二一話 クエスト

 紫紺に光る黒い短剣を、背後から突き刺す。




「ゴプ……!?」




 亜人型のモンスター。


緑色の体色に小さな角を生やしたブサイク面の亜人型モンスターは、空気の漏れたような音と共に吐血し、光の粒子となり消えていく。




「次……」




 俺は次なる獲物を求め、姿を消す。


それは文字通り体が見えなくなること。 スキルの効果だ。




「ハイド」




 新たに覚えたアサシンのスキルは有能。


簡単に背後を取ることができ、【バックスタブ】を決め放題だ。


これのおかげで警戒や見破り系のスキルを持たないモンスターには負ける気がしない。




 対人戦ではスキルだけでなく、空気の揺らめきや足音で気づかれてしまうらしいけど。




「シトリも消えるといいんだけどな」




 残念ながらシトリは抱えていても姿は消えない。


敵を発見し置き場所を考えてと、どうにもソロでの狩りはテンポが悪い。


レフィーさんがいてくれればシトリを守ってもらえるのだけど。




「おっ。 ラスト一匹」




 現在俺はソロでクエスト進行中。


コルルオンライン二日目にして初めてのクエストだ。


 覚醒クエスト。


レベル百になると受けられる、報酬の美味しいクエスト。


ただしソロ専用クエストなのでちょっと大変。 長いし、チビチビ狩るしかないし。


もう何時間も戦い続けている。




「バックスタブ!」




「ギャゥッ!?」




 ゴブリンの集落。


フィールドに進出したゴブリンたちの集落。それが村を襲うので駆除してほしい。 そんな討伐クエストである。 他にもお使いクエストや収集クエストなどをこなしている。


なんだかゲームをしているなぁという気分になりつつ戦闘を繰り返すうち、アサシンの特徴も分かってくる。




「シッ!」




「ギャア!」




 近接火力職であるアサシンは、攻撃速度とクリティカルに特化している。


黒い短剣から繰り出される連撃。 クリティカルヒットを表す光のエフェクトが短い間隔で起こる。 ゴブリンの振るう棍棒を軽く躱し、背後に周りブスリと短剣を突き刺す。




「バックスタブ!」




「ゴォッ……」




 弱点と言えばHPが少ないこと。


体力一振り当たりのHP上昇量が最低なのだ。


集団戦では苦戦を強いられることに。




「終わりかな? ――うわ!」




 どこからか来た弓矢を回避する。


いや、よける必要もなく足元に突き刺さった。


最後の一匹だと思ったゴブリンを倒すと、隠れ潜んでいたゴブリンたちに囲まれてしまう。 


 その囲いから現れる一際大きなゴブリン。


このゴブリン集落のボスだろう。




『ゴブリンリーダー・残忍なジャイド』




 長槍を持つ亜人型のモンスターは、口元を三日月に歪め罠に掛かった獲物を嗤っている。 取り巻きのゴブリンたちもそれに同調するように、けたたましく嗤う。


 数が多い。




「ヤバいな……」




 ゆうに三十は越えている。


粗末な装備をするゴブリンたち。 一匹一匹はどうということはないけれど、数が多すぎる。 シトリを守りつつ全てを相手どるのは少々厳しいか。




 俺は短剣を構えなおしシトリの前で迎え撃つ。


ここはインスタンスフィールド。 フィールドではあるがクエスト用の隔離された場所だ。 逃げ出すことも、偶然通りかかったプレイヤーに助けてもらえることもない。




「ギャギャギャーー!」




 長槍を向け叫ぶゴブリンリーダー。


それに反応し雄叫びと共にゴブリンたちが一斉に向かってくる。




 死にたくない。 そんな願望と、僅かに浮かぶ高揚感。




「ふぅ……。 来いよッッ!」




 迎え撃つ。




 ふるえて跳ねるシトリに見守られ、俺はゴブリンを迎え撃つ。






「ギャギャ!」




 ゴブリンの振るう棍棒を躱し、懐へ。


その勢いのまま黒い短剣を繰り出しゴブリンを斬りつける。


 


 止まらない。


絶えず動き、躱し、斬りつける。


 シトリに向かうゴブリンの背後から一撃。


紫紺に輝く一撃はゴブリンの背を易々と貫き、一撃で屠る。




「はあああああ!!」




 連戦。


もう数えることも止めた。


ひたすらに戦い続ける。




「痛っ!」




 遠距離攻撃は厄介だ。


背に当たった痛みに顔をしかめるが、射手はゴブリンリーダーの側から動かない。


 幸いそれほど命中精度が高い訳ではない。 これもまた動き続けることで回避できる。


もっと速く。 予測されないようランダムに。 羽の生えたように軽い体をフルに使い動き続ける。




「うっ……」




 しかし、それも続かない。


 スタミナゲージの存在が邪魔をする。


酸素を必要とするかのように重くなる体。 休めばすぐにゲージは回復するのだけど。


 ゴブリンたちの猛攻がその隙を与えてくれない。




「ギャァ!!」




「くっ!」




 弱った獲物を前に一層激しく攻め立てるゴブリンども。


左右から迫るゴブリン。 弓を引くゴブリン。 嘲け嗤うゴブリンリーダー。




「くっそぉ!!」




 詰んだ。


徐々に削られ視界の枠が赤く点滅する。 HPの減少を知らせるそれは治らない。


 レフィーさんがいてくれればすぐに回復スキルが飛んでくるのに。




「ギャギャ!」




「――っ!」




 棍棒の一撃に、態勢を崩した。


ここぞとばかりに殺到するゴブリンたち。


 もはやこれまでか。




「諦めてんじゃねえ!!」




「ファイヤーピラー!」




「……」




 怒声と炎柱。


疾駆する黒い影。 




「ヒールライト!」




 聞こえる天使の囁き。


俺の体は淡いエメラルドのエフェクトに包まれ、HPが回復していく。


 視界を染めていた赤い点滅は消え、天使が顔をのぞかせる。




「大丈夫ですか?」




 巨乳だ。


いや、巨乳神官プリーストNPCのミオちゃんだ。




「うおおおおお!」




 ファイターであるゲンジの剣がゴブリンを薙ぎ払い。 メイジのシャーリィは炎柱で焼き払う。




「シャドウチェイン」




「ギャッ!?」




 アサシン。


シオンの放つ漆黒の刃がゴブリンアーチャーを屠る。




 憎いほどに美味しい所で現れたNPCたち。


彼らの活躍によりゴブリンたちが潰されていく。




「どうして?」




「どうしてじゃありません! 一人でクエストに向かった方がいると聞いて、心配で急いで来たんですよ?」




「す、すいません!」




 怒られた。


だってソロ専用クエストだって……。


 ぷくっと頬を膨らませるミオちゃん。 可愛い。 なんだろうね。 結婚したい。




「おしっ! 後はボスだけだな」




「楽勝ね!」




 雑魚ゴブリンたちはすぐさに処理された。


やっぱり範囲攻撃があると違うな。 シオンの遠距離スキルも気になったけど。






『ギャ……。 ギャギャギャーー!!』




 ゴブリンリーダー・残忍なジャイドは辺りを見渡し、己の仲間たちがやられたことに気づいた。 仲間の不甲斐なさ、目の前の敵への怒りに顔を朱に染め咆哮を上げる。


 長槍を地に刺し、懐に手を伸ばす。




「――っ!?」




 隙を狙っていたシオンが飛びのけ後退する。




「どうした、シオン?」




「分からない……異様な気配を感じた」




 ジャイドの手に真っ黒な、漆黒の宝玉が握られていた。




『――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』




 漆黒の宝玉を胸に埋め込むジャイド。




「……本番かな?」




 異様な黒いオーラを放つジャイドと対峙する。




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