10_小鳥の数を数えろ




「蒼さん、美味しい煎餅せんべいをありがとう。では麦茶頂きます」


「ちょっと待ってください」

 蒼が俺にてのひらを見せ、ストップをかけた。

 俺はしばらく悩んだあと


「ころっ」

「それやめろ」初めて聞くマジのトーンだった。

「はい」

 


「で、続きなんですけど、透さんはどう思います? 最近よく見る物騒な夢と最近のニュース、関係あると思いますか?」


「そうだな。あの夢でも現実で騒がれてるみたいに月が接近していたし、何らかの関係はあるかもしれんな。新宿のおばさまによると、俺の前世はエリンギだからあの夢は前世の記憶とかでもないし」


 新宿のおばさまとは新宿に居を構える占い屋さんだ。社会に追い詰められた時、気の迷いで占ってもらった。五千円払って得たのは、俺の前世がエリンギである事と「明けない夜は無い」という金言だった。いつ、何をすれば夜明けが来るのかは「そういうのは自分で見つけるものです。なんでもかんでも人に頼るんじゃありません」と教えてもらえなかった。五千円あれば色んな物が買えた。


「ですよねですよねそうですよね! やっぱり関係ありますよね!! 私もそうだと思ったんだよなぁ!! これは調べないと! あ、引き留めちゃってすみません。麦茶どうぞ飲んでください! 麦茶も一杯目は無料タダですので!」


 蒼の奴、急にテンションMAXになって。

 やっぱり二十一歳フリーターの生態はよくわかんねーや。


「では、ありがたくいただきます」

 

 コップを持ち、麦茶を一気に傾ける。

 それを一気に噴き出す。


「きゃあっ!!」


 うっっっっっす

 なにこれうっっっっっす。


 牛乳を飲んだ後のコップに水を注いだものを「はい、牛乳」と、何食わぬ顔で出され、まんまと飲んでしまった時と同じ衝撃。やっぱり無料より怖いものはない。



「んもー何するんすかぁ。びしょびしょっすよ」


「ご、ごめん。あまりのディープインパクトに体が反射的に」

 コップ一杯分の噴水を受け、蒼は頭からバケツの水を被ったようにびしょびしょになっていた。


「うーー。これは着替えなければ」

 蒼は隣にあったピンクのタンスを開け、服を着替えだした。

 まず、上着が脱がれ、きれいな背中があらわになり、次いでジーパンが下ろされる。


 俺はその光景をかたずを飲んで見守っていた。



「しかし、まさか自分がこうも立て続けに不思議現象の当事者になるなんて。思ってもみなかったっす」ピンクの下着姿の蒼がつぶやく。


「立て続けって、夢以外にも何かあったのか?」


「はい。実は数か月に起きた女の子消失現象にも巻き込まれちゃって。いやー朝起きた時は驚きました」

 女の子消失現象? 聞いたことある様な聞いたことないような。月が五年後に落ちてくるというニュースは覚えているが。如何せん職を失ってから自分の事で精一杯で世間にまで気が回らない。 


「女の子消失現象って、蒼は今でもしっかり女の子じゃないか? それに町の中にもこれまでと同じで普通に女の子いたぞ?」


「服の上からだと以前となんら変わらないんすけど、一枚脱げば、この通り」


 そういって蒼が振り向く。まず、俺の視線は爆裂な胸に吸い込まれ、勢いそのままに鼠径そけい部へ滑降し、お楽しみパンツへと落下して



 なんだこれ。



 不毛地帯の平地に着地しようと思ったら、ごつごつの岩山があったでござる。



「蒼、お前、実は男だったのか・・・?」


「違うっすよ! これが今言ってた『女の子消失現象』の影響っす!」

 蒼が俺と正対する。俺の視線は上の膨らみではなく、下のもっこりに吸い寄せられていた。


「数か月前、朝起きたら、塞がって、代わりにこれが生えてました」


「塞がってこれが生えてたのか・・・そっか」


 朝起きたら、穴にふたされ、こう成りました、と。

 蓋された成り。

 蓋成。


「納得できるかっっ!!」

 俺はテーブルをひっくり返す。



 朝女ならぬ、朝男。

 一体だれが、誰が得するんだこんな現象。



「ですよねですよね納得できませんよね! 不思議っすよね!」

 着替えを済ませた蒼が俺に迫る。


「あぁ! 不思議だとも!」俺は薄い胸を張って答えた。


「じゃあまた夢の話とか、女の子消失現象とかの不可思議な現象について話聞いてもらってもいいっすか!?」


「あぁ、ええで! なんならこれからでもええで!」


「あっ、今日はこれからバイトが・・・」


「いってらっしゃい! 働いていてえらい!」




 二十一歳、フリーターを二十八歳、無職が見送る。


 そんな午前十時だった。






「おじさん。今日もいい天気だね」


「だな」


「さっき小鳥が鳴いてたよ」


「そっか」



 今日も俺はやるべき事はあってもやりたい事が無いので彩の子守りをしている。

 霧景大むけいだい宅で二人でテーブルを囲んで、ぼんやりとお昼の晴れ空を眺めている。



「もう宿題は終ってるのか?」


「うん。終わった」


「そっか。次の登校日はいつだ?」


「来週。そうだ。おじさんも一緒に来ない?」


「お、授業参観ってわけか。いいぞ。用事がなかったら行くか」


「なら参加確定だね!」

 わーい、と彩が万歳をする。

 俺は、既にお腹が痛くなってきた。


       □


 毎日顔を突き合わせているのだから、当然、会話のネタも底をついている。部屋に沈黙が広がる。しかし、もう慣れっこだ。俺達はもう沈黙であたふたする様なやわな関係ではない。


 言葉はいらない。深いところで通じ合っている。

 バディってやつだ。

 だから、最近、気になって仕方なかったことだって聞ける。


「なぁ、彩」


「なぁに?」


「お前も、塞がって、生えてるのか?」

「しねくず」



「はい」


「しね。まじでしね」


「はい。すみません」



 こういう時タバコがあれば格好が付くのにな――。


 何月かの空を見上げながら、俺はため息を吐いた。








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