄るな! 潰れろゴミ虫ッ!」

 燃える翼が振り下ろされた。

 俺は、迫りくる巨大な炎を見つめ未来を1つ呟いた。

「一撃だ」

 身体が音の壁を破る。

 踏み締めた草原が円状に爆ぜた。首を下げ、槍を天に突き出す。

 空を貫き、月を穿つ突き。届くのなら星を砕く。

 自負ではない。事実だ。

 薄氷を砕くような手応えの後、女の悲鳴が聞こえた。

 赤毛の少女の悲鳴。その断末魔には化け物の声が混じる。

 砕かれた炎が散る。

 砕かれた剣が散る。

 砕かれた翼が舞う。

 片翼を砕かれた鉄鱗公が、残った翼で羽ばたこうとする。

「無駄だ」

 竜は地上に転がり溺れた。

 砕いたのは片翼だけじゃない。俺の剣だけじゃない。竜を竜たらしめる血を砕いた。

 この槍は、大きな力を全て壊す。

 どのような力も蝕み、壊すのだ。

 人も鉄も星すらも。全てを蝕み喰らい尽くした後、自らをも喰らい消える。そういう化け物の欠片なのだ。

「危なくて、おいそれと使えねぇよ」

 どんな二次被害があるか想像できない。

 穂先を青い布で覆い、槍を眠らせる。寝付きは前の剣よりもかなりいい。

 しかし、前の剣といい、これといい。

「もうちょっと扱いやすい物を………………………………あれ?」

 俺は、誰に話しかけようとした?

 立ち眩みがする。

 酷い疲労感に襲われた。

 この槍、どうやら体力もごっそり持って行くようだ。満ち満ちていた再生点も、綺麗に無になっていた。

 それでも、もう一仕事する体力は残っている。

 竜の元に歩く。

 小さくなった少女の元に歩く。

 腹を蹴り上げると、よく転がった。

「かっ、かはっ」

 この見た目だ。

 心が痛むかと思ったが、そうでもない。だからといって、嗜虐心が湧くわけでもない。似た気持ちを上げるとすれば、解体する前の豚や、魚に向ける感情と似ている。

「俺には、お前を痛めつける権利がある。手足をへし折り、ネズミに齧られながらゆっくりと死ぬ様を見ることもできる。ラム酒をかけて、鬱蒼と茂る森に捨ててもいい。単純に、豚の餌にしてもいい。奴隷に堕とし、想像を絶するゴミに売ってやってもいい」

「黙れ黙れ黙れ黙れッ! 俺様を痛めつけてみろ! 父上が黙っていないぞ! 姉上たちもだ! 貴様だけではないぞ! この国全てが焼き尽くされる!」

「じゃあ、そいつらを呼べよ。今すぐ。全部ぶっ殺してやる」

「人間如きが、人間っ」

 俺の目を見た少女は、急に黙り固まり失禁した。

 まただ。

 俺を見ていない。俺を見て、別の誰かに怯えている。

「お前の片翼、剣を取り込む前から傷付いていたな。やったのは俺と同じ【獣の王】か? それでまあ、俺の力を狙ってこの始末かよ。よくもハティを」

「奴と貴様が、同じ、同じわけがっ、わけがなっ」

 少女の顔を踏む。

 力を込めたら、砕けるだろうか? 壊した後に利用した方がいいか? とりあえず、手足の一本でも落としておくか。極わずかにだが、腹が立ってきた。

 風が吹いた。

 空から、白銀の竜が降り立ってくる。

 体格は白毛の竜とほぼ同じ。これが、成竜の平均的なサイズなのだろう。

「遅かったか」

「姉上! 良い所に! どうか、お助けください!」

 踏み付けられた少女が、竜に助けを請う。

 この竜が、恐らくは白鱗公だろう。

 俺は黙って槍を担ぐ。

「お気を付けを! この男の武器は竜の力を!」

「黙りなさい、スコル。こなたを足止めするために、北の結界に穴を開けるなんて。しかも、飛竜まで持ち出すとは」

「どうか! 弁明する機会を! 今はどうか! どうかお助けを!」

 この生き汚さは、人間でもそう見ない。

 あいつとお似合いだな。

「父上から、お言葉を預かっています。『人に敗れ、人を恐れ、人を侵す。それはもう、竜ではなく。ただの人なのだ』と」

「み、見捨てるというのですか? 俺様はあんたの姉妹だぞ! 家族ではないのか!」

「スコル、残念よ」

 白銀の竜は飛び去った。

 一度だけ、哀れな鉄鱗公に振り返る。

「………呪われろ。姉妹も、父上も、竜も、貴様もだ!」

 うるさいので強めに顔面を踏み付けた。

 5、6回。血が出るまで踏み付けると、鉄鱗公は震えて黙る。

「お前、何か勘違いしてないか? 地獄も呪いもこれからだぞ」




 城の牢に戻って来た。

 途中、王女と簡単な打ち合わせを済ませた。

 ハティの、いや邪竜の牢の前に立つ。

 顔を歪ませ、邪竜は笑う。

「あら~あら~! 勝ったの!? 力を奪われたというのに! アハハハハハ! あなた本物ね。本物の【獣の王」よ! 貴方こそ、このラザリッサの伴侶に相応しい。王と讃えてあげる。獣と賛美してあげる。2人で世界を焼き尽くしましょうよ!」

「黙れ、ハティの中から出て行け」

「イヤよ。絶対にイヤ。貴方のこと気に入ったもの」

 邪竜は、ハティの笑顔で微笑んだ。

「勘違いするな。俺に仕えようっていうのなら、そんな体よりこっちを使え」

 俺は、背負っていたズタ袋を降ろす。

 中から出てきたのは、全裸で縛り上げられ猿轡を噛まされた少女。乾いた鼻血の跡や、今も流している涙、小便の匂いが実に惨め。

「弱ってはいるが、本物の竜の体だ。聖女の体より“使える”だろ? 俺に仕えるなら誠意を示せ。ハティの中身が、お前じゃ勃たねぇんだよ」

「………アハ」

 邪竜は、口が裂けたような笑顔を浮かべた。

「話が違うわよ! 何を考えているのフィロちゃん!」

 驚く王女に槍を向けた。

 近衛兵が剣を抜き、今にも攻めてきそうに切っ先を向けた。

「やるならやれ! 時間はないぞ!」

 ハティの体から、黒い霧が溢れ出た。

 格子をすり抜け、黒い霧は鉄鱗公に迫る。

「む゛ー!」

 悲鳴を上げる鉄鱗公の穴という穴に黒い霧が入り込む。彼女は白目になり、ガクガクと体を動かし意識を失う。

 同時にハティの体が倒れ込み。一拍の沈黙の後、少女が目覚める。

 俺は、少女の猿轡を外す。

「どうだ? 新しい体の住み心地は?」

「なっ! 何よこの体! 力がカスほども残っていないじゃない!?」

 少女と化した邪竜は、ジタバタと体を動かすもロープが切れない。まるで、か弱い人間のようだ。

「謀ったわね! あの奴隷の王の入れ知恵?!」

 槍の石突きで少女の頭を殴打した。

 小さい頭が石畳に当たり弾む。簡単に気絶した。

「持って行け。たぶん安全だ。前の体よりな」

 近衛兵が、少女の体を運び去って行く。

 ランシール王女は、疑いの目を俺に向けた。

「………これで終わり?」

「他にどんな終わりがあるんだよ」

「そうね。実はまだ、ハティちゃんの体に邪竜が残っていて、あなたが食い殺されて竜が街を焼き尽くすとか?」

「そいつはホラーだ」

 B級の。

「何を言っているのかわからないけど」

 王女は残った近衛兵に命じ、牢を開けさせる。

「様子見するから、あなたも入っていなさい」

「………なんだかなぁ」

 収監。

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