<第二章:降竜祭> 【10】
【10】
「ってことがあった」
1階層に戻って来た俺は、畜生2匹に状況を説明した。
周囲の明かりは絞られ、薄暗いカンテラの明かりが点在している。先に帰っていたアリスは、シグレと共に寝ていた。他の避難民も就寝中だ。
「ラザリッサを、鉄鱗公なる竜が封印し手に入れたと!?」
意外な蛇の反応。
「なんだ知り合いか」
「ううーむ。思い出したくもないが、余を騙し利用した最後の女じゃ。邪竜めが、まだこの地におったとは。しかし、竜の王自らの命とは解せんな」
「鉄鱗公の独断と?」
「半々じゃな。邪竜とて竜は竜。人の手で管理されるのは面白くないであろう。だが、竜とて邪は邪。いまだ存在している竜の汚点を、しかも数百年放置していた汚物を、今更管理する理由が思い付かん」
「つまりは………竜の心情はわからんと?」
「余はわからん。ほれ、貴様はどうだ?」
蛇は、顔を洗っている猫に話を振る。
「いや、僕も竜の心など知らんぞ。むしろ、人の心もわからん。あ~わかるのは、その封印に使用した剣だな」
「赤い大剣か」
「水晶のような刃材だったろう?」
「そうだ」
「アガチオンで間違いないな。金物に目ざとい竜め。“ほしのこ”まで盗んでいたか」
「星の子?」
星の剣とか言ってなかったか?
「この惑星の空には月が3つあるだろ。アガチオンは、その1つを作り上げた剣だ。エリュシオン秘蔵の聖剣でもある。まあ、技術と施設さえあれば量産可能な兵器なのだが」
「また1つ賢くなったよ。どうも」
「どうせ寝たら忘れる癖に」
忘れる。
「さておき、アガチオンなら邪竜の封印は可能だ。奴の面倒な特性。あらゆるエネルギーを吸収するガス状に変化する術。それを、重力を操るアガチオンなら完封できる。………重力はわかるよね?」
「馬鹿にすんな。俺、義務教育は受けてるぞ」
「じゅ、じゅうりょく?」
蛇は一旦無視。
「邪竜が、中央大陸に一度も現れなかった理由はこれだ。狡猾で臆病、蛇のような奴だ。王よ、君とお似合いだったのでは?」
「黙っとれ」
蛇は猫に威嚇した。
確かにお似合いだ。
「うーん? 竜のことなんぞ、僕はどうでもいいのだけど。違和感はあるなぁ。必要以上に人の領分に踏み込んでいる。竜が人と密に関わるとろくなことはない。青鱗公しかり、朽鱗公しかり」
「その2つ、鉄鱗公も言っていたな」
何ぞ知らないけど。
「知らないのか? 朽鱗公は大陸が違うからまだしも、青鱗公はこの大陸。それもレムリアから、すぐ北にあった王国の話だぞ?」
「冒険者に関係あるのか?」
「ないけど、それと無知は別だ」
やれやれと猫は肩をすくめた。
蛇が説明をする。
「フィロ。貴様の使っている青い旗、あれはロージアンの旗印。青鱗公の国じゃ。竜と交わった王族の国。たった1人の獣頭の男に滅ぼされた国である」
「獣頭?」
俺を助けてくれた奴と関係が?
「おお、獣頭か。あいつは――――――」
「黙るのじゃ」
「おぐぐぐっっ」
蛇は猫の首に巻き付く。
不意を突かれたのか、猫はもろに絞められてギブギブと床をタップしている。
お前ら、実は仲良いだろ。
「近くに気配を感じるのじゃ。呼んで気付かれてみい、余も貴様も八つ裂きじゃぞ」
「僕はそうかもねぇ。って、なんで君もさ? 生前は良好な関係だったじゃん。そう聞いたぞ?」
「“生前”はな。軽く蘇った時に色々あった。しかも、あ奴め。完全に“あっち”側の味方になっておる。妄執の獣だった癖に、今では神様気取りじゃ。かー! 気に食わん」
「爺の昔話は他所でやれ。それで結局、どうなんだ?」
俺は再度、周辺を見回して気配を探る。
問題はないが、声は更に絞る。
「俺はこのまま、鉄鱗公をやっていいんだな? 王女の命令を完了したら、背後から刺されるなんてことはないよな?」
まず蛇の意見。
「やれ。やるしかあるまい。だが、背中には気を付けよ。余なら面倒ごとはまとめて処理する」
「余力を残せればいいが」
本気の竜とやらを、俺はまだ見たことがない。
斬れるか否かと言われれば、確実に斬れるのだが、問題はどう近付くかだ。
次は猫の意見。
「僕は、やるなと言っておこう」
「なんでだよ」
とりあえずで反対してないか?
「竜だからだ。古今東西、人間と深く関わった竜と、竜と深く関わった人間は、もれなく不幸になっている」
「【竜殺し】もか?」
「【竜殺し】は最たる例だぞ。朽鱗公、人に初めて殺された竜。それを屠った女の歴史は惨憺たるものだ。しかも、娘、孫、子孫へと脈々と不幸は引き継がれている。竜と関わること自体、呪いに触れるようなものといえる。止めとけ」
「俺はもう、悪辣な神に呪われている。竜がなんだ」
「君1人の問題ではないから止めている。将来、アリスの娘か息子に僕の面倒を見てもらわないと困るのだ」
「勝手に困ってろ」
ガキとか、俺には一番縁遠い存在だ。
「で、どうするのじゃ?」
「やる」
蛇の意見を採用。
竜殺しの名誉は頂く。合わせて、
「おい、猫。アガチオンだっけ? 俺にも扱えるのか?」
「汎人類なら猿レベルでも扱える。ほぼ自動で使用者を守り、敵を倒す剣だからな。難しいのは、認証させることだね」
「認証のやり方は?」
「使用者を殺せ」
「渡りに船でカモ葱か」
竜を殺せば、セットで邪竜もゲットできるとは、運が向いてきている。
英雄が近い証か?
「ラザリッサを手中に収めるのか? 余は気が進まん」
「剣に封じたまま、手元に置くだけだ。解放して乗る気もはべらせる気もねぇよ」
「手元に置いてどうするというのだ? 利用価値はあるが、貴様に上手く使えるのか?」
「そこはそれ、お前が考えてくれ」
竜が寄越せと言ってきたら、価値を吊り上げて渡すも良し。ランシールを揺さぶるのに使うのも良し。他………他にもたぶん何かあるはず。
「不安じゃ。爆発する毒液を交渉材料にするようなもの」
「得意だろ? そういうの」
「やれやれ」
蛇は飽きれていた。
「ヴァ」
と鳴く毛玉が、蛇の猫の傍に現れた。
夕飯の残りであるペミカンを毛玉に献上し、眠気が限界に達した。
今日一日は、これで終了。
明日、本番の降竜祭に向けて眠りについた。
気付くと朝だった。
眠りが一瞬のようだ。
飯の匂いがする。懐かしさを感じる家庭料理の匂い。
近くで【冒険の暇亭】の面々が炊き出しをしていた。ぎこちない笑顔でアリスも手伝っている。
俺はもうちょっと寝たいので目を瞑ると、
「せ~んぱい!」
即、起こされた。
マニが、ポトフの入った器を差し出してきた。
「朝飯っス! 降竜祭の本番、頑張ってくださいっス!」
「お、おう」
器を受け取ると、マニに手を撫でられる。
なでなでなでなでと、ちょっと長い。いや長すぎる。
「食えないのだが」
ようやく放してくれた。
スプーンで芋を口に入れる。優しい味わいが胃にしみる。
「ちなみに先輩。愛人の席はどれほど空いてるっスか?」
「おぶっ」
吐き出しかけた。
「女とは、権威に抱かれたい生き物なのだ」
それだけ言って、蛇はガラクタの山に引っ込む。
そういう。そういうことか。
俗に言う。世の春? あ、いや、今はそれどころじゃない。というかマニに対してそれは本当にもう、色々と俺の心中が穏やかではいられない。2回も関係を利用してるわけだし、下手したら3回目もありうる。
しかし、責任とるのも男の――――――
「は~い。仕事を途中で投げ出さな~い」
「いだだだだだだっ! 店長そこは痛いっス!」
シグレに耳を掴まれて、マニは仕事に戻っていった。
心を落ち着かせながらポトフを食べる。
また、蛇がガラクタから顔を出した。
「英雄の道を行けば、自然と女は集まって来る。だが、しかりと見定めて抱かぬと痛い目を見るぞ」
「お前みたいにか?」
「ラザリッサのことを言っているのか? あれは別じゃ。火だるまにされて、死ぬか従うかの二択じゃった。別の選択肢があれば、あんな毒婦は絶対に選ばん」
「毒婦ねぇ」
「英雄なら毒も食らえと諸王は言うが、薬になる女か、薬にもならん女にしておけ。余の経験則じゃ」
「へぇへぇ」
猫もガラクタから顔を出す。
「僕からも女について格言がある」
「お前は黙ってろ」
「貴様は黙っておれ」
「なんで?」
むしろ、なんで女を語ろうと思った?
ポトフを完食。最後のペミカンを齧り、水で流し込む。立って軽く柔軟、慣れない寝床で凝り固まった体を伸ばす。
気力体力共に充実。再生点も、最高に近い量で満ちている。
ペミカンの効果だな。ぼんやりとした味はともかく、流石【アウドムラ】といったところ。
外に出ていく冒険者がちらほら見える。
昨日は遅刻が功を奏したが、今日もそうとは限らない。
俺も早めに出よう。
鎧を着て、2つの剣を帯びる。腰のポシェットには、白い短剣と旗を収納したスクロール。左手首の鞘には投擲用の短剣。マントを纏い。装備に痛みがないか動いて確認。
問題なし。
「行くぞ」
「うむ」
蛇を肩に乗せた。
作業中のアリスに目配りをして、外に出る。
穏やかな朝の陽気に、飛竜の血と腐肉の匂いが漂う。
ダンジョンの入り口には、冒険者組合の組合員が立っていた。
冒険者各々は、自分の担当と今日の段取りを話している。
俺の担当、ピンク髪の触手女はすぐ見つかった。
「フィーロさんじゃないですかぁ、昨日はご活躍でしたね♪」
「どうなってる?」
「小粋な世間話はなし?」
「なし」
「昼前に、鉄鱗公は街に降りるとのことです。冒険者は、各自自由にこれを迎撃。街の被害は国が補償するので好きなように暴れてください。あくまでも、“竜と戦うさいの被害”ですので、お忘れなく。自分の家に火を点けて、建て替え費用を請求とかしないでくださいね。監視してますので、火事場泥棒も無駄です」
「するか」
「では結構。後は街で待機を」
「竜はどこに降りる?」
「不明でっす」
「そういうことか」
入口の隅に移動。
空を見ながら待機する。
視界の端の触手は、他の冒険者や組合員と談笑している。しばらくして、何故か寄って来た。
「ここで待機しちゃうんですか? 皆さん城壁に移動してますよ?」
「ここが襲われたら、また駆け付けなきゃならんだろ」
「やだ。英雄みたい格好いい」
「黙ってろ」
触手を抜くぞ。
「いやぁ、ロージーちゃんも英雄と謳われる人の担当で鼻高々です。罰ゲームで押し付けられたのに、棚ぼたですわぁ」
「………………」
押し付けられたのは、察していた。
「どうです? やっぱモテモテですか? ロージーちゃんの前の主人も、そこそこモテモテ、そこモテだったんですけど、あの人はまぁ評判の悪い人で、名声功績は全て闇の中、可哀そうな人のです。の癖に、女性5人に手出して子供作ってましたけど」
「なんだそれ、死ねよ」
殺してやろうか?
「なんやかんや、奥さん方は仲が良かったのですが、年頃の娘さんにバチクソ嫌われちゃいまして、その謝罪として――――――」
剣が震えた。
「黙れ」
触手の口を押さえて、耳をすます。
空に変化はない。
変わりに、微かな地鳴りを感じた。
「下?」
街から土煙が上がる。
そこから現れたのは、まさしく本物の竜だった。
体長、18メートル。翼開長、80メートル近く。
途方もなく大きいが、スマートに見えるシルエット。鋭い爪のある手は細長く、反して2足で立つ脚は太く強固。
金色の瞳と長い首、強者としての威厳のあるトカゲ顔。
特徴的なのは、頭にある真っ直ぐな二つの角と、全身を漂う漆黒の鱗。
鱗?
違うぞ。あれは、“ガス状の霧”だ。
「嘘だろ」
邪竜?
解き放ったのか? それとも、取り込まれたのか?
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