痛みを伴う注射

そうざ

The Painful Injection

「体が怠くて。微熱があるし、咳が出るし、鼻水も止まらないし……」

 医者は、僕の咽喉を覗いたり、肌蹴はだけた胸に聴診器を当てたりした。

「風邪のようですね。薬を飲んで安静にしていれば直に良くなるでしょう」

「あのぅ、即効性の注射はありませんか?」

「あるにはありますが……かなり痛いですよ」

「是非お願いします。貧乏暇なしで、一日でも稼業を休めないんです」

「そうですか。分かりました。それじゃ、そこのベッドに横になって、下を脱いで――」

 医者の指示通り、僕は尻を出して俯せになった。消毒液の冷やりとした感覚が皮膚を刺激する。俎板の上の鯉。もうどうにでもして下さい、の心境だ。

 医者が指を添える感触に、僕は反射的に歯を食い縛った。子供時代の予防接種の光景が甦る。自分の腕に注射針が突き刺さる瞬間をどうしても正視出来ず、必ず目を逸らしたものだったが、今回は注射の場所が場所だけに、いつ痛みが走るか、そのタイミングが計り辛い。

「今日は入浴を控えて下さい」

 医者はもうデスクに向かってカルテを書いている。チクリとも痛みを感じなかった。

「あのっ、注射は……?」

「もう打ちましたよ」

 そう言って、医者は空になった注射器を見せた。太く、大きく、如何にも強力そうだった。針が鋭く光っている。医者の腕が余程良いという事か。

 しかも、効果は覿面てきめんだった。待合室で会計を待っている間に、もう頭も喉も鼻もすっきりして、全身が身軽になった。夢のような注射だ。

「こちら、本日のお会計です」

 受付で提示されたのは、保険の適用内にも拘わらず、目が飛び出そうな金額だった。これまでにないくらい、懐が

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

痛みを伴う注射 そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説