第17話 いつでも応援します

 エリアスの馬鹿野郎! と、俺は心の中で悲鳴を上げた。

(あいつめ、俺の地道な計画をぶち壊しやがって)

 すぐ隣ではソルヴィが俺をじっと覗き込むように見つめてきて俺の答えを待っている。俺は今までの人生にないほど焦っていた。

「あの、えーと、そっそそそそれはですね」

 ぶつけたせいでじんじんと痛む頭を押さえながら、目を逸らす。

「それはその、俺が……」

「ええ」

「俺が……! 何というか、あのですね、つまり……えーと」

「何よ。早く言いなさいな」

 ソルヴィは大真面目に俺を急かした。俺はいっとき硬直した。

 ここで言わなければ一生言えない、と直感的に思った。

 ……あの時、海上保険を始めないかとソルヴィに誘われた時、俺は、絶好の機会が与えられたと思ったんだ。この機会を逃すようでは、俺の人生も高が知れていると。今も同じではないか? 今回はエリアスが場を整えた。かなり強引かつ一方的にだが、あいつは俺に奇貨を与えた。

 俺は姿勢を正した。

「ソルヴィ様」

「ええ」

「俺はソルヴィ様が好きです」

 言ったぁ! 言ってしまった! 俺はぎゅっと目を瞑り、それから恐る恐るソルヴィの方を窺った。

 ソルヴィは、顔色一つ変えず、瞬きして俺の方を見ていた。

「……そうだったの?」

「……はい……すみません……」

「何も、謝ることじゃないわよ」

 ソルヴィは動じた様子を少しも見せない。これは脈無しか、と俺は絶望しかけたが、次のソルヴィの言葉に救われた。

「そう言ってもらえて嬉しいわ」

「……?」

 ソルヴィはようやく口角を少し上げた。

「私、これまで、商売に必死で、商人として立派になることに必死で、それしか見てなくて……。結婚なんかも自分が更に上に行くための手段としか認識していなくて。恋愛なんて少しも……考えてもみなかったわ。思えばおかしいわよね」

「えっと……」

「誰かが私を心から好きになることがあるなんて思わなかった。お父様は財産を安定させるか増やすかするための縁談ばかり持ってくるし、縁談相手もイェンスみたいにお金のことしか見てない人ばかりで、だから私には愛だとか恋だとか無縁なんだわって、思ってたの。そしてそのことはちっとも寂しくなかった。普通のことだと思っていた。だからかしらね、自分から誰かを好きになることも無かった」

 意外なことを言う。俺は何だか胸を突かれたような虚しさに襲われた。ソルヴィがそんな思いを抱えながらこれまで生きてきたなんて、知らなかった。全然、分からなかった。それと、ソルヴィは俺のことをやっぱり恋愛的に好きじゃなかった。元々、望みは薄いと思っていたけれど、これではっきりした。肩を落とす俺に、ソルヴィは笑いかけた。

「だからね、ミーケルが私を好きなんだって分かって、私とても嬉しいのよ。だってミーケルは私の財産や家柄じゃなくて、私のことが好きなんだって、今分かったもの。もしかしたら私もミーケルのこと、今より好きになれるかも」

「え……」

「ねえ、ちょっと試しに、私をどきどきさせてみて?」

「ええっ」

 俺の方がどきっとしてしまって、また後頭部を壁にぶつけた。それからしばらく俺は、頭を抱えたり、意味もなく手を空中で上下させたりと、ひとしきりの慌てっぷりを見せたが、ソルヴィは辛抱強く、むしろ興味津々に俺のことを待っていた。俺は咳払いをした。

「では少し……お手を拝借します」

「ええ」

 俺は椅子に添えられていたソルヴィの左手を慎重に両手で持ち上げて包み込んだ。それからソルヴィの目を真っ直ぐに見つめた。

「お慕いしております、ソルヴィ様」

 ソルヴィの黒い目はきらきら光っていて、綺麗だった。ふふっとソルヴィは笑った。

「ミーケルったら、顔真っ赤」

「し、し、仕方ないじゃないですか」

 俺は手を離そうとしたが、ソルヴィは右手で俺の手を押さえてしまった。

「いいの。しばらくこうしていて。それから、こうね」

 ソルヴィは体をずらして、俺にくっついて、寄りかかった。俺の頭の中は大波に揉まれたみたいに大混乱になった。

「シャンロに着くまでこうしていましょう」

 ソルヴィは愉快そうに言った。

「は、はい……」

 俺は全身がこわばっていたが、辛うじて頷いた。

 それから、聞かれるままにぽつぽつと、俺がこれまでどう思ってきたかを、ソルヴィに打ち明けたのだった。

 うまくしゃべれなかったけれど、ソルヴィのことを公私共に全力で支えたいということは、伝えられたと思う。

「じゃあ、私がやりたいこと、これからも応援してくれるの?」

 ソルヴィは聞いた。

「もちろんです。いつでも応援しております」

 俺はしっかりと頷いたのだった。

「嬉しい!」

 ソルヴィは俺の肩に頭をもたせかけたので、俺はまたしても内心大慌てになってしまった。


 ⚓︎⚓︎⚓︎


 それからもソルヴィは恥じらいというものをほとんど感じさせなかった。港に着いてからもソルヴィは俺と手を繋いだままだった。大勢の人が行き交う中を、俺とソルヴィは手を繋いで歩いて行った。

「エリアス!」

 ソルヴィは例の金髪の男の姿を見つけて駆け寄った。俺も引っ張られて走り出す。

「ソルヴィ様! ご無事で何より」

「ミーケルのお陰様でね」

「その様子を見ると、うまくいったようだな、ミーケル」

「お前のせいでな……」

「うむ。存分に恩に着ると良い!」

「……うん……」

「さあ!」

 ソルヴィはようやく俺から手を離した。

「のんびりしゃべっている暇はないわ。すぐに次の契約のための準備に取り掛かりましょう! 二人とも、うちまで来て!」

「えっ、良いんですか、ソルヴィ様?」

 エリアスは尋ねた。

「しばらく二人きりでお過ごしになっては如何です?」

「いいの!」

 ソルヴィはきらきらの笑顔で言った。

「ミーケルは私のやりたいことを応援してくれるんですって! そうとなったら働ける時に働きましょう!」

「はあ……」

 エリアスは妙な顔で俺の方を見た。

「君、本当にうまくいったのかい?」

「まあ、半分くらいは……」

「どういうことだ?」

「無駄話は後よ!」

 先を行っていたソルヴィが俺たちを振り返った。

「早くいらっしゃいな!」

「こうおっしゃっている。俺たちも行こう」

 俺はエリアスと一緒にソルヴィを追いかけた。

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