全員悪人の荒野で暗黒騎士vs巨大ザメvs忍者はあり得る与太話

ばらん

第1話 戦えメタル! 武装トラックin巨大ザメ




 不毛の荒野を黒ずくめの男とモコモコした女が歩いている。

 黒ずくめの男——————メタルは、この荒野じゃあちょいと名の知れた腕利きの剣士。暗黒騎士を自称し、黒いロングコートを纏って銃撃戦の中を刀身まで黒い剣、暗黒奈落剣一本で暴れ回る。

 モコモコの女——————メリーは、一攫千金を目標にこの荒野に訪れ、トラブルというトラブルや不運という不運に巻き込まれて、現在は横に歩く変な男と旅をしている。普段は気弱で少しおどおどしているが、土壇場の胆力は中々のものだとメタルは彼女を高く買っていた。


「トカゲって意外と美味しいですよね」

「何だかんだ、お前も慣れてきたみたいだな」

 メリーがこの理不尽な荒野に来てから1週間。メタルと共に旅して4日目。

 メタルの言うように、メリーはワイルドでストロング、弱肉強食の荒野に慣れてきて、二人の歩みは順調だ。


「いつになったら街に着けるんですかねぇ〜」

「バカみてぇに広いからな、この荒野。アイツらの意表を突く為とは言え、徒歩での移動はかなり厳しいぜ……」

 逃亡を悟られないよう、車を残して前の街を出発した二人は、どこでもいいが水や食料にありつける場所を目指して歩いていた。

 だが、行けども行けども街には着かず、疲れ果てている。


「ある程度は離れたし、そろそろ車を奪おう。」

「でも、この荒野の車ってみんなトバしてますよね。オープンカーならいざ知らず、走ってる車を奪うなんて出来るんですか?」

「ちょいとキツいが、多分行けるだろうさ」

 メタルがそう言うと、全体に装甲とスパイクを付けた武装トラックが轟音を立てて走ってきた。

「じゃ、頑張って下さい……」

「……へっ、へへっ! 怖くなんかねぇぞ……俺様の暗黒奈落剣にかかりゃああんな鉄屑……」

 思わぬ強敵の登場に、暗黒騎士メタルの額に冷や汗が浮かぶ。

 メタルが震える指を愛剣の柄に添えた時——————


『ズンチャカズンズン♪イカしたイカれバイク♪ ガソリンを燃やし尽くせ♪ぶつかるモノは全て粉砕〜♪』


 武装トラックから、アホな曲がバカみてぇな音量で聞こえた。

 それは、獣が己を誇示する咆哮に良く似ている。

 しかし、メタルにそれをゆっくり聞いている余裕は無い。

 武装トラックは刻一刻とその姿を大きくしている。メタルの心中の、恐怖もそうだ。

 故に、だからこそメタルは覚悟を決め、愛剣である漆黒奈落剣を抜き、道路の真ん中に立った。


「(ゴクリ)……」


 メタルはふざけた言動をするものの、多少は腕利きの剣士だ。このゲキヤバ荒野で三年以上生き残っているのがその証拠。

 研ぎ澄ませた神経で、武装トラックの弱点を見抜き、最適なタイミングを測る。


「5……4……3……2……」


 ——————その時、武装トラックのコンテナが爆散した。


「うおおおおおおおおおおおお!!!」


 咄嗟に横に飛び退くメタル。

 飛んできた鉄屑を数個弾くと、コンテナの上方から妙な格好をした人間が現れた。

 目元以外全てを隠した藍色の着物と、所々からチラ見えする鎖帷子。

 あれは——————忍者だ。


「何奴——————?」

 リボルバーのギリギリ射程圏外で足を止めた忍者は、くぐもった声でメタルに話しかけた。

 忍者の完璧な間合い管理に警戒を強めたメタルは、いつもよりワントーン落とした声で答える。

「……俺は荒野の暗黒騎士、漆黒奈落剣のメタルだ。お前は——————?」

「名乗らず。拙者は忍者也——————。」




 忍者は腰から長さ肩幅程の刀を取り出す。俗に言う忍者刀だ。

「……」

 忍者は無言でにじり寄ってきた。

 上体を前に倒し、一瞬でトップスピードを出せるように構えながら。

(リボルバー使いばかりを相手にしてきたせいで、剣と刀の戦いなんて"カン"が無ぇ……やり辛えな……)

 メタルは剣を横に倒し、身体を相手に対して斜めに向ける受けの構えを取った。

 一触即発の緊張感が二人の間を流れる。

 その時だった。

 破裂音を響かせながら、巨大な影が二人の間を通り過ぎたのは。


「シャアアアアアアアアアアアクッ!!!」


「あれは——————武装トラックに積まれていた巨大ザメ! あの爆発を生き残ったのか……」

「何だと!?」


 硬そうなグレーの体皮と、力強いヒレ。

 つぶらな瞳とは相反する凶悪なキバ。

 この辺には水溜りの一つも無いのに、何故か砂の上を自在に動く巨大ザメ。


「ヤツは特殊改造されている! 気を付けろ!」

 忍者がサメから距離を取った。

「んなバカな話が——————」


「シャアアアアアアアアアアアクッ!!!」


 現実逃避をするメタルの鼻先数センチのところを、巨大ザメが空間ごと喰らうかのように齧る。


「こん——————のおっ!」

 バックステップしながら、横なぎの一閃。

 メタルの剣は巨大ザメを切り裂くが……

「浅いかっ!」

「危ないっ!」

 攻撃後の隙を巨大ザメに狙われたメタル。

 だが、忍者に突き飛ばされ、間一髪で生き延びた。

「すまん、助かった」

「——————一時休戦だ暗黒騎士。アレは拙者一人の手に余る。」

「そうだな……あんなのが居たらトラック強盗どころじゃねぇぜ……」

 二人の目線の先では、巨大ザメが暴れ、荒野にいくつものクレーターを作っている。

 更に言えば、陸上での巨大ザメはかなり変則的な動きをしており、強者であるメタルと忍者にとってもかなり厄介な相手だ。


「……」


 忍者は懐からリボルバーを取り出す。

 そのリボルバーはこの荒野に広く普及している種類のものだ。

(忍者と言えば手裏剣のイメージがあったが、銃は便利だし飛び道具は銃で十分という訳か……)

 忍者は片腕を地面と水平になるように構えると、巨大ザメの顔面に向けて弾丸を撃ち込んだ。

 それは人を殺すという目的の為、鋭く、硬く、持ちやすく、出来るだけ軽く、出来るだけ安く……と、最適化された技術の極地だ。

 しかしそれは、人を殺す事に最適化されていたが故に、人より厚い、巨大ザメの皮に弾かれてしまう。

「駄目か……」

「目を狙え!」

「狙った。が、奴のつぶらな瞳を見ろ……的が小さ過ぎる……」

 見れば、確かに小さい。トラックのコンテナぎゅうぎゅうの大きさの巨大ザメ。

 だが、その瞳はゴルフボール程しかない。




 (剣も効かない銃もダメ……こりゃ手詰まりだな……)

 メタル達が攻めあぐねていると、巨大ザメが大口を開けながら突撃してきた。

「くそっ、なんかいい手はねぇのかよ!」

 なす術のないメタル達に、絶望の体現者が迫る。

 絶対絶命の一瞬、メタルは激しいものを見た。


「一度かっ飛ばしてみたかったんですよねぇ〜、武装トラック。」

「メリー!」


 息を潜めていたメリーが、正面ガラスの砕けた武装トラックで巨大ザメを弾き飛ばしたのだ。

 トラックの運転席で、興奮気味に目を見開くメリー。

 世の中、デカい方が強い。

 巨大ザメの巨大さは、武装トラックの大きさに屈したのだ。

 不毛の大地をのたうち回る巨大ザメ。

「即ち是——————チャンス也。」

「おうよ! 俺の必殺剣を叩き込んでやる!」

 メタルは巨大サメに向かって、自殺行為じみた突撃を見せる。

 何をする気か——————?


「奈落反転! カンウンターグラビティ!」


 刹那、世界の全ての光が照明を落としたかのように消え、景色が元に戻ると、メタルの暗黒奈落剣から漆黒の奔流が迸る。


「——————斬ッッッ!」


 メタルが剣を振るうと、剣のサイズより遥かに大きい一線が、武装トラックと巨大ザメに走る。

 次の瞬間、辺りに巨大ザメの肉片が飛び散った。





「ほーん、まさかこの荒野に改造生物の研究施設があるとはなぁ……」

 巨大ザメを撃破した後、メタルとメリーは忍者から事情を聞いた。

 何でも忍者はその研究施設から研究サンプルを盗み出し、自らを改造忍者にしようとしていたらしい。

 だが、研究施設がギャングの襲撃に遭い計画は失敗。

 謎のコンテナに飛び乗り、研究施設を脱出したはいいものの、コンテナの中には巨大ザメが。

 数時間戦った後、手が付けられなくなり忍者爆弾を使用。

 コンテナから飛び出して見れば腕の立ちそうなヤツが剣を構えていたのでギャングの追っ手と勘違いして一悶着という訳だ。


「成りたかったでござるなぁ……バイオ忍者……」

「この荒野ってほんとやべーヤツしか居ないんですね」

「人の夢はバカにするモンじゃねーぞメリー。俺もバイオ暗黒騎士にはなってみたい。」

 メタルは立ち上がると、ロングコートに付いた砂を払った。


「そろそろ行こうぜ。俺も、俺の夢を追わねばならん」

「ですね。私も一攫千金の為に行かないと!」

「すまんが拙者もトラックに乗せてくれ、この荒野で足が無いのはかなり困る。」

「いいぜ、俺もメリーも大型の免許は無ぇけどな!」

「大丈夫ですよメタルさん! こんなもんオープンカーと変わりません!」

「そ、そうか……」

 少し不安だが、メリーの後に続いてメタルと忍者はトラックに乗り込んだ。

(しかし、何か引っかかるな……)

「そう言えば、拙者がコンテナに入っている間、このトラックを運転していたヤツがいる筈……其奴はどうしたでござる?」

「えっ、忍者さんが運転してたんじゃないんですか!?」

 メリーがびっくりして声を上げる。


「ケヒャァ! 全員死ねぇ!!!」


 意外ッ! 最初の運転手はトラックの天井に張り付き、忍者抹殺の機会を伺っていたのだ!

 同時に放たれる3本のバイオ毒長針。

 咄嗟にメリーをトラック外へ投げるメタル。

 狭いトラックの中必死に忍者刀で応戦する忍者。

 投げ飛ばされるメリー。

 一瞬の交錯。だが、命を分けるのはいつだって一瞬の判断だ。

 忍者刀は運転手の胸を貫いた。だが、運転手の毒長針もまた、忍者の鎖帷子を引き裂く。

 落ちる、忍者の覆面が——————


 顕になったのは、紫のポニーテールに紫紺の瞳を持つ少女の顔であった。


「ぎゃふん!」

 メリーが地面に落ち。

「ゴバァ!」

 運転手も天井から落ちるのだった。


「見たな……拙者の顔……」

 涙目でメタルを睨む忍者。

 忍装束が破け、露出した細い肩が震えている。

「あんま気にする事ねーと思うぜ。おーいメリー、無事かー?」

「ちょっ!? 人の話を——————」

 忍者のセリフをさらりと流し、メタルが外へ声を掛ける。

「お尻が痛いですぅーーーっ!」

「よし! それじゃあさっさと戻ってトラックを運転してくれ!」

「ぐへぇ……」

 とぼとぼとメリーがトラックに登ってきた。

 メリーと交換で、運転手の死体が捨てられる。

「くちゃい……あれ、忍者さん女の子だったんですね」

「うぅ……お前も顔をぉ……」

 赤くなって両手で顔を隠す忍者。

 今更遅いとは思うが。

「顔見られちゃまずいとかだったりします?」

「うぅ……里の者以外に見られたらその者と結婚するという掟なのだ……」

「おっ、メリーと忍者結婚するのか? 俺はいいと思うぞ!」

「いえだから貴方に——————」

「そ、そんな、忍者さん……私達、名前も知らないのに……こ、困りますぅ……」

 言ってる事とは裏腹に、満更でも無さそうなメリー。

 そんなメリーが照れ隠しにトラックを弄っていると、エンジンが動き出した。

 ここで、メタルの超人的第六感に緊急信号が走る。

「ヤバい、後ろから何か来るぞ! メリー、急いで出発だ!」

「アイアイサーです!」

「二人とも、拙者の話を聞けでござる!」

「そんな事言ってる場合じゃねぇんだよ! 後ろを見ろ!」

 メタルの言葉に忍者は不服ながらも後ろを振り返る。

 すると——————


 さっき戦った巨大ザメ。その大群が、こちらに押し寄せて来ている。

 研究施設から逃げ出したのだろうか。

 その様は、陸の津波だ。

「それとなぁ、忍者。顔を見られたの何だの言っているが、黙ってりゃ多分大丈夫だぞ」

「えっ? それは……拙者と結婚するのが嫌という事でござるか……?」

 しゅんと肩を落とす忍者。

 そんな忍者に対し、面倒くさそうな顔をしながらあたふたするメタル。

 目をかっ開いてアクセルをベタ踏みするメリー。

 とりあえずフルスロットルで、3人のトラックは走り出した。

 先は見えないが後は無い。

 彼らは駆け抜けるのだ、不毛で、無茶で、ワイルドで、ストロングで、無謀で、弱肉強食で、そして自由な、この荒野を。


「「「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアクッ!!!」」」

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