幽霊彼女

砂藪

彼女は今日は足がない

 僕は彼女の手をとって走り出していた。


 黒髪の彼女。黒髪を頭の後ろでひとつに束ねた彼女。大きく丸い瞳の彼女。

 両足がない彼女。


 僕は彼女の手をとると教室を飛び出し、階段を駆け上がり、屋上へと飛び出した。扉を閉めて、不思議そうにきょとんと可愛い顔をする彼女の肩に両手をのせる。


「普通の人間は両足ないのに歩くとかしないから!」


 僕の言葉に彼女は不服そうに頬を膨らませた。


「足がない人もいるよ?」

「いや、もちろん、そういう人もいるよ? いるけど、次元が違うの。スカートから下がないのに普通に歩くのがおかしいって言ってるの」


 僕は頭を抱えた。


 生霊を出せるようになった彼女が「念じれば人に姿を見せることができるようになった!」なんて言うからそれを信じて、彼女に「一緒に学校に行こう」と言ったのがいけなかった。彼女はそれを鵜呑みにして、大真面目に、次の日、学校にやってきた。


 生霊が学校に行くことができるなら、学校までわざわざ歩いて行くこともないから楽だね、なんて彼女は言っていた。


 人に見えるようにはっきりと具現化した彼女の身体は、首から上がなかった。


 驚きすぎて僕は立ち上がると同時に椅子を倒してしまった。教室のみんなも目を丸くして驚いていた。僕は教室中の視線から逃げるように彼女の手を取り、屋上へと走った。


 彼女の首から上がなかったのが一週間前。

 腕がないことがあれば、目がないこともあった。

 そして、今日はスカートから下の足が見えないのに彼女はいつも通り歩いている。

 さながら、心霊番組で見る心霊写真の一幕だ。


「うーん……今日もまた上手くいかなかったか~」


 彼女は困ったように腕組みをして首を捻った。困っているのは僕の方だ。毎回毎回、僕が噂を流して、彼女がまた死んだことにしているというのに……。


 自然と大きなため息が口から出る。


「とりあえず、今日も落ちといて……。クラスのみんなには幽霊が何度も飛び降り自殺を繰り返してるって噂を流してるから。飛び降り自殺をして、消えたら、みんな、今日のうちは幽霊がどうのこうのって騒がないでしょ」


 幸い、クラスのみんなの中に僕の噂を否定する人間はいない。


「分かった! じゃあ、今日も飛び降りとくね!」


 彼女はそう言うや否や、屋上のフェンスを乗り越えて、僕の視界から下へとフェードアウトしていった。しばらくして、どんっと鈍い衝撃音がした。


 そんな音までリアルにしなくていいのに……。





「ねぇねぇ、今日もだよ? やばくない?」

「毎日毎日、幽霊の飛び降り自殺とか……」

「飛び降り自殺する幽霊とかいないでしょ。いくらなんでも不謹慎すぎない?」

「確かに。あの子が飛び降り自殺してから一ヶ月しか経ってないしね」

「毎日、いきなり立ち上がってはあの子の名前をぶつぶつ言いながら屋上まで行ってるんだって。ちょっと気味悪くない?」

「まぁ、仕方ないでしょ。あの子が飛び降り自殺した時、あいつ、屋上にいて目撃しちゃったみたいだし」

「えっ、それってまさか……」

「あ、警察の取り調べも受けたみたいだけど、殺してはないみたいだって」

「じゃあ、目の前で死なれて、頭おかしくなっちゃったとか?」

「かわいそー。まぁ、触らぬ神に祟りなしって言うし。好きにさせとこうよ」

「それもそうだね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊彼女 砂藪 @sunayabu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ