心を癒すために

木津根小

癒すもの

彼の名前はケンイチ、ある会社の下請けを生業としている個人事業主だった。

33歳の妻に10才になる娘の3人で暮らしていた。

妻の名前はナナエ、市内の会社で事務員として働いていた。

娘の名前はエミ、小学4年の元気な女子児童だった。


ケンイチは36歳になり、ようやく事業が軌道に乗り始めた矢先、事故にあった。

娘の夏休みと、妻の休みに合わせ、家族旅行へ出かけたが、その旅行先で、観光バスが事故に巻き込まれたのだ。

幸いケンイチは軽傷で済んだが、ナナエはしばらく入院が必要になった。


事故から1週間後、ケンイチは親友のカズマと取引をした。

人気の無い街外れの墓地で、カズマと待ち合わせ、大きな荷物を受け取ると、それを車に乗せた。

「カズマ、ありがとう。」

「いや、いいさ。

どうせ、破棄する予定の試作品だったからな。

それより、この事はナイショにしといてくれよ。

でないと、刑務所行き、だからな。」

カズマが笑顔を浮かべながら言った。

「ああ、解ってるって。

謝礼は振込んでいるから、また、確認しといてくれ。」

ケンイチは笑顔で言うと、軽くカズマの腕を叩いた。


「それより、ケンイチ、大丈夫か?」

「うん、ああ、大丈夫だ。

これから沢山、やらないといけない事があるからな。

俺より、妻のナナエが心配だ。」

「そうだな。。。

少しは良くなったのか?」

「ああ。

大丈夫、きっと、これで良くなるさ。」

ケンイチは、自分に言い聞かせるように言った。


それから半年が過ぎた。

その日は、曇り空の金曜日。

「お父さん、明日、お母さんが退院するんだよね。」

朝、目を覚ましたエミは、台所へ入って来ると、元気よく言った。

「ああ、そうだよ。」

ケンイチは、エミの弁当を用意しながら言った。

「とっても楽しみ。。。

そうだ、お父さん、今日、学校から帰って来たら、一緒にお母さんの退院祝いのプレゼント、買いに行こうよ。」

エミが笑顔で言った。

それを聞いて、ケンイチは少し驚いた顔で振り向くと、ジッとエミを見た。

「そうだな、そうしよう。

きっと、お母さんも喜ぶぞ。」

ケンイチも、笑顔で言った。


次の日、ケンイチとエミは、ナナエが入院している病院まで迎えに行った。

病室に入ると、既にナナエがゴゾゴゾと、荷物の片づけを行っていた。

「お母さん、迎えに来たよ。」

エミが少し声を抑えて、とても嬉しそうに言った。

その声を聞いて、ナナエが嬉しそうな顔を見せた。

「まあ、エミ、迎えに来てくれたの。

ありがとう。」

ナナエはそう言うと、ギュっとエミを抱きしめた。

エミはとても嬉しそうな笑顔で、ナナエを見つめていた。

ケンイチも、ナナエとエミの姿を見て、とても嬉しそうに笑った。


ナナエが家に入ると、玄関には沢山の飾り付けがされていた。

そして、一番目立つ所に、

『お母さんお帰り』

と大きな飾りが付いていた。

「まあ、これ。。。」

それを見て、ナナエが、驚いた顔で言った。

「わたしと、お父さんとで、飾り付けしたんだよ。」

エミはナナエの手を握り、自慢そうに言った。

「エミ、ありがとう。」

ナナエはそう言うと、しゃがみ込み、ギュっとエミを抱きしめた。

その目には、涙が浮かんでいた。


「片づけは、全部、お父さんがしてくれるんだって。」

そう言ってエミはナナエの手を引き、台所へと連れて行った。

そこにも、壁いっぱいに綺麗な飾り付けがされており、テーブルの上には、ナナエへのプレゼントが置かれていた。

「お母さん、ちょっと待ってね。」

そう言うと、エミは冷蔵庫の中から、お祝いのケーキを取出し、テーブルの上に置いた。

「まあ、ステキ。

こんなに綺麗な飾り付けに、お祝いのケーキ、プレゼントまで。。。

本当にありがとう。」

ナナエは、とても嬉しそうに言うと、再び、ギュっとエミを抱きしめた。


「この飾りつけは、エミが頑張って考えたんだ。

プレゼントもエミが選んだ物なんだ。」

ケンイチは台所に入ると、そう言ってエミの頭を優しく撫でた。

エミはとても嬉しそうに、ケンイチの顔を見ながら笑った。

「ケーキは、わたしの好きな、イチゴのケーキにしたけど、良いでしょ?」

エミがナナエを見ながら聞いた。

「ええ、もちろんよ。

あなた、エミ、ありがとう。」

そう言うと、ナナエは、とても嬉しそうに笑った。



======= =======



金曜日の午後、エミが小学校から帰って来ると、ケンイチはエミと一緒に墓地へと行った。

そして、少し外れにある、小さな墓の前で立ち止まった。

その墓石に、名前は刻まれていなかった。

「エミ、お父さんとお母さんが亡くなったら、遺産は全てエミが相続できるようにしている。」

ケンイチが墓を見ながら言った。

「えっ?

でも、アンドロイドは、遺産を相続できない筈だよね。」

エミが驚いた顔で、ケンイチを見ながら言った。

「ああ。

だが、お前はアンドロイドとし登録していない。

お前はエミなんだ。

そして、この墓も。。。」

ケンイチはそう言うとしゃがみ込み、墓石を優しく撫でた。


観光バスが事故に巻き込まれた時、エミは重症を負い、治療の甲斐も無く亡くなってしまった。

ナナエはその事実を受け入れる事ができず、精神を病み、いつしかエミは生きていると強く信じるようになった。

ケンイチはエミの死を隠蔽すると、政府の研究機関で働いているカズマから、成長型アンドロイドの試作品を入手した。

そして、Aliceシステムを導入、カスタマイズし、エミそっくりのアンドロイドを作り上げたのだ。


ケンイチは立ち上がると、

「お父さんとお母さんが亡くなっても、葬式は出さなくても良い。

ただ、骨だけは、この墓に入れて欲しいんだ。

エミの墓の中に。」

エミをジッと見ながら言った。

「うん、解ったよ。」

エミは返事をすると、強くケンイチに抱き着いた。


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