終焉のファンタジー

木造二階建

 この間始まった受肉祭は大いに盛り上がり、王族は民に誠意を示し、民は王に尊敬を抱いた。受肉祭とは、太陽の神が植物の精の力を借り、人間に炎をもたらしたことを祝う祭りである。

 民はもたらされた油を使って大いに火を焚き、大きな山車が街を練り歩き、人々は一晩中踊り続ける。

 楽団は短いメロディを繰り返し、人々は一種のトランス状態になり、祭りは一年のうちで最も高揚感に包まれる時期である。

 アダン・フルヘンシオ・イゲラス・デル・オルモは騒々しい祭りのさなか、王室の宮廷の寝室で、昼頃に目を覚ました。昨夜寝床を共にしたメイドの姿はなく、乱れたシーツが虚無感を漂わせていた。シーツ同様に乱れたバスローブを直すことなく、アダンは起き上がってそれをベッドに脱ぎ捨てた。

 宮廷の生活には不自由をしたことがない。文字通り手をたたけばほしいものが手に入る。酒も、女も、自由も、すべてだと感じた。

 自分はすべてを手に入れている。そう信じてきたが、近ごろは何かが足りないと感じるようになった。具体的に何が足りないと、わかるわけではない。しかし、何かが足りないのだ。決定的に。

 宮廷の学者に問うてみた。答えは自分で見つけよ、と言われた。何を偉そうに、と感じて、その学者を宮廷から解雇した。

「一体何が足りないというのか」

 ふとそう呟いた時、寝室のドアをノックする音が響いた。一度投げ捨てたローブを羽織り、アダンは気だるそうにドアを開けた。

「何か用か」

 そこにはくたびれた服を着た、くたびれているが、必死さを隠せない表情の翁がいた。彼は王室の占い師の一人であり、アダンは彼から政治について多くのことを学んだ。そしてそれが自分には全く意味をなさないことだと感じた。しかし、自分が王族の人間であることはとても得をした気分になった。

 この国では科学という文明がほかの国に比べて発展している。学者を国が全面的に支援し、研究の成果によって国からの報酬が発生する。学者たちは物事についてより考え、研究する。そのためには多種族の協力をもいとわない。ドワーフには金属の研究に付き合ってもらい、ハイエルフには木々のせせらぎについて助言を仰いだ。

 その結果この国では穀物となる植物から燃料を精製することに成功した。科学者はそれをマイスベレナーと呼んだ。王はそれを大いに喜び、幅広く実用化のための援助を惜しまなかった。

 そしてこの国はマイスべレナーによって燃料やエネルギーという概念を手に入れ、繁栄はとどまることを知らなくなった。人々は冬越えのために薪を集める必要はなくなり、街には夜でも煌々とした街灯が並び、昼間のように明るい。農作業に牛や馬を使う必要はなくなり、代わりにドワーフが設計したマイスべレナーを燃料として動く機械が広大な畑を耕す。

 これらのエネルギー革命は数十年前に起こり、国はこれを太陽神の恵みとしてまつることとした。それから毎年その祭りは受肉祭として人々がエネルギーに感謝し、それをもたらした人々に国は誠意を示している。

 アダンはそんな王国の中の王族として生まれ、エネルギーに関して何一つ不自由しない生活を幼いころからしていた。女は民の人間だろうが、エルフだろうが、好きなだけ用意され、酒は蒸留された上等なものをいくらでも飲むことができた。

 そしてそのような生活ばかりしていると、当然王家の中では疎ましく思われてしまう。奴には感謝の心がない、科学の粋を食いつぶすろくでなしだ、と影でささやかれているのを知っている。

 くたびれた占い師の男はローブの裾を少し整え、アダンに言った。

「アダン様、此度は受肉祭をお楽しみのところ、申し訳ございません」

「いいさ。俺はどうせつまはじき者だ。いつでも空いてる」

 男は小さくお辞儀をして、言葉を続けた。

「実は、先の占いの結果、もうしばらくのうちにこの国は滅んでしまうというお告げがありました」

 アダンは小さく首を傾げた。

「何を言っているのか、さっぱりわからんな」

 男は必死さを衰えさせずに続けた。

「ええ、そのような反応が当然でしょう。現に王にこの結果をお告げしたところ、同じことをおっしゃられました。馬鹿なことを言うのではない、と」

「それなら、馬鹿なことを馬鹿な俺に言ってないで対策を打ったらどうだ」

 アダンは吐き捨てるように言った。それは半ば自嘲がこもっていた。

「いいえ、今こうしてあなたにお話ししていることそのものが対策であります」

 翁は水におぼれた人間がすがる藁を見つめるようにアダンを見ていた。アダンは反対側に首を傾げた。

「アダン様、このことを王にお伝えしたと申し上げましたね。その王の命令なのです。この国が亡ぶというお告げについて、原因を究明せよ、と王からアダン様にお達しが下りました。私はそれをお伝えに来た次第でございます」

 アダンの顔は今度は天を仰いだ。

「なるほどなるほど、父上が考えそうなことだ。この国は占いやお告げをないがしろにはしない。しかし国が亡ぶなどという荒唐無稽なお告げを簡単に受け入れるわけにはいかない。多くの近衛兵や密偵を使うにも予算が下りるとは考えにくい。それでも実際はどうなのか気になる。だから厄介者の俺に押し付けようって腹だ。大方そうだろう?」

「申し訳ありません。アダン様」

 翁は少なからず申し訳なさそうに顔を暗くして言った。

「あんたが気にすることじゃない。俺の日ごろの行いがよくないのは周知のことだ。それは俺自身が一番わかっているつもりだ」

 翁は黙り込んだ。

「まあこんな話をしてもなんだ。すまなかった。報告に感謝するよ。それで、さすがに俺一人にすべてを調べろということでもあるまい?」

「はい、もちろんです。調査には王室の密偵を一人おつけいたします。このものは情報収集に長けております。手がかりを見つけるには最適かと」

「おいおい、仮にもこの国が滅ぶかもしれないって時に、人材は二人だけか?」

 翁は申し訳なさそうに頭を下げた。アダンは小さく首を振った。

「わかったよ。人材は最小限で、それでも最低限の結果は出してやるよ。それでいいだろ。あとは俺がなんとかするよ。それじゃ」

 アダンはドアをそっけない態度で閉めた。扉の向こうで翁は小さく息を吐き、呟いた。

「私はわかっていますよ。あなたの苦悩を、少しは理解しているつもりです。どうか今回のことで何かを見つけて、少しでも苦悩が和らぐことを祈っております」

 翁はローブを床にひきずりながら、重い足取りでドアを後にした。

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