第9話 狐でも見たのか?

 それから僕は神社を出て、大里商店まで向かっていた。理由はもちろん、あの絵馬を書いたのが店主であるかどうかを確かめるためである。


「ふぅ……もうルート覚えちゃったな」


 迷わずに商店へとたどり着いた僕は、また手動の扉を開く。そしたらすぐに店主が僕に気づいたみたいで、話しかけてきたんだ。


「おお、少年。どうした? やっぱり昼食が足りなかったか?」


「そういう訳じゃないんです。少しお尋ねしたいことがあってですね」


「何だ? 何でも答えてやるよ」


「ありがとうございます。じゃあ……店主さんって絵馬を書いたことありますか? あそこの神社で」 


 僕がそうやって聞くと、店主は少し嫌そうな顔を見せて。


「えっ? まぁ、あるが……何だ、もしかしてオレの絵馬でも見つけたのか?」


「はい、多分。『腰の調子を治したい』で合ってますか?」


「合ってるが……人の絵馬をジロジロ見るのはあんまり関心しねぇぞ?」


「それはすみません。でですね……その願い、叶えにきました」


「はぁ?」


 ここで僕は、どうやって腰を治すかを全く考えていないことに気が付いたんだ。まぁ……その辺りは神様に頼めばいいか。神だから多分そのくらい出来るでしょ。


「だから神社に来てください。きっと治りますから」


「……」


 僕はそう言ったが、店主は浮かない顔のまま。


「いや……あのな。実は前に書いた時よりも、腰の調子が悪くなっててな。今じゃ、あの神社の階段を上ることすら難しくなってるんだ」


「あ……そうなんですか」


 それは困ったな。階段を上らなきゃ、神様のいる本殿までたどり着かないもんな……なーんてことを考えていると、突如僕の脳内に。


『春! いいからそやつを神社に連れてくるのじゃ!』


 神様の声が聞こえてきたんだ。一瞬僕は驚いたが、契約で五感を共有していたことを同時に思い出したんだ。まぁ神ならそれぐらいは出来るのか……いや、そんなことよりも。僕は小声で神様に話しかけた。


「神様話聞いてた? 店主は階段が上れないって言ってるんだよ?」


『いいから連れてくるのじゃ。その辺はウチが何とかしてやるから』


「ホントかな……?」


 ここは神様の言うことを信じてみるべきだろうか……?


「おい、少年。誰と喋ってんだ?」


「ああ、いえ、何でもないです。それで……やっぱり神社に行ってみませんか? 階段はどうにかしてくれるらしいので」


「らしい?」


「あ、えっと……」


 僕は言葉に詰まる……そりゃ神社に狐娘の神様がいたなんて言っても、頭がおかしくなったと思われそうだしな……視線に困った僕は、店内をキョロキョロし始めたんだ。そこで目に入ったのは、あの狐の置物だった。あ、まさかこれって──。


「……もしかして少年、狐でも見たのか?」


「えっ? あ、えっと……そんな感じです」


 それを聞いた店主は「ガハハ」と大きく笑い声を上げて。


「ああ、そうか! だったら行かなきゃバチが当たるな!」


「……信じてくれるんですか?」


「あだぼうよ! お前さんを疑うことは、嫁を疑うことと同義になるからな!」


 そうやって元気に言ったんだ。これは予想だけど……店主の奥さんと僕が同じようなことを言ったから、嬉しくなったんだと思うんだ。


「ありがとうございます。でも……自分から誘っておいてなんですが、店開けてても大丈夫なんですか? 今は1人でやってるんですよね?」


「それは大丈夫だ! この時間には誰も来ねぇから……ま、もし来てもちゃんとお金置いて、商品買うだろうよ?」


 おお。その辺の信頼は、流石田舎と言ったところだろうか。


「そうですか。じゃあ行きましょう」


「おう! 誰かと出歩くなんて、久しぶりだ!」


 店主は声を弾ませ、椅子から立ち上がったんだ。

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