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〈半年前〉

 ビショップとデ・ゼーヴは谷間の平坦な場所に並んで寝そべっていた。2人の姿は雑草にほとんど隠れている。伏射プローンの姿勢を取っているビショップは右手の人差し指をリンベルクTRG-42の用心金トリガーガードに添わせている。使用する弾丸は7・92ミリ弾。

 右眼で4倍から9倍の可変倍率バリアブルスコープをのぞいている。倍率は最低に設定している。左眼は瞼をわずかにすぼめている。丸い視野の中央に位置する十字線レティクルは標的紙に載せられていた。500メートル離れたところにある直径1メートルの標的は針で突いた点に過ぎない。

「風は11時の方向から5メートル。ドロップは15センチ」

「了解」

 用心金トリガーガードに載せた人差し指をトリガーに置き、指の腹で抑えて遊びを消した。呼吸を止める。体内を流れる血の音に耳を傾ける。時間が間延びするような感覚に襲われる。

 レティクルが標的の中心を捉えた。音が消える。トリガーを切った。

 右の頬に撃針の突っ走る振動を感じる。次の瞬間、リンベルクTGR-42が吠える。銃弾の強烈なキックが肩を襲い、銃口が跳ね上がった。反動を利用して右手を飛ばし、槓桿を引いて薬室の空薬莢を弾き飛ばす。槓桿を前に押し出し、次弾を装填して薬室を閉じる。再びスコープを覗いた時には丸い視野の隅に立ち昇る土埃が見えた。

「手前」デ・ゼーヴは言った。「右に逸れてる。3クリック上、4クリック左」

 ビショップはスコープの基部にある調整用スクリューのカバーを外した。小型のドライバーでデ・ゼーヴの指示通りにスクリューを動かした。指先でクリックを数える。上に1、2、3。左に1、2、3、4。スクリューを回し終えた後、カバーを閉じた。

 肩の力を抜いて大きく息を吐いた。ライフルの照準合わせサイトインを行う時は、あくまでもクリーンで冷えた銃身でなければ意味がない。銃の温度が上がっていれば、それだけ火薬の燃料が速まる。結果として弾速は上昇し、弾道も上目になる。

「今朝は白髪の爺さんと何を話してたんだ?」

 デ・ゼーヴがのんびりとした口調で訊いた。ビショップはスコープから眼を外し、標的を見つめている。脳裏ではスコープに見えた土埃がプレイバックしていた。

「デートの約束」

 デ・ゼーヴが低い声で嗤った。

「へえ、あんなのがアンタの趣味だったとはね」

 ペリエが身の回りの物を片付けに来たのは、早朝だった。その時に「お礼に」と言って菓子折りをビショップに届けに来た。ライフルの照準合わせに向かう前で準備に忙しい時だったが、ビショップはペリエと短い話をした。

 ネイサンは3年前にポリサリオのカナンで取材していた時、政府軍の残党に捕まって3か月ほど山岳地帯の密林で過ごしたという。帝国軍の掃討作戦に巻き込まれていたところ、政府軍の救援に駆け付けた連邦軍の特殊部隊に身柄を解放された。その際の戦闘で頭に手榴弾の破片で大怪我を負い、その後遺症で脳にいくらか損傷が残っているのだという。ペリエはそんなことを淡々と語った。

 1週間後、ペリエはネイサンを連れてこの星を去った。ネイサンを故郷の精神病院に入院させるためだった。しばらく経った後、1通の分厚い封筒がビショップ宛てに届いた。封筒の中には手書きの手紙と写真が1枚入っていた。ビショップは手紙を開いた。

《親愛なる中尉殿。昨夜はなんとなく頭が晴れてくると、私は病院のベッドに寝ているではありませんか。驚いて周りの人々に事情を尋ね、ようやく事の次第が理解できました。明日は飛行機に乗るというので、今夜はどうしてもこれを書いておかねばなりません。

 親愛なる中尉殿。こういう話をするのも最後ですが、私も人間ですから、絶えず告白を必要としています。今日は貴方に告白させて下さい。理由は2つあります。1つは私が貴方に嘘をついたから。1つは貴方の知っている女性の話だからです・・・》

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