こもれ火

王生らてぃ

本文

 蒸し暑い夜も、凍える夜も、暗くて寂しいと思うことはない。



 真っ暗なベランダの、手すりにもたれかかって、こっそりと煙草を吸っているときに、隣の部屋のほうから洩れてくるアンバーの光。涼音が帰ってきたのだ。遅れて水音と、ごそごそという音。今日はいつもより帰ってくるのが遅いみたい、残業かな? いつもお仕事ご苦労様、涼音、今日も大変だったね。



 時々、影がすっと光を遮る。涼音が部屋の中をあわただしく動き回っている音がする。



 ちょっと脂っぽいコンビニ弁当の匂いと、お酒の匂い。いつもいつも、ちょっと健康に悪そうなものばかり食べている涼音。たまには体にいいものを食べてほしい。また前みたいに、私が作ったお惣菜をプレゼントしに行こうかな。ちゃんと食べてくれただろうか。



 ベランダの隙間から洩れてくる光が消える。涼音はもう寝ちゃうみたいだ。ついさっきまでご飯を食べていたのに、もう寝ちゃうの? 食べてすぐ横になると牛になっちゃうよ。

 ……と思ったら、部屋の照明の光とは違った、白・赤・青の光の点滅が漏れてくる。

 映画だ。涼音は部屋を真っ暗にして映画を見るタイプなのだ。

 この間のよりも、漏れてくる光がちょっと激しい。新しいやつを見ているのかな?



 やがてそれもなくなり、今度こそ静かになる。涼音はいよいよ寝ちゃったみたいだ。

 私はそれを確認して、こっそりと煙草に火をつける。涼音、いつも頑張ってるね、おやすみなさい。私は涼音のこと、ちゃんと見守ってるからね。



「そこに誰かいるの?」



 ベランダの向こうから、私に呼びかける声がする。

 涼音じゃない。

 そっちとは違う、反対側の、隣の部屋のベランダからだ。



「誰……?」

「……、」

「……やっぱり気のせいか。空き部屋だもんな、となり……でも、一応後で管理人さんに言っておかないと……」



 涼音の部屋から光は漏れてこない。どうやらぐっすり寝ているみたいだ。

 よかった、涼音が起こされなくて。

 どうか、あなたの部屋から光が漏れてこないまま、ゆっくり朝を迎えられますように。

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こもれ火 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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