8_結局これ






 寝坊した。ものごっつ寝坊した。

 だが、社会人でも会社人でもないので大きな損害はない。

 ただ、会社に遅刻するより、プライベートの約束に遅れる方がカルマの上昇値が高いと思う。


 Tシャツ、Gパンという文化的生物の最低ラインの服装に着替え、小走りで霧景大むけいだい邸へ。



「彩、すまん。シコリティ高い夢の中で愛河あいかわ奈都姫なつきとパンケーキライス食べてたら遅れた、って」



 謝罪しながら居間へ入ると、三人の女子がテレビの前に座っていた。


 一人はピンクのロングヘアーが眩しい彩、もう一人は金髪ツインテール&トラ柄のノースリーブにホットパンツの生き児童ポルノ、最後の一人はクリーム色のゆるふあヘアーにセーラー服を着た若妻。彩以外の二人は振り返り俺を見ている。



 これはあれか。コスプレ狂の近所の若妻が情操教育に失敗した娘を連れて遊びに来ている図か。



 ひとまず挨拶だな。



「えー、あの、コンチワッス。隣に住んでる、色無いろなしと申します。同い年くらいの女性が好きです」

 俺は床に座り、軽く頭を下げる。見知らぬ成人女性との出会いに、若干ひるんでいた。


「まぁまぁ。ご丁寧にありがとうございます。私は出茅根でちねあそびと申します。そしてこの


劇至高げきしこうみゆきちゃんでーす! おにーさんよろよろ~!」

 金髪娘がウィンクした左目をピースサインで挟む。俺はイラっとしながらムラっとしていた。



「みゆきちゃん。おじさんは二十八歳の無職だからおにーさんでは無いよ」


「彩、お前、現在時刻を伝えるように人の素性を明かすんじゃない」


「えー何、おにーさん無職なのーwww ウケるんですけどーwww」

 みゆきがニートっニートっと頬をつついてくる。俺は再度、イラっとしながらムラっとしていた。



「彩ちゃん、この方がいつも仰っている、よく遊ぶおじさん、で合っていますか?」

 遊が彩に尋ねる。


「うん、そうだよ! 毎日遊んでもらってるんだあって死んだ! くそがっ」


「やっぱりそうでしたか。彩ちゃんから、愉快で気の置けない人だと聞いております」


「いやいやそんな。ただの気のいいお隣さんですよ」

 彩の奴、俺のことを友達にそんな風に。一部ひっかかる言葉もあるが、印象良く語ってくれていたのは素直に嬉しい。



「ねぇおにーさん、さっき言ってたシコリティって何? あーし馬鹿だからわかんない―」

 にやにやしながらみゆきが聞いてくる。


「ねぇ、教えてよー」


コイツ、いい加減に――――。


 すると、みゆきはねだりながら俺の膝の上に座り、背中を逸らしながら俺の首に腕を巻きつけ追及してきた。大きな丸い目に視線をロックされる。



 コイツ、このよわいにして、九十人は斬っていると見た。

 

 出来れば俺を九十一人目にして欲しい。


 俺は再びイラっとしながらムラっとしていた。



「こらっ、みゆきちゃん、おじさんを困らせちゃいけませんよー」


「すみません。自分を客観視出来ない痛いコスプレばばぁは少し黙っていてください」


「あら~」

 遊びの横やりを少々強引にへし折る。とげのある言葉、それには訳があった。それは、みゆきが先ほどから俺の太ももに尻を擦りつけているからだ。


 成人と中学生による、乳臭さと加齢臭による禁じられたふれあい。俺は太ももに意識を集中させると同時に、奮起はしないよう心掛けた。豚箱で臭い飯だけは勘弁だった。



「ねぇ、おにーさん、シコリティ高いってどーゆー意味ー?」

 みゆきはまだ腰を動かし続ける。彼女とポールダンサーの姿が重なる。イラムラっ。



「そうだな。シコリティ高いって言うのはね」


「言うのはー?」


 俺は深く呼吸をして


「おまえみたいなメスガキのことじゃあああああああ!!」

「きゃああああああ!!」


 辛抱たまらんくなり、動物的にみゆきに抱き着き、押し倒し、両腕を押さえつけ、舌なめずりをした。それから、みゆきの茫然ぼうぜんとした表情に興奮がしずまり、豚箱が脳裏をよぎり、冷や汗が流れ、ふと横を見ると遊がスマホを構えており、俺は死の冷たさを感じつつみゆきの両脇の下に手を入れ立ち上がり



「たかいたかーい! たかいたかーい! she qualityが高い、省略してシコリティが高いっ! つまり、いい女! みゆきちゃんはいい女! 幼いけど既にいい女っ! だから~たかいたかーい!」

 アホだと思った。こんなことで窮地きゅうちを脱出できるならこの世に夜逃げする家族は存在しないはずだ。


 しかし、いくら滑稽こっけいでも、俺は踊り続けるしかなかった。

 全ては減刑と情状酌量じょうじょうしゃくりょうの為だった。



 五回目のたかいたかーいでみゆきの顔に表情が戻った。

 そして七回目のたかいたかーいでその小さな口が開き、



「なーんだ、あーしを褒めてたのかー! まぁあーしはいい女だから、初対面で褒めたくなっちゃうのも当然だよねー! てっきりエロい意味かと思った!」


「まーさか! 幼女の前で下ネタかます一般人なんておらんがながははははは」

 なんとか。

 なんとか逆転サヨナラホームラン、お釣りなし。


 今度から困ったときには土下座じゃなくて、たかいたかーい、してみよう。



「だよねー。でも、おにーさん。あーし、今年で十八だよ? ロリロリポップじゃないよ?」


「そうだったのかー」


 俺はゆっくりとみゆきを下ろす。


 そして、パシン、と頬を張る。


「いままでの、たかいたかーいを返せっ!!」


 パシンと、手の甲でもう一発。


 パシャと、遊がスマホで証拠写真を撮る。


 スマホを奪い、トイレに流す。





 大人を、大人をあんまり舐めるなよ。



 □



「では、つまらないものですが」

 俺は水道水を汲んだコップをテーブルに置く。


「ありがとうございます。いただきます」

 遊がお茶を飲むようにコップを手で包み、傾ける。

 俺も一口。



 ふぅー。

 心が落ち着きますなぁ。



「しかしあれですな。元気でロリな娘さんですね。あれで十八歳は中東なら監獄行きですよ」


「でも、みゆきちゃんは元気でとても可愛いんですよ」


「確かに男の人生を狂わせる程度のルックスと性格とテクニックをお持ちだ。ただ、あの年頃は色々難しくて大変じゃないですか? お二人は苗字も違うし、顔も全然似てないし、ただの親子ではないのでしょう? きっと日常生活を送るだけでも苦労が絶えないでしょう? よければ日頃の疲れを癒すため、私が穴ほぐしでもひとつしましょうか? させてください」

 血のつながった親子でも子育ては苦労が尽きない。特殊な環境下ならなおさらだろう。


 遊はきょとんとした表情をしたのち、クスッと笑った。

「お気遣いいただきありがとうございます。でも、その心配はありません。そもそも、私とみゆきちゃんは親子じゃありませんよ」


 

俺は飲みかけたコップをテーブルに戻した。


「え、そうなんですか!? じゃあ、どういう関係で?」


「私たちはみんな同じM高校の学生です。私は十七歳で、みゆきちゃんは十八歳とみんな学年がバラバラですが、一番の友達です」

 にっこりと遊は微笑む。


 そうだったのか。彩もしっかり社交経験を積んでいたんだな。


 みゆきとゲームに興じている彩の背中を見つめる。

 ロリでパジャマな背中が昨日より大きく見えた。



「彩はいい友達を持ったんですね」


「友達だけじゃなくて、素敵なお隣さんとも出会えたみたいですよ」


「遊さん・・・」

 その優しいまなざしに俺はママの慈愛を感じた。

 両腕を開いて、おいでーと誘われている気がした。


 生き疲れた大きな赤ん坊は、ママの腕に包まれ、泣きだした。



「ママァ・・・お耳ほりほりして?」


「あらあら、困ったさんですね~」

 そういいながら、ママはお膝をぽんぽんして、おいでおいでしてくれました。

 だから、ぼくはよろこんでママのおひざにゴロンとしました。

 ままのなまあしひざまくらはとてもあたたかくむちむちでした。



 ぼくはぼくがみみほりがだいすきなんだなぁとおもいました。



 へんないちにちでした。






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