マスターピース

転生新語

プロローグ、という程のものでもありません

 ヴィンセント・ファン・ゴッホ。フィンセントの方が実際の発音に近いのかな? とにかく、それが私の敬愛する画家。そんな私は、無名な高校三年生。名乗るほどの女子ではありません。


 私が高校から絵をき始めたのは、ゴッホにあこがれたから。ゴッホの絵が素晴らしいと思ったし、彼の伝記もネットで見て。その生涯しょうがいいたく同情したというのも、私がゴッホしになった理由である。


 中学では陸上部だったけれど、私の胸が大きくなってしまって、走るのが苦痛になったので運動系の部活はめた。挫折ざせつした私は高校で文化系の部活に入ろうと思って、候補こうほ選びになやんでいた時期に、ゴッホの絵が好きになって。それで美術部への入部を決めたのだった。




 まああこがれたからと言っても、それと才能の話は別で。絵を描く事はきらいじゃなかったけど、私に大した絵画かいがの才能はさそうだなぁというのは、自分で分かった。少なくとも美大に行けるような、いわゆる『神様から選ばれた人間』の側には、私ははいれませんでした。


 中学での陸上部の挫折に続き、高校の美術部でも挫折感を私は味わった。ちなみに私が描いているのは油絵で、絵具えのぐは部員が自分でお金を出して買っている。油絵の絵具は値段が高くて、親からは嫌な顔をされたものだ。運動部の部費に比べれば、美術部の方が安上やすあがりなのだが。


「絵なんか描いても、それで大学には行けないでしょう? スポーツ推薦すいせんがある陸上部なら、ともかく」


 そんな事を親から言われて、反抗期の私は家の中で無口むくちになった。私は勉強の方も不向きで、もっとも才能があった陸上部を辞めてしまって、状況は八方はっぽうふさがりに思えた。


 ところで私の学校の美術部というのは幽霊ゆうれい部員ぶいんが多くて、これは規律きりつゆるいので、部活に出なくても特に問題は無いのだ。私も部活をさぼりがちだったけど、それでも相対的に見れば、出席率は高めの方だった。そんな中、私の同級生であり美術部員の水野みずのさんは、私とは違って部活に出ていて『神様に選ばれた人間』の方に入っていた。




 水野さんとは高校で、一度も同じクラスになった事が無い。私が水野さんに出会うのは、いつも美術部の部室だった。浅黒あさぐろい肌の私と違って、水野さんの肌は白い。何というか、絵画的かいがてきな美しさがあった。体は細くて、無駄に胸が大きい私と違ってまっていた。


『水野さんの親戚しんせきって、画家なんですって』という噂話うわさばなしを私は美術部員から聞いた。なるほど、水野さんが描く水彩画は素晴すばらしくて、私の学校で彼女ほど絵が上手うまい生徒など存在しない。


 水野さんは小さい頃から絵を描いていて、部室では水彩画しか描かなかった。油絵はひととおり習得したので、今は水彩画に専念しているという事らしい。そういう話を私は、後から聞いた。


 私が美術部に行くと、そこには必ず水野さんが居た。まるで私を待ってくれているかのようで、勿論もちろんそんな訳は無くて、水野さんが真面目まじめに部活に出ていたという事である。絵の才能が無い私は、美術部を辞める事を一度ならず考えていて、それでも部活を続けたのは水野さんの存在が大きかった。彼女の絵を近くで見たいと私は思って、そして彼女の事も、近くで見続けていたく私は思うようになった。

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