レディ・シューター

伊藤 薫

第1章:再会

[1]

〈10年前〉

 サイモン・ビショップは連邦軍制式ライフル―リンベルクTRG-42に取り付けられた倍率10倍の照準器を覗き込んだ。田舎町の道路を眼下に見渡す。45メートル前方で動きがあった。黒いコートを着た女が小さな家のドアを開け、子どもを連れて表に出てきた。

 人影はほとんどなかった。町のサファヴィ人たちの大半は怯えて家の中に隠れていた。それでも物見高い数人がカーテン越しに様子をうかがっている。連邦軍が発する重々しい砲声は住人たちの耳に届いているはずだった。連邦に反旗を翻した圧政者の支配からこの星―メルヴ星系第7惑星サファヴィを解放するために北進中の特殊部隊が道路いっぱいに広がって町に近づきつつあった。

 ビショップの任務は特殊部隊の護衛だった。ビショップが所属する偵察小隊はその日の早いうちから建物を占拠し、町を通過する特殊部隊を狙う敵の待ち伏せを阻止するため、「監視」可能な位置についていた。

 特に難しい任務だとは思えなかった。強いて言えば、特殊部隊が味方で良かった。ビショップはそう思っていたぐらいだ。戦場で特殊部隊が使用する重火器の威力は目の当たりにしたことがある。彼らと戦うなんてまっぴらだ。彼らならサファヴィの軍隊などものともしないだろう。実際、サファヴィ軍はこの地域をとっくに放棄してしまっていた。

 サファヴィにおける戦いは2週間ほど前に始まった。その日の早朝、連邦軍第36師団に所属するビショップの偵察小隊は開戦の支援任務についた。小隊はサファヴィ赤道直下に広がるイルハン大陸に揚陸し、宇宙港を確保した。現在の任務は首都に向かって北進する特殊部隊の支援だった。

 ビショップが手にしていたライフルはボルトアクション方式である。元は兵曹チーフの持ち物だった。薬室に7・92ミリ弾が1発。しばらく監視を続けていた《チーフ》は今、休憩に入っていた。その間に自分のライフルを託す相手に選ばれたのは、自分を信頼している証だ。新入りのヒヨッコだというのに。特殊部隊から見れば、その一員として認められもしないだろう。

 ビショップは狙撃手スナイパーの訓練もまだ受けていなかった。かなり以前、少年兵だった頃に観測手スポッターは務めたことがあった。その日の朝、《チーフ》は自分のライフルを託すことで、自分に狙撃手の資質があるかどうか確認したかったのだろう。

 2人は特殊部隊がもうすぐ通過する町の外れにある廃墟同然の建物の屋上で伏射プローンの姿勢を取っていた。眼下の荒れた道では、土埃と紙屑が風に舞っていた。周囲には下水のような臭いが漂っていた。この星の悪臭だけは決して慣れることがない。

 建物が揺れ始めた。

「特殊部隊が来る」《チーフ》が言った。「監視を怠るな」

 照準器を覗いた。動いている人間は先ほど道路に出てきた女、子どもが1人か2人いるだけだった。

 特殊部隊の車両が道に停まった。10人の若い隊員が車から降りて集合した。彼らが徒歩パトロールの隊形を取る。刹那、女がコートから何を取り出した。ぐいと何かを引っ張る動作をする。ビショップは最初、女が何を持っているか分からなかった。

「女が何か持ってます」

 ビショップは《チーフ》に見たままを報告する。右隣で《チーフ》も双眼鏡で眼にしているはずだった。

「色は黄色。本体は・・・」

「そいつは手榴弾だ」《チーフ》は言った。「帝国製のヤツだ」

「クソッ」

「撃て」

「ですが・・・」

「撃て。手榴弾をどうにかしろ。特殊部隊が来るぞ」

 ビショップはトリガーに指をかける。照準器のレティクルを女の胸元中央からやや左に置いた。胸中は戸惑っていた。イヤフォンから無線が流れる。誰かが警戒中の隊員に異変を知らせようとしていた。だが、無線は繋がらないようだった。あの女は隊員たちが進む道路の先に待ち構えていた。

「撃つんだ!」《チーフ》が叫んだ。

 ビショップは息を吐いた。トリガーを切る。銃口から7・92ミリ弾が飛び出した。銃の反動を肩で受け流す。女の身体が吹き飛んだ。地面に落ちた手榴弾に狙いを定める。ビショップは再びトリガーを切った。刹那、手榴弾が爆発した。

 ビショップがライフルで誰かを射殺したのは、この時が最初だった。あの星で男の戦闘員以外の人間を殺したのも初めてだった。そして最後でもあった。しばらく経ってから、ビショップは小隊のメンバからある綽名が付けられていたことに気づいた。

 レディ・シューター。

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