カエルの子はカエルとはいうけど、例外もありましてよ。
「税が重くなった」とぼやいていたのは誰だったか。
残飯漁りをしていた私の耳に飛び込んできた話題に「やっぱりね」と納得した。
ちょっと前にも軍備費がどうのと言って税金が上がって、庶民の生活が圧迫されたのに、また増税。
そもそも軍備費ってなんだ。どっかの国と戦争でもしたのか。どこかといがみ合ってるとかそんな話聞いたことないぞ。どうせそんなの建前で、庶民から搾り取った税金使って豪遊してんだろう。
今回税金が上がったのは例の炊き出しのせいだろう。いつかそうなると思っていたが案の定である。
スラムで炊き出しが行われていたのは2、3ヶ月程度だ。おそらく令嬢キャロラインにとってはイメージアップのために行ったことで、貧しい人のためではなかったのだ。
令嬢が来たのははじめの数回だけで、あとは使用人ぽい人やボランティアっぽい人が炊き出しをしてくれた感じだった。それでも飢えにあえいでる人はキャロラインに感謝しているっぽかったけど、貧困の根本的な原因が重い税だからなぁ。それに相まってスラムの住民が従事する仕事の過酷さと賃金の低さも原因だから…
やらない偽善よりやる偽善とはいったものの、伯爵一家の悪政が人々が貧しくなっている原因だから、私は令嬢の行動を支持しようとは思えない。
「…リゼットは、この領の伯爵一家についてどう思う」
残飯漁り中もずっと無言だったヴィックが、スラムの敷地内に入った途端口を開いた。
唐突に問われた私は眉をひょこっと上に動かした。どう思うと言われても…多分私の言動の端々からあまり良く思っていないことは伝わってるんじゃないかなと思っていたよ。
「どう思う、と言われたら…よく思ってないね。前の領主様はまともな政策していたのに、亡くなって代替わりした途端これだもん」
親が人格者でも、子どもがそうとは限らない。まさにその典型である。
「私達だって前の領主様のときは今よりもっとマシな生活してたんだよ?」
少なくとも残飯漁りなんかしなくてもなんとか食べていけたレベルだった。今みたいに物価と賃金と税金のバランスが崩れることもなかった。今は物価と税金は上がり、賃金が下がる…カツカツどころじゃない生活を強いられている。家族を養うために別の土地へ出稼ぎに行く家庭もあるみたいだけど、結局税金で大幅に削られる。
去年は大規模な天候不良を起こした。そのせいで主食であるパンの原材料が高騰していて、全体的に食費が家計を圧迫している。
庶民は苦境を訴えているが、領主である伯爵一家は税を緩めることもない。集めた税金を民のために使う気なんて毛頭ないのだ。
マジでいつの日かリアルなレ・ミゼラブルになるんじゃないかなぁと他人事のように思ってる。…とは言っても私は自分の身が可愛いので、エポニーヌみたいに好きな男を庇って死んだりしないけども。
歩き慣れたスラムをヴィックと歩いていると、道端で酒瓶を直で呷っているおじさんがいた。一人で管を巻いており、皆遠巻きにして見ている。
「ほら、あそこにいる人。前まで中流階級だったけど転落してスラムに流れてきたんだ。家族に逃げられて、スラムにおちた辛さを忘れるために酒浸りになってるみたい」
中流階級の人はスラムを偏見の目で見て、勝手に恐怖心を抱いているけど、多くのスラムの住民たちは自分たちに危害を加えられなきゃ何もしない。
確かにカツアゲやスリする輩も中にはいるけど、そういう外道な行いを嫌う昔ながらのマフィアみたいな存在がシバいてくれる。彼らが犯罪行為を厳しく取り締まってるからその御蔭で一定の治安が守られている感じである。
正直、領地の警備兵…いわゆる警察のような組織は機能していない。汚職まみれでお金に汚れた組織は名前だけのハリボテ集団。そんなのに頼っていたら駄目だってことで、マフィアがスラムの治安を取り仕切っているのだ。
前世のイメージである怖いマフィアとはその辺少し異なるかも。言うなれば世界大戦後の荒廃した日本国を守るために自警団として立ち上がった当時のヤクザみたいなものだろうか。
私がカエルを焼かせてもらってる焚き火の集会場にいるのもそのマフィアのおっちゃんたちだ。スラムはスラムでも、住民の中でコミュニティが生まれて自分たちで少しでもよりよい生活にしようとしているのだ。
「表の通りには夜になると流しの街娼が立つんだ。その人達も訳あり。…前はそんなんじゃなかったのに」
──以前通りの生活を維持するために、奥さんや娘が春をひさぐの。
そう言うと、ヴィックはしょっぱそうに眉をひそめていた。彼には少々刺激の強い話だっただろうか。
でも女性に出来る高収入な仕事はそれしかない。彼女たちも仕方なくしているんだ。軽蔑してくれるな。
「ここの領主の娘が少し前に炊き出しに来たけど、私らに対する侮蔑の目は隠せていなかった。キレイなドレス着て…喧嘩売りに来てるのかって思ったよ」
思い出すと腹が立ってくるな。
庶民からもぎ取った税金でいい暮らししてるくせに、偉そうにお高く止まって……
「どうせ点数稼ぎにでも来たんでしょ、この国の王子に気に入られるために。──有名だよ、いろんな男に色目使ってるって」
あの女は婚約者が居るくせに、あちこちで男をたらしこんでるって噂が流れ込んでくる。現在王都の学校に通っているそうだが、そこでも数々の貴公子と浮名を流し、その上義理の兄ともただならぬ関係とか。
貞操観念どこいったって感じだよ。そんな話聞いていたら、生活のために働く街娼の女性らのほうがしっかりしてるわって思っちゃうよね。
「あんなのが貴族ならいないほうがマシだよ。なんのために居るの? 私達庶民を苦しめるために存在するの? 守ってくれない貴族様なんて害悪なだけだよ」
私がヘッと鼻を鳴らすと、なぜかヴィックは申し訳無さそうな顔をしていた。別に彼を責め立てているわけじゃないのにどうしたのだろうか。
「そういえば…珍しい宝石つけていたな。貴族って何でも手に入るんだね」
ドレスには不釣り合いだったあの宝石。
あれはキャロラインのような頭お花畑な軽薄女が付けていい代物じゃない。私でもわかる。
「元の色は黒系なのに光に当たると青、緑、黄色と、チカチカ鮮やかな虹色に光ってて…角度によってはオレンジや赤色に見える不思議な宝石だった。いっぱいついててね、私でも高価そうだってわかったよ。ダイヤとかとは全く違うの」
落ち着いた大人の女性がつけるような上品なデザインだった。新品というわけでなく、代々受け継いだような時代を感じるネックレスで、ドレスを落ち着いた色合いにしたらとても際立つだろうなって感じの…
「ブラックオパール」
「え?」
ぼそりとつぶやかれた単語に私は首をくりっと横に向けた。
隣を歩いていたはずのヴィックは足を止めて俯いていた。彼は拳をぎりりと握りしめ、力が込められたその手は真っ白に変わっていた。
「多分それは我が国で採れる希少な宝石だ」
今の説明で宝石の種類がわかるの?
すごいね。お坊ちゃんだろうなと思っていたけど、本当にお坊ちゃんだったのか……ていうかヴィックはどこの国から来たのよ。その言い分だとこの国の出身ではないってことだよね。
「…どんな形の宝石だったか覚えているか?」
「えぇ?」
形…そんなこと聞かれてもだいぶ前にさっと見た程度の記憶だからなぁ…ただ宝石がすごかったという印象で…
私はその場にしゃがむと、人差し指で地面に描いてみせる。大まかな形しか覚えていないからその辺文句言わないでほしいが…
「いっぱい、宝石がついてて、こう、縦に連なってるネックレスだった。少なくともあの女には似合ってなかったよ」
絵心皆無な落書きをお披露目する。幼稚園児でももう少しまともな絵を描くんじゃなかろうか。自分で自分の絵が恥ずかしい。
私の絵を見たヴィックは目を見開いて固まっていた。
おい、何だその反応。私の絵に感銘を受けたのか。
彼の顔面から血の気が引いていく。身体が小刻みに震え、彼は震える唇で小さくつぶやいた。
その声は油断したら聞き逃していただろう声量。
私の耳には、彼が「ははうえ」とつぶやいたように聞こえた。
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