あと少しだけ…

ニャン太郎

第1話 最初のきっかけ




「ん…ふぁ…んんはぁ…課長……」


「ん…2人の時は、りょうだろ」


「…でも…」


里美さとみ…」


会社の会議室の端で抱き締め合い、互いを貪る。唾液を滴るくらいに激しく激しく…


「…諒さん…もう戻らなきゃ…」


「あと少しだけ…」


里美は、ぼんやり考える。

上司との恋愛、ロマンチックに聞こえるが、そんな清らかではない。

上司には、奥さんと3人の子どもがいる。上司は奥さんお手製の弁当を毎日欠かさず、食べている。いわゆる愛妻家ってやつだ。


それが、どうしてこうなっちゃったんだろう。課長の家庭を壊す気はさらさらない。

いつかは終わる、この関係…

頭では分かっているのだ。でも、それができないのは、私が課長に惚れているから…


終わりは来る…

だから、せめて今だけは、課長に愛してほしい、課長を愛させてほしい。

私だけの諒さんでいて…

あと少しだけ…

あと少しだけでいいから…


~~~~~~~~~~~~~~~


私の上司兼先輩、河野こうの諒。

課長は、私が入社当時の教育係で、意見が合わず喧嘩ばかりしていた。だが、今では気さくでふざけ合うような友人に近い関係だ。部署が同じであることもあり、周りからは名コンビとまで言われている。上司のことは、上司として尊敬している。厳しいが、褒める所はとことん褒めてくれる、ザ・理想の上司だ。


この先もただの同僚としての関係が続くはずだった。だが、それはほんの些細なきっかけで変化する。




居酒屋で、課長と後輩の3人と飲んでいる時だった。たまに、課の同僚で集まっていろいろ愚痴を言うのだ。

課長にしては珍しく仕事に失敗したという。うちの課は営業が主なため、取引先に出向くこともしょっちゅうだ。課長の案件は、割と大きな案件らしい。その担当者が厄介な性格で上手く話がまとまらないとかなんとか…

それって失敗なのか?まだ、交渉途中だよね?と疑問には思うが、普段はストイックに仕事をこなす課長が弱音を吐くのは珍しく、なんだか可愛く見えた。それはこの課がアットホームだからかもしれない。


「よしよし、よく頑張りましたね~!でも、課長ならいつものようになんとかするんでしょ?」


そう言って背中をさする。別によく上司と部下がやってるふざけた掛け合いみたいなものだ。が、突然、身体を抱き締められた。


「ちょっ!課長!!」


一瞬だったので、びっくりしたが、その時はお互い、酔っていたし、飲み会の乗りみたいなもんだった。にしても、早くベロベロの課長を離さないと。急いで、自分で引き剥がそうとする。課長の身体はガタイが良く、体重ものしかかっているため、上手くどかせられない。


「課長~もう、何やってんですか!霧島ちゃん困ってるでしょ?!」


「そーですよ課長、飲み過ぎです!」


みんなが引き剥がしてくれて、ホッとした。

課長は机の上で、うつ伏せになって眠り始めるいた。


「ありがとう、みんな。課長、もうベロベロだから、もうそろそろお開きにしようか。ほら、課長も起きて下さい!」


肩をトントン叩くが、全く起きない。

店でタクシーを呼んでもらい、男らが課長の肩を組んで、タクシーまで運ぶ。


「運転手さん、浅間駅横のデザイナーズマンションまでお願いします。ほら、課長も起きて下さいね!奥さん心配しますよ」


そう言って車体から離れ、同僚たちと共に、課長を乗せたタクシーを見送っていた。


「はぁ~全く!!大丈夫かな、課長」


「霧島ちゃん、大変だったね」


「霧島先輩、大丈夫でしたか?」


同僚の顔が2つ、私の顔を覗き込む。

馴れ馴れしく私のことを霧島ちゃんと呼ぶのは、同期の芹沢せりざわあゆむ。私は、入社して2年くらいは部署を転々としていたが、翌年からこの部署に配属され、今年で3年経つ。芹沢は私がその部署に配属された翌年に入って来た。だから、この部署では私が1年先輩だ。芹沢は、まぁ一言で言えば、調子のいいやつかな。良く言えば世渡り上手だ。

そして、もう1人は、小松原こまつばらけい。入社2年目の新人君だ。仕事はまだ慣れてないみたいだけど、フォローすれば真面目にやってくれる。最近は、1人での仕事も増えてきたばかりだし、そろそろ教育係も卒業かな。

うわぁ、それにしても2人とも無駄にイケメンだわ…

あっ、無駄は余計か。


「大丈夫大丈夫」


「あっ、この後3人で飲み直さない?」


「良いですね」


「あっ、私やめとくわ、飲み過ぎちゃったし」


「えー、男2人はきついよー、霧島ちゃん!」


「そうですか…残念」


「ほら、わがまま言わないの!あんたらも飲み過ぎないのよー、じゃ、また来週ねー」


そう手を振りながら、2人の元から離れた。私は夜道を歩きながらずっと考えていた。

さっきまでなかった小さな違和感を…

何かは分からなかったが、これは芽生えてはいけないもの…それだけは分かる。



ある日のことだった。その日はたまたま、残業で、私と課長だけが10時近くまで残っていた。すると、


「霧島…また、背中さすってくれないか」


「えっ…」


課長は、あの日は何も覚えていないと思っていた。だって、あんなにベロベロだったし。まぁ、背中をさするくらい、いいか。課長ももう歳だしね。歳といっても、まだ30後半だが…


「分かりました」


そして、課長の大きな背中に手を添え、ゆっくりさすった。


「はぁ~お前の手って小さいんだな」


「?!からかってるんですか?だったら、さするのやめます」


「待てって、小さいから、なんていうか落ち着くんだよ」


「そういうのって、大きいからじゃないんですか」


「ん~そんなもんかなぁ。でも、俺はお前の手がいい」


「はいはい、分かりましたよ」


その後も、残業で2人きりになっては、背中をさすれとせがまれる。課長も普段は頑張ってるし、私はある種、母性のようなものを感じていた。親子?って感じだろうか。



ただ、これは単なるきっかけの1つに過ぎなかった…


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