ペンギンたちの作戦会議①

「カケルさん、朝ですよ! カケルさん! カケルさんってば!」


 肇と柚希がタッグを組んだ夜から一夜明け。昨夜が、二人にとっては特別な夜であったとしても、世間はいつもと変わらず、いつも通りの様子を見せていた。


「う、うーん……。違いますってば……。うどんはこうやって食べるんですよぉ……」


「カケルさん! わけの分からない寝言言ってないで、早く起きてください! そろそろ家を出ますよ!」


 得体の知れない夢を見ているであろう柚希を起こそうとする肇であったが、柚希は一向に起きる素振りすら見せない。


「仕方が無い。そろそろ家を出ないとバイトに間に合わないから、先に出るか。カケルさんは……、ひとまず置き手紙だけでもしておいて、あとでメッセージ送ればいいか。鍵は……、どうせ盗られるもんもないし、開けっ放しでお願いしておこう」


 肇はノートの1ページを適当に破り、柚希に対するメモを簡単に殴り書いたあと、近くに転がっていた柚希のスマートフォンの本体とカバーの間に差し込んだ。


 肇が玄関の扉を開け、念の為もう一度柚希の方を向いて確認するが、相変わらずグーピーと眠っていた。それを確認したあと、今度こそ肇は柚希に背を向けて家を出た。


「ソラさん! 私たち、タッグ組みませんか!?」


 肇は電車に揺られながら、昨日の柚希の言葉を頭の中で反芻していた。二人の強みを組み合わせて一つの作品を生み出す。なかなか面白そうな試みではあるが、果たしてそれは上手くいくのか? まとまりのない文章がただ集まっただけの、無機質な塊になるのではないか? 


 肇の頭の中ではそういった懸念や疑問ばかりが浮かんでくる。


 それだったら、変わらず一人で書いた方が良いのではないか? 貴重な時間、それも自分だけでなく相手の時間まで無駄にしてまでやるほどのことなのか? 

 ……無理に決まってる。そもそも現実的ではない。カケルさんも、あの時はまだ酔いが残っていた。勢い任せの提案なのかもしれない。


 もうすぐバイト先がある最寄りの駅に着く。肇は一旦考えることをやめ、そして小さくつぶやいた。


「どうせ、このタッグはすぐに解消されるんだろうな」


 ※


 眩しい光が、つむっているはずの瞼を貫いて差し込んでくる。どうやら朝を迎えたらしい。頭の痛さは幾分和らいでいた。


 二日酔いの残る身体を起き上がらせようとする。2、3回試してみるが、鉛のような質量を持った身体はなかなか起き上がってくれない。


 昨日の記憶を辿ってみる。二日酔いの影響は脳の機能にまで支障を来していたが、身体中の血液を脳に送るつもりで気合を入れると少しずつ、また少しずつと、脳が働き出した感覚になる。


 昨夜はたしか、ソラさんが介抱してくれて、家にお邪魔させてもらった。一度喧嘩のような雰囲気になったのも覚えているぞ……。どうやって仲直りしたかは覚えていない。それから、えーっと、また寝たんだっけ? 


 ……あ。一度起き上がった気がする。電気を付けた記憶もある。そして、何かを発言した記憶もある……。なんだっけ? 覚えてないけどなぜか印象には残ってる、不思議な感覚だな……。


 そういえば、今日仕事だっけ? なんで私はここで悠長に寝ているのだろう? 夜勤だったっけ? それなら早く帰宅しなきゃ。ソラさんにもお礼を……、あれ? ソラさんは? 


 柚希が辺りを見回す。肇の姿はない。そばに置いてあったスマートフォンを手に取る。すると、本体とカバーの間に小さな紙が挟まっているのを見つけた。


「起きたらゆっくりでいいので支度をして、忘れ物が無いか確認してから家を出てくださいね。鍵は開けっ放しで構いません」


「ソラさん、もう家を出ちゃったのか……。また迷惑をかけちゃったな。本当は直接お礼と謝罪をしたいけど、夜勤もあるから、とりあえず一旦家に戻ろう」


 柚希は起き上がる。徐々に覚醒してきた脳と身体を少しずつ動かしつつ、肇の家を出る支度をする。


 時刻を確認するため、スマートフォンを見た。すると、着信が2件、SNSへのメッセージが3件入っていた。電話は誰からだろう、と柚希が確認すると、電波をかけてきた相手は弟の和希だということが判明した。


「……あ! そういえば、和希に連絡してなかった!」


 柚希は慌てて和希に連絡しようとする。


「でも今は学校か……。じゃあせめてSNSにメッセージだけでも入れとかないと」


 柚希はSNSを開く。すると、和希からメッセージが届いているのを確認できた。柚希はそれを開く。


「お疲れ様。小説家さんたちと楽しく過ごせているかな? たぶん、こんな時間まで帰ってこないということは、どうせお酒をたくさん飲んでいるんでしょう? 兄ちゃんはお酒に飲まれる人なんだから、飲み過ぎにはくれぐれも注意してね。家のことは大丈夫だから、帰るときは気を付けて帰ってきてね」


 心配する必要なんてなかったな。柚希は心からそう思った。和希はもう子供ではない。和希からのメッセージを読み返しながら、気付かない間に随分大人になったものだと、柚希は込み上げてくるものを感じていた。


「……おっと! しみじみとしてる場合じゃなかった! 早いとこ家に戻って支度しないと!」


 我に返った柚希は、忘れ物がないかを確認し、そして鍵は開けっ放しで肇の家を出た。


「たくさん迷惑掛けちゃったな……。それに、私が覚えてないだけで、他にも色々とあるだろうな。後でまた連絡しとこう」


 最寄り駅まで歩いている間、赤信号で止まった柚希は、小説投稿サイトを開こうとした。その時、忘れていた記憶が急に呼び起こされた。それも、非常に重要な記憶を。


「あ! 思い出した! そういえば昨夜、ソラさんとタッグを組もうと、ソラさんを説得したんだった! ……あれ? 私、ソラさんからの返事聞いたっけ?」

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空翔けるファーストペンギン LUCA @lucashosetsu1

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