嫌われ者の最強魔術師に理解者はいるのだろうか?
どうも勇者です
第1話 魔法学校ティルティナ学園
『次はヴェルリア・ストリート、ヴェルリア・ストリート。ティルティア学園にお越しのお客様はここで下車ください』
「すいません、ちょっと──」
たくさんいる乗客の人をかき分けて何とか出口に向かいます。扉が開かれた途端、雪崩のように人があふれ出しました。思わずこけそうになります。
「あっととと、なんで今日に限ってこんなに多いの……?」
前に来たときはここまで混んでなかったのに。
ちらりと時間を見ると集合時間までもう少しでした。
「やばっ!」
私はすぐに駆け出し、乗車線を後にしました。
「うわぁ……」
ここが魔法最先端都市ヴェルリア、その中心駅ヴェルリア・ストリート。圧巻の光景です。駅というのにまるで博物館か何かで天井も高く芸術性を感じます。芸術的な感性なんて私にあると思えませんが。
入口に立つと左右にカラスが六匹、街灯に留まって私を出迎えます。
「これって有名な六羽
私はすぐさまバッグの中にあるパンフレットを見ます。
六羽ガラス。ヴェルリア・ストリートの駅員さんに飼われているカラスでここに降りた乗客たちをいつもで迎えています。彼らの首にはそれぞれ看板がひっさげられていて、つなげると「ヴェルリア・ストリートへようこそ!」と書かれています。
「カァ」
パンフレットから目を外すと一人のカラスがあいさつしてくれました。野生のカラスが出すような、かん高くて思わずびっくりしてしまうような声とは違い落ち着き払っています。きっと人に慣れているんでしょう。
次に目を奪われたのは駅から見える光景でした。
二階建てのこのヴェルリア・ストリート駅は出口の先が広場となっていてヴェルリアの中心街を一望できます。
「やばっ、こんなことしてる場合じゃなかった」
すぐに階段のほうに目を向けますが、さっきの混雑で人がいっぱいですぐには通れません。
「ごめんなさいっ!」
私は柵を飛び越えると二階から飛び降りました。
(高さは6m、エネルギーはおおよそ3000J──)
ベクトル操作の準備をして手を放すとそのまま私の体は自由落下、地面に向かって一直線です。
落ち始めてから魔術を開始すると私の体は重力から外れたようにふわりと浮きそのまま地面に着地します。
「ごめんなさい!」
周りの人をびっくりさせてしまったようで、私はもう一度謝ります。さすがに入学初日に遅刻したくはありません。
広場を抜けますが、このままだともしかしたら遅刻してしまうかも。
「仕方ない、ショートカットするか!」
私はさっきよりも力を込めて足に魔術をかけます。そして、そのまま勢いよくジャンプしました。
私の体躯はゆうゆうと空に弧を描き屋根の上に着地、そのまま学校まで一直線です。
(絶対マナー悪いけど、家主の人ごめんなさい!)
謝ればいいという話ではありませんが、悪いことをしたら謝ったほうがいいと両親から教わったので一応心の中で。住宅街の屋根屋根を飛び移り学園を目指します。
2分ほどたったときでしょうか。もう何十と家々を渡り歩き、道路を飛び越えもうそろそろ学校につくというころあいです。このままなら余裕をもって登校できるなと考えて、私は少し油断をしました。
(っ! 墓地!?)
私の眼下には次に着地するべき家ではなく墓地が広がっていました。次の地点にきちんと足場があるか確認し忘れていたのです。このままでは墓石にあらぬ態勢で落下してどこかを打撲してしまうでしょう。
「わぁぁぁああぁぁぁああああぁ!!」
けれど、私の体は墓石に激突することなく。すれすれのところで地面から浮いていました。
「え、え?」
「大丈夫?」
きょろきょろと見回すと、一人の青年がいました。私と同い年くらいに見える、身長も私より少し大きいくらい。遺伝でしょうか、短めの黒の髪の毛には少しだけ赤が混じっています。
「余計なお世話かもしれなかったけど、減速魔術をかけてるようには見えなかったから」
「あ、ありがとう。助かったよ」
差し出された青年の手を私は取ります。
「ティルティア学園の新入生? それなら、時間にはもう少し余裕があるから、ここから徒歩で言っても十分間に合うよ」
「そうなんですね、わかりました」
ぱんぱんと制服の汚れを払うとぺこりと頭を下げて私はまた学園のほうへ駆け出します。
「……」
◇◇◇
「うわぁあ……」
私は今日二度目の感嘆を漏らします。
「ここが、ヴェルリア有数の魔法教育機関、魔法学校ティルティア学園……」
小路を出ると大通りに出て、左を向くと学園がありました。道路はまた石畳で覆われ、建物もみな比較的新しいです。周りは住宅街のようで、四階建てのマンションに囲まれた道路が一直線に学園まで続いています。学園は柵で囲われていて、門には衛兵の人がおばあさんに道を教えていました。ああいうのも仕事のうちなんですね。
そして、門をくぐると大きな大きな学園が目に飛び込んできます。門をくぐってからも学園校舎まではしばらく歩きます。キャンパスと呼ばれる広場には芝生が広がっていました。ここで遊んだり授業をしたりもするのだとか。
「まるでお城みたい……」
周りを見回してみると、これまたびっくり、いろんな魔法生物を各々肩に乗せたりかごの中に入れたりして一緒に登校してます。
「あっ、グリフォン!」
校舎裏から鎖につながれたグリフォンが出てきました。鷲の頭と翼を持ち、ライオンの胴体をしている大型動物です。陸と空の頂点に位置する二つの動物の要素を兼ね備えたこの動物はすべての食物連鎖系の頂点だともいわれています。
大型の魔法動物は学園で飼うようで、飼育小屋があるそうです。一度行ってみたいな。
「きゅー」
「わっ、こんにちは!」
隣からカーバンクルがあいさつをしてきました。額にルビーのような透き通った赤玉の角を持つ動物です。ウサギのような外見をしていて以前はたくさんいたようですが、角欲しさに人間が乱獲し今では個体数がとても少ないそうです。
「あれは、フェニックスに仮面鳥!」
なんということでしょうか。登校するだけでもここは魔法の宝庫です。受験に落ちなくて本当に良かった。
「カァーっ!!」
「うわっ!」
「ああ、すまない。いつもはおとなしい子なんだがね」
いきなり近くのヤタガラスが叫んできました。機嫌でも悪かったのでしょうか。どうにも私は魔法生物と折り合いが悪いようです。
「えっと、4-D、4-D、4-D……」
ありました。高等部一般棟、東校舎一階──ずいぶん遠いです。
私は人の流れに身を任せながらどうにか指定の教室までたどり着きました。
ドアを開けると結構な人が座ったり友達としゃべったりしています。なんだか気まずい……
集合時間となると教師の人が教室に入ってきました。
「ほらー、お前ら座れー。時間だぞー」
はーい、という声がちらほらと。
「……全員いるな。時間も……それじゃあ、初めまして。この教室を担当することになったティム・ハウスミットだ。気軽にティムと呼んでくれて構わない」
『せんせー自己紹介つまんなーい』
「つまらんとはお前…………独身バツイチ妻の浮気! ベクトル操作の授業を担当する、よろしく!!」
『『『イェーーイ!!』』』
先生の思い切った自己紹介に皆が沸き上がります。高校と中学は先生が別のはずなのですが、ずいぶんと生徒は親しげに接します。私たち高入生にアピールしているという側面もあるのでしょう。
「それで……ああ、もう。何を言うか忘れたじゃないか」
またクスクスと笑い声が上がります。
「これからお前たちにこの学校について説明する。正直俺はいらなと思うんだが、やれといわれたからやる。パンフレットなり中学校の時の説明なりで知っているとは思うが……間違っても寝ないように」
そういって先生はチョークを取ります。
「このティルティア学園高等学校は皆も知っている通り魔法を専門に教える数少ない学校だ。また、中学とは違い高校では学年ごとに学科分けされる。学科は大まかに四つ、自然哲学、文系、魔法科、魔法工学科に分かれる。自然哲学は数学科・化学科・物理科・生物科、文系は文学科・歴史科・地理科だ。魔法科は魔導士課程、魔術師過程のふたつがある」
先生は続けます。
「そもそも魔術と魔導の違いだが、魔法を使うものはすべからく魔法使いと呼ばれる。しかし、魔法使いにも種類がある。魔法の世界を研究し、その謎を解明することにおもきを置いた魔術師、対して魔導師は魔術で発見したことを利用し使いこなす分野だ。魔術師課程は数学選択、魔導士課程は物理選択だが、まさにそういった関係だ。数学が定理を証明し、その定理を使って物理が現実世界を舞台にあれこれする。それが魔術と魔導の違いとなっている」
なるほど、そういう感じだったのか。今まであやふやにとらえていたから、かゆいところに手が届いたような感じがする。
「ほかにも精霊という我々とは異なるロジックで生きる存在と契約し、使役する精霊使いや魔獣を飼育管理する魔獣使いも広義の意味での魔法使いに含まれるという」
それは知ってる。エッヘン。
「お前たちは魔術師課程だから数学は必修授業だ。サボることのないように。また、一般的な学問に加えて君たちは当然魔法の勉強をすることになるが、ほかの学問と違って魔法はベクトル操作・圧力操作・温度操作・流体操作・波動操作・電磁場操作やさらにそれらの複合によるプラズマ操作や大学なんかで習う重力操作に細分化されている。それぞれに担当の先生がいるから必然的に移動教室も多い。ここで授業することもあまりないからそのつもりで」
いくつかは知ってたけど、魔法ってそんなに種類が多いんだ。
はーい、といくらかの生徒は先生に返事します。
「それじゃあ……まだ時間が余ってるな。せっかくだからベクトル操作の授業を少し……」
『えーっ!!』
『そんなひどいですよ!』
「ひどいとは何だ! しかたないだろう。下校時刻までまだ時間があるんだから」
『早めに帰ればいいじゃないですかー』
『俺たちの時間は有限なんすよー?』
「一丁前に生意気な……まあいい、分かった。それでは今日は早いがこれで終わる。明日から普通に授業があるからそのつもりで。では、解散」
『よっしゃー!』
『バスケしに行こうぜー!』
『マーケット開いてるんだってー』
何人かの生徒は仲間内で早馬のごとく教室を後にしていきます。なんだか、すごいな。
「あー、言い忘れていたが、この教室は内部進学生と新入生が混ざったクラスだからなー。仲良くするんだぞー!」
けれど、先生の話をもはや誰も聞いていませんでした。
「……仕方ない」
そうこぼして先生は教室を後にします。
どうしましょう。レクリエーションとかで交友を深められると思ったから友達の心配はしてませんでしたが、誰かに話しかけましょうか。でも、とても勇気がいります。ムムム。
「ね、」
「は、はい!」
「わっ、そんな驚かないでよ」
「ごめんなさい、緊張してて……」
話しかけてきたのは私より長身の男の子でした。
「俺はジョセフ・ベントリー、君は?」
「レティシア・オルブライトっていいます」
「レティシアか、いい名前だね」
「あっと、ありがとうございます……」
「アハハ、そんなかしこまらないでよ」
「あんまりそういうの言われなれてなくて……」
「これからさ、みんなでマーケットに行こうって話してるんだけど」
「マーケット?」
「ここらで開かれる定期市だよ。いったことないの?」
「マーケットは行ったことあるけど、ここのは……」
「絶対気に入るよ。フルーツからお菓子、射的なんかもあるんだぜ?」
「へー」
「もしよかったら、オルブライトさんも一緒に──」
「ああ、麗しのクリスティーヌ!」
突然、横から声がしました。
「く、クリスティーヌ?」
「失礼、マドモアゼル。君の名前を聞いてもいいかな?」
ジョセフくんよりも、もっと長身の眼鏡をかけた男の子。制服もしゃんとしていて女子に人気がありそうな男の子が話しかけてきました。
「レティシア・オルブライトっていいますっ」
「レティシア! 喜びの名を冠する、君に似合う良い名だ!」
「おい、割り込むなよ……」
「おっと、これは失礼。私はセザール・ルネ・ピュトール。気軽にセザールと呼んでくれ」
「聞けよ」
セザールという人はジョセフ君を意にも介さず私のほうに手を差し出します。
「うわっ」
「お近づきのしるしに、君にプレゼントだ」
彼が手を細やかに回すと、いきなりバラの花がそこに現れました。私はその花を受け取ると彼に質問攻めします。
「どうやったの!? 目の前で見てたけど、手の中にはなかったよね!?」
「奇術師はマジックの種を明かさないんだ。ごめんね、マイポニー」
「詐欺師の間違いなんじゃないの、魔術師くん?」
声の主は教室の奥。ボーイッシュな黒髪の短髪、王子様という言葉が連想される女の子です。
「また新入生をたぶらかしているのかい、セザール?」
「ひどい言い草だな、フリーダ。俺はただ歓迎のあいさつをしてるだけじゃないか」
あきれたようにフリーダさんは笑みを浮かべると、こちらのほうに目を向けます。
「友人がすまないね。私はフリーダ・ランベルト。好きなほうでいいが、私もフリーダと呼んでくれたらうれしいね」
そういって、私の手をとると何かを渡そうとするフリーダさん。当然、その手には何もありません。しかし、次の瞬間──
「わっ……え!?」
少しの閃光とともに私の手にはトゲのない赤バラが握られていました。
「え、え、どういうこと!?」
「あはは、私は奇術師じゃないからね。単なる目くらましさ。余興にはなったかな?」
そういってフリーダさんはこれ見よがしにセザール君に目を向けます。セザール君は好敵手を見るような目で笑うと、参ったと言うかのように手をあげました。
「レティシアさん、ってよんでもいいかな?」
「レティでいいよ。みんなもそう呼んでるし」
「じゃあ、レティは高入生だよね?」
「うん。高校からの入学」
「じゃあいっぱいわかんないこととかあるでしょ。案内しようか?」
「うーん、それよりも今はお友達を作りたいかも」
「それじゃあ、少なくとも一人見つかったようだね」
「え?」
「君の目の前にいるじゃないか」
キョトンとする私にフリーダさんは優しく微笑みかけます。
「うん! よろしくね、フリーダさん!」
「フリーダでいいよ、よろしく」
「おやおや、僕を忘れていないかい」
「うん、セザール君もよろしく!」
そういって二人に私は笑いかけます。みんなも顔を和ませてくれました。優しい人たちが多くてよかったです。
「そうだね、友達を増やしたいというんであれば、まずクラスの人を知るところから始めようか」
「ああ、お願いできる?」
「もちろん! じゃあ、一人目は……そうだね。あの外で紅茶を飲んでるあの子」
そういって、フリーダさんは屋外のテラス席に座る女生徒を指さします。
明るめブロンドで、サイドの編み込みは大変そうなその子。紅茶を飲んでいます。
「彼女はエイリーン・ワイズ。私たちと同じ魔術師志望で将来の夢は確かお医者さん……だったけな」
「魔術師なのにお医者さん?」
「魔術に関する病気を治すとか、そんなのだった気がするけど。ごめんね、詳しくは覚えてない」
「いいよ」
「よく紅茶を飲んでいてお茶菓子とともにアフタヌーンティーを楽しむのが日課みたい。本当は優しい性格なんだけど、本人が素直になれないからちょっときつい言い方をしたりすることもあるんだ。そんなに気にしないであげてね」
「わかった」
「次はあの子。あの子はアンジェリーヌ・ル・クレジオ。私と同じテニス部員でお嬢様言葉が特徴の一年生。言動はちょっと癖があるけど、基本いい子だから仲良くしてあげてね」
「くせって例えば?」
「こう……じぶんが世界の中心、みたいな」
「ああ……」
なんとなくわかった気がします。
「そんな感じ。でも、一緒にいて楽しい子だし、嫌みは言わないから仲良くしてあげて」
「わかった」
「それで最後があの子、教室にいるジンジャー・ゴールドバーグ。さっきのエイリーンとも仲良しで控えめな性格だけど、内心は友達をほしがってると思うからきっと仲良くできるよ」
「いろいろありがとう」
「どういたしまして。他にも紹介したい子はいるけど、いっぺんに行っても覚えきれないだろうし。最初はこの三人と仲良くなってみたら? 交友関係を一度持てば加速度的に広がっていくものだよ」
「確かにそうだね。フリーダの言うとおりにしてみる」
「役に立ったようで何よりだよ」
フリーダはもう一度慈愛に満ちた笑顔を浮かべます。
「何の話してるの?」
振り向くと先ほどのエイリーンさんとアンジェリーヌさんがいました。
「人を指さしとは、ずいぶんたいそうなご身分ね。フリーダ」
「彼女に君たちを紹介していたんだよ」
「あなたは、確か高入生の」
「レティシア・オルブライトです! レティって呼んでください!」
「よろしく。フリーダから聞いたと思うけど私がエイリーン、こっちがアンジェリーヌ」
「ごきげんよう、そして、初めましてレティシアさん。私はアンジェリーヌ・ル・クレジオ、特別にクレジオさん、と呼ばせてあげますわ!」
「みんなからはアンジェってよばれてる」
「よろしく、アンジェさん!」
「人の話を聞くのですわ!!」
「それじゃあレティ、私はそろそろテニス部の仕事で向かわなきゃいけないから」
「あら? 今日はクラブ活動ありましたっけ?」
「いいや、部長の仕事だよ。それじゃあ、レティ、エイリーン、アンジェ。また明日」
「うん、またね」
「気をつけて帰るんですわ!」
フリーダさんが廊下に出ると彼女を呼ぶ黄色い声援が聞こえてくる。やっぱり女子に人気なんだろうな。
「……それで、そろそろいいかな」
「あっ、ごめんジョセフくん! 話し込んじゃった」
「いやいや、いいよ。初日だしね。それでマーケットのことなんだけど、一緒に行かないかい? よければエイリーンとアンジェリーヌも」
「私はよくってよ」
「私はパス」
「そうか、それじゃあ──」
「ねえ、ジョセフくん」
「何?」
「あっ、ごめんね? ちょっと聞きたいことがあって」
「いいよ、何でも聞いて」
「じゃあ、お言葉に甘えて。あの子の名前はなんて言うの?」
「え、誰?」
「ほら、ずっと机に向かってる」
「ああ、アリアか」
「アリア?」
「アリア・ドルミエス・アルトレア。俺たちと同じ内進生だよ」
「あの子も誘っていい?」
「……なんで?」
「ここに来るときにちょっと助けてもらって、話してみたいなって」
「アリアを? やめといたほうがいいぜ」
ジョセフくんは口調が変わりました。きっとこれが彼の素なのでしょう。
「どうして?」
「グリモワール……」
エイリーン、紅茶の子がつぶやきます。
「グリモワール?」
「あいつのあだ名だよ。魔術のことにしか興味なくて、学校がおわれば勉強するかすぐに帰るの二択。人付き合いも悪いしほかに何の趣味も持っていない。だから、ついたあだ名がグリモワール」
グリモワール。確か魔導書を意味する言葉で、特に幽霊なんかを封じ込めてる書物のこと言うんでしたっけ。ここにいる生徒さんは付けるあだ名も魔術の教養にあふれていて羨ましいです……本人からすれば嫌でしょうが。
「確か中学生の時に勉強の邪魔をされたのに怒って、何人かの生徒に殺傷性の魔術をむけたとかなんとか。私は三年生からの編入だからよく知らないんだけど」
エイリーンが付け足します。
「あんまりしゃべり遊ばしませんから、どのように接していいかわからないですわ!」
「何かあったらすぐに向きになって危険な魔術を向けてくるような奴だぜ、やめといたほうがいいよ」
ジョセフ君の周りにいる女生徒も口々に怖そうだよねとか何考えてるかわかんないと話します。きっとジョセフ君と先に約束していた人たちでしょう。
「あの時はそんな風に見えなかったけど……」
「どうせ気まぐれだろ。あいつは放っておいて、はやく行こうぜ」
「……ちょっと行ってくる!」
「あっ、ちょっと!」
「ねえ、」
「……俺か?」
「うん、アリアくんだよね」
「ああ、あの時の……」
「うん、今朝はありがとね?」
「別に……それで?」
「これからみんなでマーケットに行くみたいなんだけど、一緒に来ない?」
アリアくんはジョセフ君たちのほうを一瞥します。
「……いや、遠慮しとくよ。今日は用事があるしな」
「どうせ用事っていったって魔術の勉強だろ?」
ジョセフくんは皮肉げに言いますが、彼の言葉を歯牙にもかけず、アリアくんは荷物をまとめます。
「……イグノか」
アリアくんはどこからともなく飛んできた小さな竜を肩に乗っけるとそのまま行ってしまいました。
「な、いったろ? あいつは誘っても無駄なんだよ」
「……」
「ほら、行こうぜ」
ジョセフくんは女の子たちを率いて先に向かいます。私も後ろ髪をひかれているような気持ちで後をついていきました。
◇◇
「今日ねー、同じクラスの子に助けてもらったのー」
マーケットを巡って帰宅した私はご飯を待つ間にお母さんに今日あったことを話します。
「何があったの?」
「私がね、学校までの近道で家の屋根を飛んでたんだけど、それでおっこちそうになって」
「だから言ったじゃないの。いつかケガするわよって」
「だって、あんなところに墓地があるなんて思わないじゃん」
「墓地?」
「うん、住宅街のど真ん中に墓地があってね。それで墓石に激突しそうになったんだけど、当たる直前に体が宙に浮いて助かったの」
「……墓地にはどれくらい居た?」
「え? 私?」
「そう」
「んー、たぶん3分もいなかったと思うよ」
「……じゃあ大丈夫ね」
「何が?」
「いいえ、こっちの話。墓地にはあんまり近づかないことよ」
「はーい」
カチャカチャと食器が鳴る音がします。
「それにしても、どうしてその子は墓地なんかにいたのかしらね」
「確かに……なんでだろ」
「もしかして、幽霊だったりして」
「もー、やめてよ!」
「アハハっ。でも、助けてもらったのならキチンとお礼しなさいよ」
「はーい」
「名前、なんていうの?」
「アリアくんだって」
「アリアくん? 男の子よね」
「うん、たぶん男の子」
「変わった名前ね……普通アリアって女の子に付ける名前だけど」
「確かに」
「もしかしたら、女の子だったり?」
「それは……あるかも」
そんなことを言っている間に料理は完成し皿が並べられていく。
「さあ、馬鹿なこと言ってないで食べなさい」
「お母さんが始めたんじゃん!」
◇◇
10時30分、そろそろ寝る時間です。私はお風呂に入ると、歯を磨いてピルクに挨拶をし、二階の自分の部屋に向かいます。
ピルクはピルクールの仲間でしゃべるインコです。インコはしゃべるじゃないかと思う人もいるでしょうが、普通のインコより少しだけ頭がいいので動物じゃなくて魔法動物扱いだそうです。変なの。
「それにしても、なんだったのかなぁ……」
確かにお母さんの言う通り、アリアくんはなぜ墓地なんかにいたのでしょうか。記憶の限りではアリアくんは墓石の隣に座っていました。墓地が好きなんでしょうか。それとも本当に幽霊?
「……やめよ」
怖くて寝られなくなりそうなので、私はまどろみの中に向かいます。
がたりと一つ、物音がしました。
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