あやかし無双伝
綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中
第01話、魔物は空気を読まずに襲い来る
「魔術が使えたら特別な存在になれるんじゃないかって――」
俺にもそんなことを思っていた時期がありました……
――ってなんでこんな黒歴史うちあけなきゃなんねーんだ!!
「へぇ、それで
興味しんしん質問されて、つい本音を話してしまったのだ。
「ば、馬鹿っ、今はそんなこと思ってねーぞ! 四年くらい前の話だっ」
慌てるあまり、うっかり声が高くなっちまった俺に、
「それでもう一度学院に戻るつもりはないの?」
と首をかしげた。湖をわたる風が、
故郷を離れて二年。俺は旅先で
偶然というか必然というか、彼女は俺が卒業前に飛び出した王立魔道学院の学生だったのだ。
俺は学院時代にいい思い出なんてねえ。友人もいねぇし成績も悪かった。だがそんなことをうちあけるのは
ちょっと考えてから、
「今の俺が戻ってなにを学ぶんだ? 無尽蔵の魔力と、伝説の水龍から受け継いだ能力のおかげで、学院で習うような基礎魔術は呪文も唱えずに発動できるんだぜ?」
なにも力を求めたわけではない。だが俺は人間の姿とひきかえに、強力な水龍の
「えぇ~」
湖に浮かべた船の上で、両手を頭のうしろで組んで空をあおぐ。着物の袖がするりと下がって、きめこまやかな肌がのぞいた。きれいな瞳に空がうつり、形のよい鼻が上を向く。ひかえめな口元をとがらせる彼女は、はっきり言ってかわいい。なんでこんな美少女が俺を一生懸命、学院に誘ってくれるのか謎である。
「ん?」
そのとき、かすかに妙な揺れを感じて船べりから湖面をのぞいた。
「船の下になにか――」
俺がつぶやいたのと、
「沼のぬし!?」
振り返った船頭がさけんだのはほぼ同時だった。
「てめぇが呼んだんだな、魔物の仲間め」
「なんでだよ――って、うわぁっ!」
小舟が大きくかたむいたかと思うと、水面からうろこの生えた触手がすごい速さで伸びてきた。
「きゃぁぁぁっ!!」
「
大人の腕より太い緑の触手が
「んぐぅっ」
花弁のような唇をこじ開けて、別の触手がもぐりこんだ。
「
俺の意志に応じて湖の水が大きく波打ち、魔物の触手に襲いかかるが、激しく揺れてかわしやがった。
「水よ! 我が怒りの
気をこめてさけぶと、水は鋭利な
「いやぁっ、落ちる!」
「しまった!」
ざばぁぁぁん!
触手から自由になった
「あんな全身白い化け物なんざ乗せるんじゃなかったぜ」
と船頭が舌打ちするのが聞こえて、俺は唇をかんだ。この美しいあやかしの姿が、そんなひでぇ言い方されるなんて――
悲嘆にくれる心を振り払うように、水かきのついた両手で流れを押し分け、湖底へと沈む
魔物が口を開けた。びっしりと牙が並んだその巨大な
「させるかっ!」
間一髪、俺の手は
彼女の細い身体を抱きしめ、俺は魔物に背を向ける。
――結界!
衝撃波が大波を起こすが、一瞬早く張った結界にはばまれて俺たちへは届かない。結界のまわりで水草が竜巻のように回転する。
「大丈夫か、
結界のなかで声をかけるが返事がない。しまった、ふつうの人間は水中で息できないんだった! 俺も二年前までヒトだったのにうっかりするとかあり得ねえ。
上へ向かって急浮上する俺に向かって、大蛇の魔物がまた衝撃波を放とうと大口を開けた。
「効かねえんだよ!」
俺は結界の中からにらみつけた。
『グ、ギグッ』
水中に響くこもった音は魔物が発したのか? 水の渦にのまれて俺たちから遠ざかる大蛇は、驚いたように目を丸く見開いていた。沼の
「ぷはぁっ!」
俺はようやく湖面に顔を出し、口から空気を吸い込んだ。水中では前腕と足首についたヒレから直接体内に酸素を取り込むので、呼吸している感覚がないんだが、やっぱ鼻と口から吸う空気はうまい。
「おーい船頭さん、ここまで戻ってきてくんねぇか!」
ぐったりとした
「ひえぇぇっ
ひとりごとのつもりかもしれないが、俺のとがった耳には聞こえている。
「
と声をかけながら、右手と両足を動かして立ち泳ぎする。
「追いかけてくるな、化け物め!」
船頭は振り返ってさけんだ。その声はなかば悲鳴のようだ。拒絶された悲しみに胸がふさぎ息がつまる。うつむくと濡れた髪から頬へ、水滴がしたたり落ちた。だが落ち込んでいる場合ではない。
「
俺は目をふせると意識を頭上に集中した。体が水から持ち上がり、風に包まれて宙に浮いた。
「外見でひとのこと判断するとか古代人かよ」
向こうの岸に到着した小さな人影に向かって吐き捨てる。
「あっちまで飛んで行くのは遠すぎるな」
「けほっ」
着地の衝撃で
「
「
ふらつく
「ここは……?」
愛らしい瞳が不安にゆれて、俺を見上げた。
「湖ん中に突き出た岩の上だよ。船頭のやつビビって俺たちを置いて先行っちまいやがった」
「客捨てて逃げ出すなんて情けないやつ」
「いやあいつ、俺の外見が湖の魔物に似てるってんで逃げちまったんだ。すまねえな、俺がこんな姿してるせいで」
船頭のおびえた声がまだ耳に残っている。
「はぁ!?
俺は彼女のか弱い手をしっかりと握る。
言いかけて、恥ずかしそうに目をそらす。
「大好きなんだから……」
消え入りそうな声で言ってくれたのがかわいくて、俺はもう片方の手でそっと彼女の
「くちゅんっ」
「濡れた着物は脱がないとだめね」
と冷静な声で言いながら帯を解いた。俺に背を向けると手早く小袖を脱ぎ、ついでに
「
「体が冷えちゃったみたい……」
「いま魔力であたためてるんだが――」
背骨がやわらかい曲線美を描く少女の肌に、俺は両手をかざす。
「ありがと、背中がぽかぽかする。でも
無駄に恥じらったりせず、
「
と呪文を唱え、自分で暖をとる。
「はっくちゅん」
「まだ寒いんじゃねえか?」
ふたたび小柄な背中に手をかざしてやると、
「
言いよどむなんて
嫌なわけない。俺はすぐに両腕をひらいた。だが
「さっき
「怖いわけないじゃない!」
「あっ」
それから
「意識失う寸前のこと、あたし覚えてるのよ。魔物が吐いた衝撃波を
顔をあげると、そのふっくらとしたまぶたには涙がたまっていた。「すごくかっこよかった――」
「きみは―― あたしの
さけぶやいなや、
だが
「遠のいてく意識の中で、あたしすっごく怖かったの。
「あたし絶対に
「大丈夫だよ、
俺はやさしく彼女の背中をなでた。背骨のかすかなくぼみに指先をすべらせながら、
「魔物ごときに俺はやられねえから」
「そうよね!
俺も彼女を強く抱きしめた。
「
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