第4話 メアリージェン
メアリージェンは、今の自分の境遇が信じられなかった。
古ぼけた部屋、ほつれ染みが残るドレス、暗い部屋には大きなベッドが置かれている。
毎日メアリージェンは、客を取らされる。
「どうしてなの?あの時まではうまく行っていたのに。私は侯爵夫人になるはずなのに。」
今日の客は馴染の男だった。
「愚か者のメアリージェンは相変わらずだな。また独り言か?」
メアリージェンを見下しながら大柄な男は言った。
3年前メアリージェンは、歓喜していた。
やっと目障りなルナリーを侯爵邸から追い出したのだ。
メアリージェンは、ライリーとずっと結婚したかった。
オーガンジス侯爵家の後妻になった叔母のマクベラ夫人は、メアリージェンをとても可愛がってくれた。
メアリージェンは、叔母に招かれて幼い頃から何度も侯爵家を訪れた。
女主人のマクベラ夫人に気を遣い、いつしか侯爵邸使用人達はメアリージェンをライリーの婚約者として扱うようになっていた。
無口なライリーとは、なかなか距離を縮める事が出来なかったが、腕を組んだり、抱き着いても邪険にされる事はなかった。
当然メアリージェンは、成人したらライリーと結婚できる。侯爵夫人になれる。
そう思っていた。
もうすぐ成人となるある日、マクベラ夫人がメアリージェンに言った。
「ライリーがアーバン商会の庶子と結婚する事になったわ。」
メアリージェンは叔母に詰め寄った。
「そんな。叔母様。私と結婚させてるって言っていたじゃないですか?」
マクベラ夫人は言った。
「ごめんなさい。メアリージェン。アーバン商会が膨大な持参金を提示してきたの。夫の前侯爵が亡くなってから資産が酷く減ってしまったのよ。可愛いメアリージェンが、貧しい侯爵夫人になって苦労する所をみたくないの。ライリーをいつか必ず、貴方と結婚させるから。もうしばらく待って頂戴。」
メアリージェンは、少し考える。
メアリージェンは、マクベラ夫人の姉の子供になる。侯爵家とは血の繋がりがない。だが、叔母は夫の侯爵が亡くなってから、自分やメアリージェンに沢山の宝石や衣装を買ってきた。叔母との買い物は楽しく、いつも買いすぎてしまっていた。
資産がつきたライリーと結婚する。それはメアリージェンも嫌だった。
「分かりました。叔母様。約束ですよ。」
ライリーが結婚した。
嫁いできた商人の庶子のルナリーは、黒髪で茶眼の地味な女性だった。ルナリーを見てメアリージェンは自信を強めた。
こんな女に私が負けるはずがないと、、、
ライリーは、ルナリーと夜を共にしているらしい。
メアリージェンは不満を募らせていた。オーガンジス侯爵家はマクベラ夫人とメアリージェンが掌握している。使用人達と共に、ルナリーに何度も嫌がらせをしても、あの地味な女は気にしている様子がなく、出て行かない。
メアリージェンは、少ない休みの時は必ずルナリーと共に過ごそうとするライリーに裏切られたような気がしていた。
ライリーは、第一王子の側近をしていた。奔放な第一王子に振り回されてライリーは休みを取れないみたいだった。メアリージェンは、仕事中のライリーと接触しようとした時に第一王子に見染められた。
(ライリーも地味な妻と楽しんでいるし、いいわよね。)
メアリージェンは、第一王子とすぐに深い中となり、何度も楽しんだ。
側近のライリーを隠れ蓑にして、市井で第一王子と逢瀬を重ねる。
第一王子が隣国の王女と婚約していると、ライリーはメアリージェンに何度も注意をしてきたが、メアリージェンは気にしなかった。
第一王子とメアリージェンの事が知られると国際問題になる。
側近のライリーが、第一王子とメアリージェンの事を誰かに告げる筈が無かった。
メアリージェンは第一王子の子供を妊娠した。
ルナリーが、なかなか侯爵家から出て行かず、メアリージェンの妊娠は想定外の事だった。
メアリージェンの子供を婚外子にするわけにはいかない。
メアリージェンは、オーガンジス侯爵家でライリーの子供を妊娠していると周囲へ告げた。
マクベラ夫人も屋敷の使用人達もメアリージェンに同情的だ。
結婚を目前にして、商人の庶子に恋人を奪われた美しいメアリージェン。
ルナリーに遠慮して、屋敷の外でしか恋人のライリーと二人っきりで会う事ができない可哀想なメアリージェン。
何かを感づいたのか隣国から第一王子の来国を依頼する公式文章が届いた。隣国の王女と婚約しているにも拘らず遊び続けた第一王子が隣国へ行けばどうなるか分からない。第一王子が隣国へ行く事を拒否した為、側近のライリーが、第一王子の変わりに隣国を訪問する事が決まった。
マクベラ夫人とメアリージェンは、好機だと感じ、ルナリーが離婚を望んでいる。帰ってくるか分からない夫を待たせるのはルナリーが可哀想だとライリーに伝えた。
ライリーは悩んでいるようだったが、あの日離婚届を記入してルナリーに差し出した。
やっと目障りなルナリーを追い出すことができた。
ライリーが隣国から帰ってきたら、すぐに結婚しようとメアリージェンは考えていた。そして、第一王子の子供をライリーの子供として一緒に育てるのだ。
ライリーと結婚したメアリージェンが、第一王子の遊び相手だと疑うものはいないはずだ。子供の父親が第一王子だとはマクベラ夫人も侯爵家の使用人達も誰一人気づいていないのだから。
第一王子の側近であるライリーは了承してくれるとメアリージェンは確信していた。
ライリーが、隣国へ急いで旅立った日、ルナリーもオーガンジス侯爵家を出て行った。
メアリージェンは、叔母のマクベラ夫人に話しかける。
「叔母様。やっとあの女が出て行きましたね。お祝いに買い物に行きませんか?」
叔母のマクベラ夫人は顔色が悪い。
「メアリージェン。それが、、、もしかしたら持参金を回収しに来るかもしれないわ。もうお金なんて無いのよ。」
メアリージェンは驚く。
「まさかそんな。離婚したから持参金を返せだなんてあり得ないですわ。あれは私たちのお金でしょう。」
叔母は自分に言い聞かせるようにいう。
「そうよね。悪いのはルナリーよ。あのお金は返す必要がないわよね。」
ライリーは1週間程で帰国した。隣国との交渉に1ヵ月以上かかると思われていたのに、想定外に早い帰国だった。
隣国はすでに第一王子が沢山の女に手を出して、中には妊娠した娘がいる事について知っていた。婚約は破談になり、隣国へ賠償金を支払う事になったらしい。
「ライリー。お帰りなさい。待っていたわ。」
ルナリーは、帰国したライリーにすり寄る。
侯爵家の皆はお腹の子供の父親に近づくメアリージェンを微笑ましく見ていた。
ライリーは、訝し気にメアリージェンに声をかける。
「メアリージェン?どうしてまだここにいる?」
メアリージェンは驚く。
「え?どうしてって、私と結婚してくれるのでしょう?もうルナリーはいないわ。」
ライリーは部屋の隅にいるマクベラ夫人を見つけ睨みつけ言った。
「まだ、いたのですか?マクベラ夫人。すぐに出て行くように手紙で伝えたはずです。」
マクベラ夫人は、青ざめた顔で言う。
「まさか、私は貴方の母親です。ずっと育ててきた恩を忘れて追い出すなんて事はないはずですわ。ねえ、お願いライリー。許して頂戴。」
ライリーは言った。
「今まで、貴方がオーガンジス侯爵家の資産をどれだけ使い込んだか、ルナリーの持参金に手を出したか全てアーバン商会長に聞きました。そもそも貴方は私の本当の母ではない。父は貴方と正式に籍を入れていないはずだ。すぐに出て行ってください。」
マクベラ夫人は言った。
「待ってライリー。メアリージェンと貴方の結婚を見留めるまで待って頂戴。お願いよ。」
ライリーは言った。
「あり得ない。なぜ、私がメアリージェンとだなんて。」
マクベラ夫人は叫ぶ。
「何を言っているの。メアリージェンのお腹の子供の父親でしょ。責任を取る必要があるわ。」
ライリーは、大きくため息をつき言った。
「もういいでしょう。メアリージェンの子供の父親は第一王子ですよ。私は一度も関係を持った事がありません。」
メアリージェンは、俯きブルブルと体を震わせた。
使用人達がざわめく。
マクベラ夫人は、呆然と座り込んでいた。
「まさか、騙していたのか。」
「そんな、旦那様の子じゃないなんて。」
「ルナリー様になんて事を、、、、」
マクベラ夫人が叫ぶ。
「メアリージェンは、貴方とずっと一緒に育ってきたでしょう。貴方はこの子の面倒を見るべきだわ。お願いよ。ライリー。メアリージェンと結婚して頂戴。」
ライリーは言った。
「マクベラ夫人。いくら、姉夫婦に預けた実の娘が可愛いいとしても、貴方はやりすぎました。私が愛しているのはルナリーだけです。貴方たちが出て行ったら、ルナリーを探して、もう一度結婚を申し込むつもりです。第一王子は今回の事で身分を剥奪されます。やっと私もルナリーと向き合う事ができる。」
メアリージェンは言った。
「あんな地味な女、ライリーに相応しくないわ!」
ライリーは冷たい瞳でメアリージェンに言う。
「今すぐ出て行ってくれ。もう顔も見たくない。」
マクベラ夫人とメアリージェンは、その日オーガンジス侯爵家を追い出された。
実の母親のマクベラ夫人とメアリージェンは歩いていく。
メアリージェンのお腹はすでに大きくなり、数か月後には子供が産まれる。
「叔母様。本当は私のお母様だったのですね。」
憔悴したマクベラ夫人は言った。
「ごめんなさいね。メアリージェン。オーガンジス侯爵家の後妻になる為に貴方の事を隠していたの。姉に頼んで養子にしてもらったのよ。でも、、、」
メアリージェンは言った。
「お母様。私は第一王子を探してみます。この子の父親ですもの。なんとかしてくれるはずですわ。」
マクベラ夫人は頷いた。
翌日メアリージェンは、マクベラ夫人と別れて第一王子を探しに王都へ行った。
意気消沈したマクベラ夫人は、しばらくオーガンジス侯爵家に戻れないか交渉を続けると言っていた。まだ、侯爵夫人だった時の地位を諦める事ができないらしい。
王都の第一王子の屋敷をメアリージェンは訪れていた。
正直、わがままな第一王子の屋敷に身を寄せるのにマクベラ夫人の存在は邪魔だった。
第一王子の屋敷は静まり返っていた。
毎晩のように奔放な貴族達が遊びに興じていたはずなのに、馬車が一台も止まっていない。
中に入ると、調度品や家具に根こそぎ赤札が張られている。
呆然とするメアリージェンに声を掛けてくる人物がいた。
黒いロープを被った白髪の老女が言う。
「待っていたよ。愚か者のメアリージェン。」
その日からメアリージェンの地獄が始まった。
連れていかれたのは王都の外れにある店だった。
子供が産まれるまでは、下働きをさせられた。
メアリージェンの子どもは無事に生まれたがすぐに取り上げられ、出産した日から一度も会っていない。
何度もメアリージェンは逃げようとした。
鍵は閉められておらず、簡単に店の外へ行く事ができる。
だけど、どこに行っても会う人が皆、メアリージェンを見て口にする。
「愚か者のメアリージェン。」
「長に逆らったメアリージェン。」
「無知でわがままなメアリージェン。」
全ての人がメアリージェンの事を知っているようだった。
店にも入れない。宿にも泊まれない。乗合馬車でさえ乗れなかった。
結局お腹を空かせたメアリージェンは、連れて来られた店に帰り客を取る。
通りすがる子供達でさえ、メアリージェンについて笑いながら歌っている。
「愚か者のメアリージェン。
長に逆らったメアリージェン。
嘘つき女メアリージェン。
皆お前を知っている。
どこに行っても見ているぞ。
必死に働けよ。
メアリージェン。」
メアリージェンは、毎日オーガンジス侯爵家で、女主人のように大事にされていた過去を思い出す。
だけど、今は誰もがメアリージェンを愚か者だと口にする。
長がなんの事かメアリージェンだけが知らない。だれも教えてくれない。
メアリージェンは、長が誰でも気にならなかった。
ただ、、、、
もういい加減、、、、
「メアリージェンを忘れてください。」
メアリージェンは、古ぼけた部屋で独り言を言った。
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