16:後輩の誕生日を祝う話
17時25分。そろそろだ。おそらく、この時計の針が重なる時にウチは愛しのあの人に会えるだろう。かっこよくて、どこまでも優しくて、イケヴォな、元気をくれる憧れの人…!
母「
新「へっ!?そ、そんなこと…」
父「……」
母「だから貴方?顔。」
お父さんの表情がすごい。無言のまま席を立ち、自室へと向かっていった。
母「あの人だって彼のこと大好きなくせに…」
先輩とお父さんは数回会ったことがある。最初の方こそそれはもう警戒しまくっていたが、途中から懐柔されたようだ。
母「もはや洗脳じゃない?」
娘の心を読むのは辞めてほしい。
数秒後、父が自室から戻ってきた。
父「…」
母「財布…?ってあぁそうそう。お小遣いあげたほうがいいわね。」
母が自身のポケットから財布を取りだし、五千円札をくれた。
新「わっ、ありがと。」
母「楽しんできなさいね。」
父「…」
続けて父も財布を開き
父「…!」
一万円札の束を5つ手向けた。
母「バカなの?」
父「!?」
新「そんなには…いらない……」
そんな額を財布に入れて出歩けられるか。てかよく入ってたなその額。財布パンパンにならないのかな。シュン…となる父はとりあえず放置するとして…
新「ねぇ服おかしくないかな?」
母「似合ってるよ?」
黒いスカートに白いシャツ、そして明るい緑の薄手アウター。そしていつものネックレス…
新「質素じゃない?」
母「かといってケバくなってもねぇ…」
母(あの子なら出会い頭に褒めてくれるだろうけど。)
新「久しぶりの二人きりでのお出かけ…」
『ピロリン♪』
新「あっ!?」
スマホの着信音がなる。待ち受けには中学校のときに撮った私と先輩、そしてストーカー先…げっはんげほん…透風先輩と王子様(笑)の集合写真がある。その画面上には、先輩からの連絡通知が届いていた。
『家の前にいるぞ。』
とのことだ。
新「ねぇ!ホントにこの服でいいよね!?」
母「えぇ。母のファッションセンスを疑うの?」
新「うん!!」
とりあえず家族の前だとしても『良き鬼嫁』何てかかれたシャツは着ないでほしい。お父さんよくデレデレできるね。
新「ってそんな場合じゃない!!」
荷物をざっと確認して、鏡で身だしなみを整え、深呼吸をしてからドアノブに手を掛ける。
新「…よし。」
ガチャ、とドアを開ける。
新「お、お待たせしました…!」
そこには、カジュアル系のモノトーンファッションに身を包み、束ねられた銀髪を前に流してポーズを決めている、憧れの人が微笑みながら待っていた。
新「アオハル先輩!」
憧れにして、癒しにして、先輩にして、幼馴染み。
アオハル「全然待ってないぞ。今日も可愛いな、
新「あっ、あ、ありがとうございみゃす…!」
ヤバい噛んだめっちゃ噛んだ恥ずかしい!!
母「今晩は、アオハルくん。」
父「…」
ひょこっと顔を出す両親。微笑みながら挨拶をする母と、少し緩んだ表情で掌を向ける父。
アオハル「今晩はお父さんお母さん、お二人も本日も大変可愛いですね。」
母「あらら!口がうまいんだから~」
父「…」
母「なんで貴方の方が照れるのよ。」
先輩の言葉に対して、父が顔を赤らめながらそっぽを向いている。
アオハル「娘さんとの大事なお時間を設けていただきありがとうございます。」
母「いいのよ~!この子も楽しそうにしてたから!楽しんできてね!」
アオハル「えぇ勿論、
新「っ!?え、えへへ…」
今先輩ウチのこと
母「ところでさっきからなんでそんな喋り方なの?」
アオハル「今日の午後のラッキーアイテムが紳士的な振る舞いだったんで。」
母「ラッキーアイテムで概念来ることあるわよね。」
そのとなりで父もコクコクと頷いている。今日のウチのラッキーアイテムなんだっけ。
アオハル「じゃっ、すみませんがそろそろ行きますね。」
母「えぇ。エスコートしてあげてね!」
アオハル「はい。」
先輩は優しく明るい表情で答え、私に右手を向ける。
アオハル「手、繋ぐか?」
新「っ!」
父母「「!」」
こういうことさらっとするから…もう…ホントこの先輩は…
新「はい…!」
アオハル「ん。」
彼の手を取る。優しくて、安心する、手入れがしっかりとされた綺麗な手を握る。
アオハル「それじゃあ…あ~、ちょっとまってこれじゃあ回れないよな。」
家の方を向いたまま手を繋いだため、外側を向きたい場合は大きく回るか手を離すかなのだが…
新「…」
母「もう心配ね~」
父「…」
アオハル「締らねぇな。」
新「いえ、慣れてるので!」
苦笑いする彼にフォローをかけ…れてないな。
次は振り向いてから、もう一度彼の手を取る。優しくて、安心…ってもういいか。
新「それじゃあ、行ってきます。」
母「明日の朝には帰ってきなさいよ~」
父「っ!?」
やめてお母さん!恥ずかしいから!!
アオハル「ごめんなさい明日は弁当当番なんで。」
母「あらら。」
新「断る理由そこじゃないっスよ。」
じゃなくて。
新「それじゃ行くっスよ!」
アオハル「おう。」
他愛のない会話をして、ニッと微笑む彼は今日も優しさと自信に満ちている。
こうやって、自信を持って振る舞ってくれるこの人のこの姿勢が、ウチは大好きだ。
今ウチの手を握る貴方の、そんな背中をずっと見てきた。その度に思う。
いったい何度背中を押されたのだろう。
いったい何人背中を押されたのだろう。
きっと数えきることはできない。
母「…」
父「…」
母「
父「…」
コクリと頷く父。
母「ずっと無口だったのに。」
父「…」
母は続けて「どこかの幼馴染みさん達のお陰かしら。」と微笑む。父はまた、静かに頷いた。
他人とは距離を取ってしまいがちな人は多くいる。だが、家族だからこそ、親子だからこそ距離感を掴めないこともある。
その溝は必ずしも当人らで埋めなければならないとは限らない。時には友人や知人がデリカシーなく首を突っ込んだっていいのだろう。
父「…」
父はなにも喋らずただ、愛娘と若き好青年の背中をまた一度、思い返していた。
母「ところであの子の部屋に『先輩の
父「聞く。」
喋ったし。
新「ところで今夜はどこへ?」
アオハル「前に空野と行った新しい喫茶店。すんごい美味しいぞ。」
あんまり女子二人と出掛けるときに他の女子の名前出さない方がいいっスよ先輩。デリカシーないっスねホント。まぁ、今更っスけどね。
アオハル「好きなの頼んでいいぞ。当然オレの奢りだ。」
新「え、いや悪いっスよ!?」
アオハル「なに言ってるせっかくの超めでたい高波の誕生日だろ。とことん先輩に甘えてこい。」
目を合わせて、そんなことを言う。「オレの優しさで包み込むから」と手を優しく握りながら続ける。
新「…」
とことん甘えていいんだったら…それじゃあ…
新「それじゃあ今日は目一杯甘えるっスからね!覚悟してください先輩!」
アオハル「可愛い後輩の頼みだもんな。」
ストレートに可愛いといってくれる。軽い調子で言っているつもりかもしれないが、貴方が真っ直ぐとそういってくれる度に私は嬉しさで発狂しそうになる。
アオハル「高波?」
おっとと、心配させてしまったようだ。
新「……」
……先程から引っ掛かってしょうがない。
新「先輩。甘えていいんスね?」
アオハル「?おう。」
じゃあ今日はもうとことん…!
新「せ、先輩その……きょ、今日の終わりまででいいので…その…えっと…」
アオハル「ん~?」
新「ね、
その後、あまりの満足感や優越感によりウチは意識を保てなかったことが数回あり、所々の記憶がない。
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