耳なし芳一を書こうとしていたら
玄栖佳純
第1話 ちょっと席を外しただけだった
昔々、
芳一は身寄りもなく、無垢でとても愛らしかったので、将来を心配をした
和尚は芳一を目が見えなくてもなれる琵琶法師にしようとした。琵琶法師は琵琶という楽器を弾き、仏の教えを伝えたり、平曲という源氏と平家の戦いの様子を語ったりした。それに対してお礼を渡すというものだった。上手ければ多くの人に喜ばれてたくさんお礼がもらえたし、下手ならもらえなかった。
阿弥陀寺には源平合戦で亡くなった安徳天皇や平家の墓があったので、平曲を奏でる琵琶法師はおあつらえ向きだった。
しかし、芳一は上手に奏でられなかった。年の割に琵琶を弾くことはできたが、それを聴いた人が心揺さぶられるようになることはなかった。
***
ある夏の夜のことだった。
和尚が法事に行くことになった。
「和尚さま、行ってらっしゃい」
声変わりもしていない高い声。芳一は出かける和尚を戸口まで送り、笑顔で言った。心が温まるかわいらしい笑顔だった。
「留守を頼むよ」
和尚もつられて笑顔で言う。芳一にその顔は見えなかったが、和尚の声が優しかったのでほっとした。けれど、檀家の親しかった者が亡くなったので声に覇気がない。
和尚が遠ざかっていく足音を聞き、
(和尚さまがお留守のうちに練習して、上手になった琵琶を聞かせて元気になってもらおう)と芳一は平曲の練習をすることにした。
芳一は寺の中なら自由に動くことができた。戸締りをして、自室に向かい、琵琶を弾こうとしたが、あまりにも暑い夜だったので、庭が見える縁側で風に吹かれながら琵琶の練習をはじめた。
ン 盲なので光が要らない。明かりのない暗い部屋。それでも風は感じられたので、そよそよと吹く風に涼みながら、きちんと正座をして平曲を奏でていた。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
芳一は平家物語のはじめの部分を歌う。
耳で聴いた通りの音は出すことができた。平家物語の詞もなんとか覚えて語ることができるようになった。和尚さんは「上手だね」と言ってくれる。芳一の歳でそれができるのはすごいことだった。
けれど芳一は、それではいけないような気がした。
(ボクの今の歳ならギリそれでいいけど、もっと歳を取ったらsssssssssssいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいXTZJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJJjjjjjjjfgtr
(きっと、これで稼いでいくには、もっともっと上手にならなければ。和尚さまはボクを可愛がってくれているからどんな感じでも『上手だね』って言ってくれると思うけど、これで稼いでいくには『上手』ではダメだよね。『すっごい上手』じゃないと)
芳一は常日頃からそう思って練習していた。
(今日は和尚さまを喜ばせればいいだけだから、こんな感じかな?)
以前よりもなめらかに歌えるような気がした。
(でも、前に聴いたすごい琵琶法師の平曲って、もっとなんかすごかったんだよね)
その琵琶法師はいっぱいお礼をいただいていた。そのレベルになるには、どうしたらいいのか芳一にはわからなかった。
(ボクの平曲があれと全然違うことはわかるけど……)
とりあえず、正確に一音一音を出すくらいしかわからなかった。
(和尚さま、まだ帰って来ないのかな?)
いつもならとっくに戻ってもいい頃だったけれど、和尚は帰って来なかった。
(きっと、檀家さんとのお話が尽きないんだろう)
和尚と亡くなった檀家は親しかった。それを知っていた芳一は和尚の帰りが遅くなるのも仕方がないと思った。
(練習、飽きたかも……)
和尚が帰ってくるまでと思っていたら、真夜中も過ぎていた。
(繰り返し練習するしかないんだろうけど、誰か教えてくれる人はいないんだろうか)
芳一はそんなことを思いながら手を止めた。
(あれ?)
それまでは気づかなかったが、近くに何かの気配がした。
戸口まで見送りに来ていた芳一に和尚は言った
お供はできないけれど、せめてこれだけはと芳一は和尚を見送ることにしていた。
「ぐすん……」
芳一の鼻水をすする音がする。和尚さんは遠くの檀家に行き、その日は泊まりだった。いつもなら芳一も行くのだが、危険を察知した和尚は芳一を置いて行った。
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