逆光の樹影、ガラスのリノウ

@chauchau

特権と責務


「こんにちは、或いは初めまして」


 少女がその言葉に驚いたのは、彼が起きていたからでも、声に孕んだ彼の優しさに気付いたからでもなく、ただ覚えられていた事実のせいだった。

 生まれた感情を彼に見せるのが悔しくて、必死になって少女はごくんと呑み込んだ。


「後者が正解」


「似ている」


「よく言われる」


 生き写しだと言われ続けた。

 初めて訪れた場所で、初めて出会う人達に。何度も言われ続けた言葉。少女にとって嬉しいようでそうでもない。対応に困る、そんな言葉。


「何年かな」


「十八年」


「本当に?」


「貴方が優秀だったせいよ」


 二十年は保たれる。

 その約束に異変が生じていると耳にしたときには少女は頭を抱えたが、やるべきことは変わらない。準備不足だと嘆くことすら許してはもらえなかった。


「その顔に褒められると、むず痒くなる」


「私のせいにしないで」


「確かに。生まれも、生まれ持ったものも選べるものではないか」


「得はしているけど」


「だろうね。見目が良ければ得をするのはたった十八年程度じゃ変わらないか」


 十八年。

 勇者が魔王を討伐してから過ぎ去った時間の長さ。


「死んだかい」


「そっちはね。こっちは六年前から行方不明」


「お互いややこしい事情だけが残された……か」


 すべての魔物を討伐できたわけではなかった。

 封印するしかなかった魔物もいた。たとえば、いま、少女の目の前に居る存在のように。


「私」


「うん?」


「国の援助で研究をしている身だから」


「ああ」


 少女の言葉に。

 言い訳に。

 彼は笑う。それはとても朗らかに。


「そちらの世界はあまり変わっていないようで安心したよ」


「初めまして」


「そして、さようなら」


 飛び散る血飛沫が、少女を覆い隠す。

 物言わぬ亡骸に背を向けて、深い森の道なき道を戻り始めた。

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