夜をいくつ越えて

鯵哉

夜をいくつ越えて

プロローグ



 昨夜から今朝までずっと降っていた雨を忘れたような青空だった。濡れたアスファルトに光が反射してキラキラと視界の端で揺れる。路肩の名前も知らない緑が喜んでいる、気がした。


 自分の気持ちも少しは上がっていたのかもしれない。連日の室内干しには辟易としていた。道を曲がる。

 アパートの外には小さい花壇があった。空の駐車場前だが、緑が溢れて混ざり合っている。その花壇の淵に人が器用にしゃがみこんでいた。


 足元はスニーカー。細い足首が覗く。腰は降ろさず、膝を折り曲げて背中を丸めている。何かを観察するように。

 手元にはスケッチブックがあった。左手には鉛筆を持っている。小さく、それが紙を擦る音が聞こえた。


 それまでは少しも動く気配が無かったのに、ふと顔を上げた。耳には無数のピアス。色素の薄い瞳に光が入り、瞳孔が縮まり虹彩が広がる。


 ぱちくり、と音がなりそうな瞬き。



「おかえり」






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