13_メーテルみたいな感じで





 多分第二土曜日。そして多分七月。 いや、五月か?

 俺は窓からぼんやりと多分午後二時の空を眺めつつ、死について考察していた。



 生は望まずとも与えられる。ならば死くらいは望んで与えられてもいいのではないか。

 生きる権利が語られるなら、死ぬ権利も同等に保障されるべきではないか。

 死んだら、どうなるのだろうか。

 死ぬなら健康なままで死にたい。てか、今死にたい。楽に死にたい。


 よし、五秒後に俺は死ぬ。

 仰向けになり、目をつむる。


 1

 2

 3

 4


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ


「うわぁーーーーーーーーーー!!」

 突然の音に慌てて飛び起きる。

 びっくりした。死ぬかと思った。


 発信源は玄関。誰かがドアを一秒間に十六連打しているようだった。

 この部屋にインターホンなんて文明の利器はない。


「ったっく、誰だよ。このくそ忙しい時間に」

 無視することも頭をよぎったが、それは良心が許さなかった。生真面目な部分は確実に俺の精神を、人生を苦しめている。


「服装は・・・まぁ、下着のままでいっか」


 どうせこの一瞬しか関わらないんだしな。

 ドアはいまだに叩かれ続けている。

 ドアノブに手をかけ、ひねる。


「はい、どちらさんで、す、か!?」


 ドアを開けると、そこは美人だった。


          □


 フリルの付いた白い日傘、白く薄い手袋、白いワンピース、白い肌、黒い髪、青い瞳、細い腕、薄い胸、全てがビューテフォーだった。笑うときは絶対口元に手を当てるに違いなかった。


「お忙しいところ、申し訳ございません・・・ってあら? もしかしてお楽しみ中でしたか?」

 女性の視線は俺の赤い柄パンをとらえていた。顔が熱くなるのを感じた。


「でしたら、また後日・・・」

「いえいえ! そんな全然お楽しみじゃありません! むしろ最近というかここ数年全然楽しくないです! 少々お待ちを!」

 俺はドアを閉めると、居間に掛けてあった礼服に着替え、ネクタイを結び、うがいをしてから再度ドアを開けた。


「お待たせしました。あ、よければ上がりますか?」


「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、ここで大丈夫です。私、こういったものをお配りしているんですが、どうでしょうか?」

 女性は地面に置かれた紙袋から一冊の冊子を取り出し、俺に差し出した。


 その表紙には「週刊メシア特別号 読めば読むほど救われる! 今なら免罪符応募者全員サービス!!」の文字がおどっていた。


 このパターンかぁ。


 俺はアイツとソイツが急速にしぼんでいくのを感じた。



「歴史ある新興宗教団体なんですが、ご興味ありませんか?」


「いやーそうですねぇ。宗教はちょっと」


「新興宗教と言っても全然怪しくないんですよ。とても健全で、この業界で数少ない、カルトとか洗脳とかマインドコントロールとか人格矯正とかそういった定番の手法を廃して活動している団体なんです!」


「そうなんですか」


「そうなんです。失礼ですが透さん、あなた何か宗派をお持ちで?」


「いえ、特に持ってはいませんね」


「まぁ! それはいけません! この乱世に宗派の一つも持っていないのは全裸で魔王討伐に行くくらい無謀なことです。敗北必至です。あなたは何をやっているんですか? 現世にはセーブもロードも無いんですよ? 正気ですか?」


「す、すみません。でも、宗教はほんとに大丈夫なんで」


「はい。出ましたね。『大丈夫』という人に限って大丈夫ではないんです。私はその言葉を吐いて苦しい結果になった人をたくさん知っています。透さん、自己認識がゆがんでいますよ」


「すみません。あ、ちょっとお腹痛くなってきたのでまた今度でもいいですか?」


「それは大変! ぜひ万病が治るかもしれないこの水を、飲んで腹痛が治ったらこの水のおかげであるこの水お飲みください。この水はすごいんですよ。特に料金が!! 今回は後払いで結構ですので!!」


「気のせいでした。腸内環境は現実社会よりも整ってました。水の話はやめて宗教の話続けてください」


「いいですか。私達はあなたからアレをせしめようとか搾り取ろうとか搾取しようとか、そんな考えを持って接しているのではありません。むしろ反対、救い、与え、導こう、と、こういった高尚な精神の元で迷える雑子羊を導こうとしてやってるのです」


「・・・・・」


「感動で声も出ないというわけですね。やはりあなたには素質があるようです。さぁ、今すぐこんな住んでるだけで運気が激減しそうな部屋と決別し、我らの寮へと華麗なる転身をしましょう!」

 女性が俺へ手を伸ばす。日傘がはらりと舞い落ちる。


 俺はその手を握り、一言。


「救いって、何ですか?」


「はい?」


「あなたの、あなた達の言う救いってなんですか。あなた達を信じれば、信仰神にすがればを俺を救ってくれるんですか? 信じていいんですか? 無職、二十八歳、スキル無し資格なし、瘦せ型。この現実からどうやって俺を救ってくれるってんだよちくしょうおおおおおお!」俺は彼女の手を投げる様に離した。


「大体、俺より悪い奴は、ろくでなしはこの世にごまんといるだろうが!! なんで俺なんだよ!! あの不正野郎じゃなくくて、真面目に目立たず退屈に生きていた俺が馬鹿を見なくちゃいけないんだよ!! どうして神様はこんな世界を看過かんかしてるんだよ!! 教えてくれよ!! どうして俺が、俺が、こんな」


 頬を熱が伝っていく。八つ当たりだと分かっているが、見ず知らずの人にしか言えない言葉もあるのだ。

 俺は彼女を睨む。彼女にとりいている神をにらむ。

 さぁ、震えながら立ち去れ。怯えた表情を残して消えちまえ。


 濡れた視界にまだ彼女は居る。

 にじんだ白が一歩こちらに近づき、次いで頬に細い感触があった。


 彼女が、指先で涙を拭ってくれていた。


「心の叫びを聞かせてくれてありがとうございます。今までよく我慢してきましたね。辛かったですね。でも、もう大丈夫ですよ」

 そして、背中に腕を回される。これは抱きしめられているのか。


「あなたの言う通り、この世には辛いことがあふれています。でも、あなただけの辛いこと、というのはほとんどありません。同じ思いをしている人がたくさんいます。ですから、一人で抱え込まず誰かを頼って、誰かと手を取り合ってください。その相手は人間でも神様でも構いません。一人じゃない、というが大事なのです」

 彼女の声が左の耳元で聞こえる。


「抜け出せますか? 俺、この状況から、普通に、戻れますか?」


「もちろん。そのために私達は居るんですから」

 涙が溢れ、嗚咽おえつが漏れた。

 背中を優しくさすられる。

 なんで、なんでこんなに温かいんだ。


「それでは、神のご加護があらんことを」

 頭をぽんと一度優しく叩き、ぬくもりは消え去ってしまった。


 俺はそのまま泣き続け、いつの間にか眠ってしまっていた。

 目覚めた時にはすでに日が落ちており、体には一枚のタオルケットが乗せられていた。

 匂いを嗅いでそれが彩のモノだと分かった。


 □


「って、ことが一昨日あったんだよ!!」


「昼下がりに訪れた白色のヴィーナス、ですか!! これは不思議ですね!! 謎めいてますね!!」

 日没後、蒼の部屋。俺は先日体験した白昼女神ヒルナンデスとの不思議なひと時について蒼に語っていた。如何いかにも蒼が好きそうな話だったし、女神がおっしゃっていた「同じ悩みを持つ人」について考えた時、蒼の顔が浮かんだことも影響している。


「で、透さんはその宗教に入信するんすか?」


「いや、それはないな。そもそも彼女が何て宗教団体の所属かわかんねーし」


「おぉ、つまり、フリーってことっすね!?」

 蒼の目がらんらんと輝く。


「そ、そうだが、どうした急に」


「で・し・た・ら! 我がヴぉ教に入信しませんか! 今ならあの祭壇さいだんも付けますよ!!」

 蒼が指さした先には、ショッキングピンクまみれの部屋で唯一茶色を誇っている四角い箱があった。前から気にはなっていたが、あれ祭壇だったのか。


「蒼、お前、働いても働いても金ないのって・・・」


「お布施は当然!!」


「でも、不思議には興味あるけど、あくまで現実主義とかなんとか・・・」


「神はいますから現実なんです!! 」


「俺たちは死んだらどうなるんだ?」


「救われます!!」

 そう言って胸を張る蒼に、俺は苦笑いを浮かべるだけだった。


「ヴぉ教に入れば問答無用で死地直送で四十九日を待たずして救われます!! だから、どうですか? というか、入信しましょう!!」



 神は分からない。

 でも、少なくとも女神はいた。



 もし、次出会えたら、パンフレットくらいは貰おうかな。




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