詐欺師は小説家に向いている

ときこちゃんぐ

詐欺業をやめたい詐欺師

 詐欺業をやめることにした。


 僕は、善良な市民を騙すことを生業としていた。各企業から依頼されて、よくわからない商品を、嘘八百を並べて売りつけた。顧客は、個人から企業まで多岐にわたる相手だった。僕はフリーランスの詐欺師として、非常に評価を受けていた。

 だがもう、人を騙すのに疲れてしまった。

 僕が辞める事にした理由は、この仕事が嫌で嫌で仕方がなくなったからだ。

 第一この仕事は、社会に不必要な物なのだ。拝金主義者の小太り社長が、思いつきで考えた、科学的根拠がひとっつもない謎の物質が入っている(ということにしてある)水入りペットボトルを売ったところで、この社会の何の役に立つというのか。害悪でしかない。

 更に嫌な所は、僕がこれらの商品を売りつけると、顧客は非常に幸せそうな顔をする……というところだ。ともすれば、死ぬまで幸福感を抱いている。この商品を買ったあなたは、むしろ社会全体から見たら非常に不幸な側に立っているのですよ……ということがわかるのは、こっち側の人間だけなのだ。

 せめて売りつけた相手から、怒鳴られたり、けられたり、嫌悪されたならば、まだ僕の罪悪感は幾分かマシになるだろう。だがそうはならない。僕のこの才能は、顧客を完全にだまし切る。死ぬまで。そういう力がある。


「こんな才能いらなかったよ。僕は一般的な社会に役立つ、とてもまじめで、善良な仕事に就きたいんだ」


 僕は身振り手ぶりを添えて、目の前の男に語った。この動きも、相手を騙すためのテクニックの一つだ。本心を語っている今ですら、つい手癖で出てしまう。本当に嫌になる。


「はぁ。いい技術だと思うけどね。世の中にはさ、そういう能力を死ぬ程欲しがっているところもあるんだよ。例えば……政治家とか」

「やめろよ。僕は政治には不干渉なんだ。僕がもし本気でそっちに傾倒したら、この国が今頃どうなってるかわかるだろう?」

「君はちぐはぐだ。自分の能力を嫌っているのに、自分の能力を誰よりも買っている。自分から傾国できますってアピールする奴は見たことがないよ」

「茶化さないでくれ」

「本心だよ」


 目の前の男は、そういうとコーヒーを口に含んだ。苦いのが嫌いらしく、いつもシュガースティックを五本は入れる。

 男の名前は、サトナカと言う。

 僕が詐欺師稼業を初めてしばらくしてから出会った、裏稼業の仲介人だ。やばい仕事を、適切なやばいやつに割り振る業務を担当している。僕もよく世話になっていた。


「で、今日はそれを相談しに来たのか? 詐欺師をやめたいって」

「そう。お前なら、なんかいい塩梅の仕事を見つけてくれるんじゃないかと思って」

「そういうのはな、ハローワークに行くべきなんだよ。または転職サイトか」

「お前ならわかるだろ。僕にはこの才能意外なにもないんだ。学歴もないし、資格も持ってない」

「資格ならわんさか持ってるだろ」

「全部実態がない奴なんだよ! なんとなくカッコいい、横文字が続く、よくわからないヤツ! 普通の企業就職に使えるわけないだろ!」

「じゃあ転職サイトのほうは?」

「同業者がたくさんいるからダメだ」


 僕はテーブルを軽く叩いた。力は込めていないが、よく音がなる。大きな音で驚かせて、相手の譲歩を引き出すテクニックの一つだ。もっとも、サトナカ相手に使う理由は一つもない。効きもしない。


「なぁ頼むよ。お前ならもっと、こう、いい仕事を斡旋できるだろう。知識もあるし、何よりお前は表に顔が利くだろ?」


 僕がここまで必死にサトナカにお願いしているのは、もう彼しか頼る伝手がないというのもあるが……それよりも、表の世界の人脈も数多く持っているというのが大きかった。

 つまり、付き合いのよしみで、仕事先を紹介してくれと頼んでいるのだ。


「はぁ、まぁ……あるにはある」

「えっ、本当か!?」


 僕は思わず身を乗り出した。サトナカは身を引っ込める。


「ああ。お前の詐欺の能力を最大限発揮できて、かつ社会のためになる仕事がある」

「そ、そんな仕事……あるか?」


 半信半疑だった。

 人を騙す能力なんて、いい結果を生まないはずだ。恨まれ、疎まれ、最後は地獄に落ちる最低最悪の才能だ。

 だがサトナカは、飄々とした顔で、僕の固定観念を壊した。


「小説家」

「あ……うん?」

「だから、小説家だ」


 いまいち言っている意味が分からなくて、僕は聞き返した。


「小説家?」

「いいか。小説家っていうのは、物語を書いて読者を喜ばせる事ができる。失恋したての辛いあの子に、ほんのりやわらかい恋愛物語を聞かせてあげて、少し心を和らげることができる。そうだろ?」

「え、そう、なのかな」

「そうだよ。物語で救われた人間は有史以来大量にいる。それこそ、アニメや漫画が出来るもっともっと前から、文字や言葉で人を助けてきた作家達はごまんといるだろう」

「まぁ、そうか」

「で、だ。じゃあそんな物語を書く時に、何が最も必要か?それは、嘘を信じさせる能力だ。物語は嘘で作られている。だが、読者が嘘だと気付いた時、物語はそこで終わってしまう」

「そこで、僕の才能が役に立つって?」

「その通り。傾国できるほどの嘘を信じさせることができるんだろ? じゃあ、びっくりするほど多くの人間を物語に陶酔させることができるはずだ」


 サトナカの言葉が、すとんと僕の心の奥に落ちた気がした。

 なぜ気づかなかったのだろう。僕は嘘つく能力に秀でているのだから、みんなが幸せになるような嘘をつけばいいじゃないか。しかも、小説ならば、いくら嘘をついても許される!

 ただ、一つ問題がある。


「それは素晴らしい提案なんだけど、僕は今まで悪事に手を染めてきたんだ……。人を幸せにするための嘘を、今からついて……そんなムシのいいことあるかい?」

「馬鹿いうな。世界一有名な王様が死ぬ話を書いたヤツは、窃盗、強姦、ゆすりをしたあげく、牢中で書きあげたんだぞ。お前の罪なんか軽いほうだろう」

「そ、そうか……そうだよな」

「作者の性格と作品の良さは別に比例しないんだよ。作者がドクズ野郎でも、作品はとてもきれいな物になる事だってある」

「なぁ。それはひょっとして僕の事を馬鹿にしていたりする?」

「そんなわけないだろ。考えすぎだ」


 しかしサトナカの言葉にも一理あった。

 作品と作者は関係ない。僕の今までの行いも、全てこれから生み出す作品のためにあった準備期間なのかもしれない。そういえばかの文豪家も、金を借りまくって反故にしたあげく、好きな女と入水自殺をかますようなやばい奴だったきがする。

 そう考えると、勇気が湧いてきた。


「わかった、僕、小説家になるよ!」


 こうなってしまえば、いてもたってもいられない。

 席を立ち、さっそく帰ろうとする僕だったが、サトナカに背中をつかまれた。


「まぁ待て」

「なんだよ。僕はこの、あふれ出る創作意欲をとめられない」

「止められないのは結構だが、一度も小説を書いたことがないペーペーが、自分の思いの丈を文章に出来ると思うか?」


 確かに言うとおりである。僕は小説どころか、論文すら書いたことがない。大勢の頭でっかちを騙すための、パワーポイントの作り方なら心得ているが。


「じゃあ、どうしろっていうんだよ」


 座りなおした僕に、サトナカは静かに懐から一冊の本を出した。


「これをお前に渡そう」


 本の表紙には「小説家になるための本」と書かれてあった。ハウツー本らしい。

 まさか、僕のために用意してくれていたのだろうか。


「いいのか? サトナカ」

「ああ。お前には世話になったからな。新しい門出を祝うための品だと思ってくれ」


 思わず眼頭が熱くなる。こいつはいつもいい奴だった。

 こんな仕事に手を染めている僕だが、唯一コイツにだけは本心を話せる。コイツも、俺に本心を話してくれる。唯一友と言える相手だと、僕は思っている。


「ありがとう、サトナカ……なんてお礼をすればいいのか」


 そういう僕に、サトナカは優しい笑みを見せた。


「もしお前が恩返しをしてくれるつもりがあるなら、一つお願いがあるんだが……」



 数か月後、詐欺師は晴れて小説家になった。

 新人賞を受賞した詐欺師は、期待の新人として、公の場でインタビューを受ける事となった。

 インタビュアーは言った。


「今まで文章を書いたことがないのに、ここまで素晴らしく、感動できる物語を書けるなんて信じられません! いったい、どういう経験を積んでこられたのですか?!」


 マイクとカメラを向けられた詐欺師は、身振り手振りを使って、満面の笑みで、カメラの向こうの人たちに向かってこう言った。


「実は、この本のおかげなんです」


 詐欺師は、サトナカからもらった本を掲げた。


「小説家を目指しているみなさん。この本に書かれていることを実践すれば、みなさんも必ず小説家になれます! 僕のように!!」


 ……。


 サトナカはその映像を見ながら、砂糖の入っていないブラックコーヒーを嬉しそうに飲み干した。

 詐欺師は、いまでも詐欺師だった。

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