[5]

 教会の屋根裏部屋は土嚢が積み上げられているようだった。

 デ・ゼーヴが狙えるのは、土嚢の間に見える銃眼でしかない。大きさはせいぜい20センチ四方。そこからライフルが突き出されている。暗視照準眼鏡ノクトスコープは銃の後ろにいる狙撃手の姿をはっきり映し出している。

《軍師》が対抗狙撃手カウンタースナイパーを配置してきた以上、ある程度手の内を読まれるのは覚悟していた。通常、観測手は短機関銃や自動小銃などをサイドアームに選択する。だが、今回の作戦ではあえて狙撃用ライフルを選んだ。擬装用ネット、射撃姿勢までビショップそっくりにした。

 対抗狙撃手カウンタースナイパーには全く同じ格好をした標的が二つ並んで 見えているはずだ。どちらを撃つか逡巡が生じるに違いない。

 遠くから砂利を踏む車の音が聞こえてくる。デ・ゼーヴはスコープの視界に入ってきた物を見つめながら低い声で言った。

「4時の方向から車が1台来る。《軍師》の客だ」

 屋根裏部屋に潜む対抗狙撃手は微動だにしない。この牛舎に狙いを定めている。やはり偽装は敵に見破られている。そう考えるべきだ。銃眼からのぞくライフルはビショップか自分のどちらかに向けられている。敵はどちらを狙っているのか。そこまでは暗視照準眼鏡ノクトスコープの解像度では判断がつかない。だが、敵は動かない。

《コッチを見つけていながら、なぜ撃ってこない?》

 デ・ゼーヴの胸に疑問が生まれていた。チームで行動している以上、狙撃手と観測手のどちらを撃ち殺しても狙撃は阻止できる。先に撃てるだけの余裕がありながら、敵は動かなかった。一方、デ・ゼーヴにしても先に撃つわけにはいかない。ビショップが先に標的を斃さねば、任務遂行はおぼつかない。


「ビショップは《軍師》を撃てると思うか?」

 今回の任務に当たる前、上官から何度も聞かされた問いだった。

「ビショップがこれまで挙げてきた成果を鑑みれば、自ずと分かるはずです」

 上官は鼻を鳴らした。

「貴官も定期的にメンタルチェックを受けてるだろう?」

 デ・ゼーヴはうなづいた。

「ビショップは常に不合格の判定が出ている。貴官の言う通り、今までヤツの技量に問題なかったから、上層部は目をつぶって使い続けてるが、軍医の話ではいつ撃てなくなってもおかしくないそうだ」

「具体的に、どのような問題が?」

「10年前、ヤツは女と子どもを射殺した。その記憶を無意識に脳から消そうとしてる。生理的な防御反応だが、身体にかかる負荷が大きい。最近、どうにか女を殺したことは受け入れられるようになったようだが、子どもはダメだ。その時の記憶が甦った際、ヤツの身体がどう動くのか想像もつかん。すさまじい心理的ショックが襲いかかるそうだ。その瞬間が《軍師》を狙う瞬間でない時を祈るしかあるまい」


 大型の黒いリムジンが教会の玄関前に横づけされる。

 同時に教会の扉が開いた。男が教会から姿を現すした。出てきた男が《軍師》であることを確認する。デ・ゼーヴはビショップに告げた後、わずかにライフルを動かして屋根裏部屋の銃眼に狙いを定めた。息を止める。

 デ・ゼーヴはロフォスM82A1をバックアップ用に選んだ。対空機関砲弾として開発された50口径、12・7ミリ弾を発射する対物ライフルである。ライフルとしては大口径弾になるが、銃身の先端に取り付けられた二重のマズルブレーキが強力に働き、発射ガスが生む反動の約7割を減殺する。このため12番口径のショットガンを発射する時と同じぐらいの反動しかない。

 しかし、重量が12キロを超える代物は狙撃が終了した後で抱えて逃げるには厄介な大荷物になる。脱出する際はライフルを粉々に破壊しなくてはいけない。敵が何か手がかりを得ようとしても少しばかり苦労するだろう。

 呼吸を止めているのが苦しくなってきた。ビショップはまだ撃たない。

《何秒経った?7秒か?8秒か?》

 デ・ゼーヴは眼をしばたたいた。息を吸う。押し殺した声で促した。

「撃て、ビショップ」

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