第3話
「ルナリー。今までありがとう。」
夫のライルにそう告げられ、離婚届を渡された時、ルナリーは夫との未来を諦めた。
こんなに優しくて、ルナリーの事を「愛している」と言ってくる夫から離婚を告げられるなんて、、、
ルナリーは信じたくなかった。
屋敷のすべての使用人、マクベラ夫人、メアリージェンが何度もルナリーに早く出て行けと言っていたとしても。
ライルはルナリーを選んだと思いたかった。
だけど、もう諦めた方がいい事はルナリーも気が付いていた。
オーガンジス侯爵邸はメアリージェンが掌握している。
ルナリーが妊娠している事は、メイドのアンナしか知らない。
アンナしか味方がいないオーガンジス侯爵邸で子供を産み育てる事に不安があった。
マクベラ夫人の姪であるメアリージェンが、屋敷を掌握している事は夫がルナリーよりメアリージェンを選んだ事の象徴なのだろう。
オーガンジス侯爵邸を後にして、たどり着いた下町の奥の大きな古ぼけた屋敷は、ルナリーの母の生家だ。
ルナリーの母親一家は、下町で裏ギルドの元締めを代々している。
ルナリーもアーバン商会に引き取られるまでは、この下町の屋敷で生活をしていた。
古ぼけた屋敷を奥に進んで行く。
内装は、外見から想像つかない程整えられている。
一番奥の部屋にルナリーは入って行った。
「おかえり。ルナリー。結婚生活は上手くいかなかったのかい?見込みがある男だと思ったんだがね。」
最奥の部屋で黒い革張りの椅子に座っているのは、白髪の高齢女性だ。
ルナリーの祖母になる裏ギルドの元締めだった。
ルナリーは言った。
「お久しぶりです。ギルド長。ライルはとても素敵だったわ。でも結婚は、もう二度としたくないわね。」
「ハハハハ。お前は母親にそっくりだよ。私はルナリーが帰ってきてくれて嬉しいよ。馬鹿な侯爵には感謝しないとね。約束だよ。私の後を継いでくれるんだろ。」
白髪の裏ギルド長は、にやりと笑った。
ルナリーは、祖母の後を継ぎ裏ギルド長になった。
ルナリーの母は、裏ギルドの後継者であった為、表のアーバン商会会長とは結婚できなかったらしい。異母兄とルナリーは表と裏の顔としてそれなりに仲が良い。
異母兄の新しいアーバン商会会長がルナリーを訪れてきていた。
「大きくなったな。かわいい子だ。将来は町一番の美人になりそうだな。」
あの時妊娠していた子供は無事に産まれ、ラミアと名付けた。
裏ギルド構成員や引退した祖母、時に訪れるアーバン商会関係者達に可愛がられ、すくすくと大きくなっている。
元夫のライルに似た美しい金髪。整った顔立ち。2歳の娘はとても美しかった。
異母兄が言う。
「そういえば、ライル侯爵は相変わらずルナリーを探しているらしいな。」
ルナリーは答えた。
「ええ、いくら待ってもメアリージェンと結婚しないから可笑しいと思っていたの。」
異母兄は疑問を口にした。
「ライルから離婚を告げられたと言ったが、お前の勘違いじゃないのか?」
ルナリーは答えた
「それはないわ。確かに離婚届を渡されたもの。それに私はもう2度と侯爵邸に戻るつもりも、結婚をするつもりもないわ。」
異母兄は、少し苦笑いしている。
「マクベラ夫人は、金遣いが荒すぎてライル侯爵から追い出されたらしいぞ。メアリージェンも今は郊外で売春婦として働いている。少しやりすぎじゃないか?我が妹は。」
ルナリーは言った。
「結局、兄さんは私の持参金を回収していないのでしょう。私は愛しい娘の父親の侯爵家から害虫を追い出してあげただけだわ。元夫には感謝してもらいたいくらいよ。メアリージェンのお腹の子供は夫の子ではなかったわけだし、、、」
異母兄は言った。
「それで、ラミアの事については侯爵に、伝えないのか?」
ルナリーは答えた。
「ええ、親族に諮られたせいだとしても、私に離婚届を渡してきたのはライル本人だわ。娘について伝える必要なんてないと思わない?」
異母兄は言った。
「情報を取りまとめている裏ギルド長が知られたくないと決めたならライル侯爵は一生元妻と娘の居場所が分からないだろうな。」
異母兄が帰った部屋で、ルナリーは、手元にある書類を読んだ。
元夫のライル侯爵が、ルナリーを探している。元妻が忘れられずに再婚せず、養子縁組を検討していると書かれていた。
愛していた。
貴方だけを愛していた。
だけど貴方は、私に離婚届を渡してきた。
夫のライルが義母やメアリージェンに、「ルナリーが離婚を望んでいる」と唆されたのは知っている。
夫の恋人を自称するメアリージェンが夫の子供を妊娠したと嘘をついていた事も知っている。
だけど、離婚届にサインをして渡してきたのは貴方だった。
私の貴方を愛する心はもう2度と元に戻らない。
だから、、、、
もう私の事は、、、、
「忘れてください。」
ルナリーは一人裏ギルド長室でつぶやいた。
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