ぽっちゃり転生は二度美味しい! ~武術と料理で異世界無双~

西山暁之亮

第一章 ラブコメ? 何それ美味しいの!?

第01話 イケメン死すべし慈悲は無い

 例えば僕が手に握る肉まん。

 これ一つで、人を倒す方法を考えてみる。


 仮に今、僕の目の前を歩いているイケメン君やヒロイン候補生達が不良に絡まれたとする。

 不良は警察上等の飛びっきりヤバいやつで、言葉を解するよりナイフを出す方が早い連中としよう。

 怯えるヒロイン候補生たちの背後から、まずは因縁いんねんつけてきたヤツにパイ投げの要領で肉まんを顔面に叩きつける。

 ――これは緊急事態だ。

 この際食べ物を粗末になんちゃらは、とりあえず脇に置いておこう。

 そうしたら一気に近づいて、伝統派空手らしく深く腰を落とす。

 不良がフッと消えた僕に驚いている間に、渾身こんしんの正拳突き。

 ただの突きじゃない。

 普通の人の突きだ。

 拳が鳩尾みぞおちにめり込む。

 不良はくの字に折れて、尻餅をつく。

 立とうと思っても衝撃がピンボールのように体を駆け巡っていて、激痛が彼をさいなむ。

 相当効いているはずだ。

 放った拳は伝統空手四大流派の中で、一番痛くて危ない松濤館しょうとうかん流のヤツ。

 他の流派が「当てない」とか「ソフトタッチ」とか言っている中で、教えるところによっては「命に届く寸前が寸止め」とか平気で言うところの正拳だもの。

 そういうものを当てるにはフットワークとかが肝心かもしれないけれど、こと路地裏喧嘩なら手に持つものでいくらでも隙を突ける。

 肉まんが勿体無いなら鞄をヒョイとゆっくり顔へ投げるとか、砂を握るとかね。

 一人が崩れれば、あとはドミノ倒しのように崩れる。

 浮き足だった連中がナイフを出す前に、膝の外側を踏んづけて強制的に転ばせたり、大ぶりのテレフォンパンチが放たれる前に金的を打ったり。

 不良達がルール無用で突っかかってくるなら、こっちもルール無用で戦うまでだ。

 そんな突然の襲撃とダメージに驚いた不良達は立ち去り、目の前のイケメン君達は無事守られる。

 お礼なんていいという前に、イケメンを囲っていた一人が僕の姿に顔を赤らめる――


 ――妄想終了。


 ここまで語ってアレだけど……実は僕、空手をやったことが無い。

  知識だけ。しかも動画と本からです。体重を生かしたパンチとか夢のまた夢です。

 当然妄想は妄想で終わり、目の前のイケメン君とまとわりつくヒロイン候補生たちは何事もなく道を歩いている。

 その青春真っ盛りな光景になんかイラッとしてしまって、今からヤンキーに絡まれないかなとか思ってしまった。

 そんな僕のモヤっとした気持ちを感じたのか、目の前を歩くイケメン君が振り返った。


「健人、何ニヤニヤしてんだよ」

「ぬあ! き、気にしないで。考え事だよ」


 時刻は夕方。

 季節は冬の入り口。

 そしていつもの学校帰り。

 今日も僕は友人の……後ろを歩く。

 何故なら彼、イケメン君の隣はおろか前方まで席が埋まっている。

 彼に気に入られるため、毎日気合いの入ったメイクのヒロイン候補生達によってだ。

 彼女達もまたイケメン君にならえと僕へ振り返るが、その視線は冷たかった。


「ブタケンはいつも後ろで何か食べてるねぇ。臭いこっちまで来てるよ?」

「そんなに食べたいなら私たちなんか気にせず、またコンビニに入ってていいよ」

「なんならお金渡してあげようか? あの道路挟んで向こうのコンビニに行ってくれると助かるんだけど」


 聞いた? この露骨な言葉。怖いわ〜。

 ちなみにブタケンって僕の事です。

 僕の本名は高倉健人たかくらけんとって言うんだけど、このチャーミング……とは言い難い肥満体ぽっちゃりを指してみんなそう呼ぶ。

 いちいち指摘するのも面倒なので好きに呼ばせていたら無事に定着しました。

 大体みんな親しみをこめて言ってくれるのだけど、今の彼女達は違う。

 すっごい殺意籠もってる。こわい。

 いつも彼と一緒にいる僕を、どうにかして遠ざけたいらしい。

 それが証拠に、ヒロイン候補たちは笑顔を崩さないまま「キメェ」だとか「あっち行けよデブ」とか目で言ってくるのだ。

 ここで僕が


「あ? 調子に乗るなよ?」


 とかスゴんだり、


「僕をあまり怒らせない方がいい……君たちの知らない『武』を見せてやる……」


 と指ポキでもできたらいいんだけど。


「お、おごってくれるのは嬉しいナ! ちょうど一人になりたかったし。君達の邪魔しちゃわるいしネ! お代はいいのでごゆるりと……」


 なーんておどけたフリをして、ヘラヘラしながらその場から逃げようとしてしまう。

 ……情けないなんて言わないで欲しい。

 面と向かって言われたら本当に追加の肉まんを買いに行っちゃう。

 でもこれが現実。

 ただでさえうとましく思われているのに、これ以上彼女たちに嫌われたりでもしたなら、たちまち立場が悪くなる。学校ってそういう所だ。残酷だよね。

 正直好きでやってるわけではないから、すぐにでも離脱したいのだけど。

 横にいて欲しいと言っているのは、他の誰でもないイケメン君であったりする。

 実は彼、僕の幼馴染み。

 皆信じてくれないけれど幼稚園から高校までずーっと一緒だ。

 彼の本名は神崎進かんざきすすむ。字面からやっぱりどこかのラブコメの主人公のようだけど……僕は嫌味とひがみを込めてイケメン君と呼ぶことにしていた。

 イケメン君は察してくれたのか、深いため息をつきながら

「おいおい一人で帰るとか無しだぞ。幼馴染みだろ」

 とフォローを入れてくる。その目は「助けて」と訴えていたが、僕はいつものように「イケメン税だよ羨ましいね」とねたみを込めて目で返していた。

 イケメンの思わぬ救いの手に驚いたのだろうか、ヒロイン候補生たちは

「だ、だよね~」

「そんな除け者だとか、冷たいこといわないよ!」

 ……なんて手のひらを返しながら、隙あらばイケメン君と腕を組もうとしていた。

 恋の力って凄いね。

 人間をここまで狂わせるなんてね。

 罪な男だぞイケメン君。死ねばいいのに。

 というかこの冬空の下、あんな風に女の子に腕だけでも温められたなら体がポカポカ芯まであったかくなりそう。

 イケメン君の左に位置する正統派セミロング嬢は腕に引っ付いてるし、右に位置したあざと可愛い系ツインテール嬢は腕を組んだ上で豊満な胸を押し付けてる。前を歩く利発系ショートボブ嬢はこのクソ寒い中好きあらばニーハイとスカートの絶対領域をチラ見せ。貴様ら必死か。

 一方で僕の恋人はいつも肉まんかファミチキなんですけどね。手元と口元だけが暖かいですよクソッタレ。


 ああ神様。

 なんでこの世には容姿の差というものがあるのですか。


 幼馴染みのイケメンクソ野郎は顔が憎たらしいほどに良くて、身長も一八〇近くある。小中高とずーっとモテっぱなし。まあ勝ち組ってヤツですね。

 一方でホットスナックをこよなく愛する僕こと高倉健人十七才は身長一六六センチの伸び盛りで、体重は余裕の三桁超えです。要するにデブってやつです。

 もちろん言わなくても解るかもしれないけれど、いわゆる負け組ってヤツですね。涙出てくるよ。

 スラッとしたシルエットの横に丸い球体。バットとダイエット用バランスボールが並んでいるだとかずーっと言われ続けてもう何年経つのだろうか。

 全く正反対の僕たちだけれども、未だ奇跡的に『幼馴染み』という細い糸でつながれていた。


「それじゃ、俺と健人はこっちだから」


 イケメン君はそう言って半ば強引に僕の腕を掴むと、ヒロイン候補達へバイバイと手を振る。顔をのぞくともう限界という表情をしていた。

 彼女たちは名残惜しそうに……しかし無理についてくると嫌われるのを悟ってか、精一杯の笑顔でイケメン君へ手を振っていた。

 健気だねえと思っていると、三つの鋭い視線が僕に突き刺さった。

 まさか僕に嫉妬向けているのかこのヒロイン候補生達は。

 そう言うところだぞ、そう言うところ!

 ……と、言えるわけもなかった。怖いしネ。

 ビル街の曲がり角を何度か曲がって彼女達が見えなくなると、イケメン君はドラマの俳優よろしく憂鬱なため息をもらす。


「ああもう! 女なんて! もう沢山だ!」

「おいイケメン。その言葉で全人類を敵に回したぞ」


 二人きりになったからか、ようやく僕も素を出す事ができる。

 悲しいかな、僕はいわゆるコミュ障と言うヤツだ。内弁慶うちべんけいとも言える。

 体形コンプレックスその多諸々を併発へいはつしているお陰で、知らない人と話すとちょっとどもってしまうし、何かトラブルが起きそうなら笑って誤魔化してしまう。

 こうやって男らしく話せるのも両親とイケメン君の前だけだ。

 何度も言うけどみじめだなんて言わないでね。自分でも解ってるから。

 そしてコイツは逆パターンでもある。

 外ヅラは知りうる限りイケメン界最強でありながら、女の子に対してはトラウマを抱えていた。

「いやマジで無理。ほんと無理」

「あんなに美少女に囲まれてるのに?」

「可愛いけど中は猛獣ライオンだよ。健人がいないと変なところ連れ込まれそう」

 めそめそと泣くイケメン君に、僕はありったけの力で舌打ちをする。

「そういうシチュを望んでいる男子高校生が世に何人いると思ってるんだ」

「知るか。あげられるならいっくらでもお裾分すそわけしたい」

「お前僕の体見て同じ事もう一回言えるか? 気軽に頂ける見た目してると思うの?」

せればワンチャン?」

「しばくぞテメェ」

「だってよぉ健人。こっちは男二人で楽しく帰ろうと思ってるのによ。頼みもしないで腕組むわひっつくわで。気持ち悪くない? いつもああだよ?」

 聞きました?

 この余裕の言葉。

 これだからイケメンは。こちらの苦労も知らないで。

 というか女の子にひっつかれて気持ち悪い?

 イケメン星のリテラシーってそういう感じなんです?

 何と言うブルジョア志向だ。高級中華料理店で「このメニューの端から端まで」って言っちゃうくらいの贅沢。

 僕は脳内で、木人椿もくじんとう――詠春拳えいしゅんけんとか南派拳術の練習でよく使われる木の人形のコトね――に向かい、「イケメン死すべし!」と言いながら、相手の腕に見立てた木の棒をガッコンガッコン手や足で払っては幹の部分をブン殴っていた。

 余談だけど実際に殴るとマジで痛いからみんなは気をつけようね。

 僕は自作の木人椿もくじんとうにやったら手を痛めました。

「いつも言ってるけどまた言っていい? 殴られたいの? お前は持たざる者の気持ち考えた事ある? ブルース・リーのワンインチパンチ、練習の成果見せてやろうか?」

 シュッシュとシャドーパンチをして威嚇いかくすると、イケメン君は「ハン」と鼻で笑って肩をひそめる。

「はいはいお座敷武術家は怖いね。どうせさっきも俺の顔に肉まん投げつけるとか、ナントカ流のパンチだかキックだとか考えてたんだろ」

「逆だよ。ヤンキーに絡まれたイケメンを助けてた。感謝してくれてもいいよ」

「悲しい妄想してるな相変わらず」

 悲しいとは失礼な。

 普通この年頃の男の子って学校占拠したテロリストを素手で倒すとか考えない?

 ……考えないの?

 そうですか。ちょっと傷ついた。

「ってかさ、空手って流派あんの?」

「ちょっと前に空手は何たるかを教えたじゃん!」

「なんたるかって。習ってないクセに偉そうに言うなよ。そんなに武術オタクなら道場行けばいいじゃん」

 おいおいおい、そこはちょっとデリケートなところですよ?

 この体で空手道場とか柔道の道場とか行ってみなさいな。

 まず笑われるか、「その体でマジで?」みたいな感じで引かれる。

 次には「まず痩せろ、話はそれからだ」って言われる。

 そして最後にはトボトボ去って行く僕を見て、窓から指さしてプークスクスと笑っているにきまってるんだ。

「後ろ指さされるとか、そんな事考えてるだろ」

「お前マジで何なの。心読めるの?」

「わかるよ。健人はいつも人の目を気にしてる。だからコミュ障なんだよ」

「イケメンはこの体型に生まれた星の人間の悲しみを知らない」

「またそれだ。別にいいじゃん笑われたって。お前のマニアックなそういう所、体を動かすことに向ければあっという間に痩せると思うし、理想の体になれるぞ」

 正論言うヤツきらい。

 解ってる。

 僕だって解ってる。

 動けば痩せる。とてもシンプルな世界の真理だと思う。

 食事制限をして、動画サイトのお気に入り登録したダイエット法をあらかたやっていれば痩せる。

 加えて毎朝ラジオ体操ばりに太極拳たいきょくけんでもやって、どうにか捻出したお小遣いで買ったはいいけど、思いのほか固くて断念したサンドバックへ毎日千本正拳突きをしていればなかなかのモノになるとは思う。

 でも世の中には出来ることと出来ないこと、適正センスというものがあるのだ。

 僕は武道とか武術が大好きで、頭の中で教室を占拠したテロリストを空手やら古武術やらで片付けられても、実際は運動がからっきしダメ。そもそもこの丸みを帯びたボディは蹴りどころか足を上げることも一苦労だ。

 結果どうなかったかというと、イケメン君が小馬鹿にしたように「お座敷武術家」になった。知識が増えるだけ。無駄にトレーニング器具が増えるだけです。

「それが出来たらこんなんになってないよ。いいよなイケメン君はよ〜苦労しないでよ〜」

「そんな事無い。健人なら何でもすぐできそうなんだけどな」

 僕はその言葉に騙されないからな。

 ジトッとした目で睨んでも、イケメン君はどこ吹く風だった。

「……なあ健人」

「ん?」

 急に雰囲気変わったな、という感じでイケメン君が僕に語りかける。

 いつも微笑が絶えない彼の顔に影が差してるのは珍しい。

 写真とったらあのヒロイン候補生達に売れそうだ。やらないけど。

「お前さ、進路希望出した?」

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