第四章 気がつけば世界
第16話 不穏な呼び出し
ビラ配りを敢行した日の放課後。
僕たちは校長先生からの呼び出しを受けて、校長室の前までやって来ていた。
「……これって完全に、マズいやつだよね」
あの元気はつらつでお馴染みの上宮さんまでそう言って苦笑いをするくらいなので、他の三人の心持ちも平穏なものではなかった。
「ちょっと先生に注意されるくらいは覚悟してたけど、まさか校長先生に呼び出されるとはね……」
僕が弱々しい声で言うと、今まで浮かない顔をしていた小澤さんがいきなり胸を張った。
「仕方がない。腹を括ろう」
ここに来てそんなことを言える小澤さんは肝が座っているのかもしれない。しかしながら、一応小澤さんは献血クラブには正式に加入していないわけで、今回こっちの都合で面倒ごとに巻き込んでしまったと思うと、いささか申し訳なさを感じてしまう。
「小澤さんは来なくてもよかったんだよ……? だって今回はあくまでも、『献血クラブ』として呼び出されているわけだから……」
僕が言うと、小澤さんはフッと笑ってあしらった。
「なぁに今更。あれだけしといて無関係だとは言えないだろう。なんならこの際、正式に献血クラブに加入しようか。うん、そうしよう」
「舞ちゃんそれ、ほんとに言ってる……?」
「ああ、もちろん」
小澤さんの言葉を受けた上宮さんは、感激のあまり泣きそうな顔になっていた。
「ありがとう……舞ちゃん……」
「いえいえ」
というわけで急遽小澤さんの献血クラブ加入が決まったわけだが、今はそのことに歓喜している場合ではない。こんなシビアな状況で加入を申し出る小澤さんも小澤さんである。
「でもさ、私思うんだけど、必ずしも怒られるわけじゃないんじゃなないかな? ちょっと楽観的過ぎる……?」
場の空気を和ますようにして、樹木さんが言った。たしかにそういった考え方もできなくはない。僕はとりあえず頷いた。
「うん、可能性はゼロじゃない。だって僕たちは、仮にもボランティア活動をしたんだから。普通は誉められるべきだよ。ただ……」
「ただ……?」
樹木さんが不思議そうな眼差しを向けてきたので、僕は思わず目を逸らした。
「やり方がねぇ……」
「あぁ……」
どうやら樹木さんも腑に落ちるところがあったらしい。
「自由がモットーなうちの高校でも、さすがに無許可でコスプレはまずかったかもしれない……」
僕が言うと、しばらくその場に沈黙が流れた。
——そんな中で、僕はふと思う。
コスプレをしたこと後悔は一ミリもない。だったらそれでいいじゃないか。仮に怒られようとも、挑戦したという事実が重要なのだ。
「僕たちはやるべきことをやっただけだよ。怒られるのなら、それはそれで仕方がない。みんな、コスプレしたこと後悔してる?」
僕が尋ねると、他の三人は首を横に振った。
「なら問題ない! 怒られる時はみんな一緒さ!」
——我ながらにかっこよく締めた、その時だった。
「あのぉ、君たち。一体いつまでそうして立ちすくんでいるつもりだい?」
痺れを切らした様子で校長室から校長先生が出て来た。
あまりに突然のことで、僕たちは揃って言葉を失う。
「まあとにかく、早く中に入りたまえ」
「はい……」
僕はさっきまでの勢いからは一転したか細い声で返事をし、恐る恐る校長室の中に入って行ったのだった。
※※※
「いやぁそれにしても! 君たちのボランティア精神には感服したよ! なんと言っても、あえてああいう格好をして生徒を惹きつけようという発想がすごい! 校長として、君たちのことは誇らしい!」
……あれ? 誉められてる?
校長室のソファーに腰掛けた僕たちは、正面に座る校長先生の言葉を聞き、驚きのあまり空いた口が塞がらなかった。てっきり怒られるとばかり思っていたのに、蓋を開けてみれば校長先生からは称賛の嵐だったのだ。
僕たちはしばらく固まっているばかりであったが、もちろん内心は嬉しい。とてつもなく嬉しい。心の底からこの高校を選んでよかったと思った。
「それでその……『献血クラブ』だったかな? どうやらまだ正式なクラブじゃないそうじゃないか。本来正式なクラブとして認可されるには色々手続きが必要なのだが、今回は特別に、君たち『献血クラブ』を我が校の正式なクラブとして認可しようと思っている」
「本当ですか!?」
思いがけない最高の展開に、上宮さんは掛けていたソファーから飛び起きた。
「うむ。正式なクラブになれば部室が与えられ、そしてなにより少なからず部費も充てられる。そうなれば、君たちの活動の幅も広がるだろう」
「ありがとうございます!」
「しかし、一つ条件がある」
「条件……?」
興奮冷めあらぬ上宮さんが再びそっとソファーに腰掛てから、校長先生は口を開く。
「テレビの取材を受けてほしいのだよ」
校長先生はそう言ったが、当然僕たちにはなんのことだかさっぱりわからない。そもそも、取材というのはある程度世の中で話題になった団体や人が受けるものであって、僕たちは校内でしか活動していない。どう考えても、テレビ局の目には止まっていないはずだ。
校長先生は困惑する僕たちを目の前にして、なおも続ける。
「というのも、こう見えてうちの高校はいくつかの海外メディアと親しくてね。今回は私が直々に、イギリスの公共放送局であるVVCに君たちを取材してくれるように頼んだんだよ」
「「「VVC!?」」」
僕と樹木さんと上宮さんの驚く声が重なった。VVCは海外メディアに疎い僕でも知っているくらい有名な放送局だ。まさか校長先生にそんなつてがあったなんて……。
「ちなみに、その取材はいつ頃を予定しているんですか?」
小澤さんが冷静な口調で尋ねると、校長先生は当然の如く答える。
「明日だ」
「「「「あした!?」」」」
四人全員の驚く声が重なった。
想像していたより遥かに急だった。取材というのはこういうものなのだろうか。
「なぁに、そんなに身構えることはない。君たちは今朝のようにコスプレをして、それっぽいことを言ってくれればいいんだ。簡単なことだろう?」
校長先生は淡々とした口調で言った。おそらく校長先生的には、我が校の生徒がメディアに取り上げられることの方が重要で、その中身は特に気にしていないのだろう。
もちろん献血クラブとしても、出演することによって部室と部費が与えられるというのは最高なのだが、僕としては自分のコスプレ(女装)姿を全世界に晒すのは気が引けてならなかった。
「……わかりました。期待に添えられるかはわからないですけど、ぜひやらせてください!」
「ちょ、いいの? 明日だよ? それにメイクだってできるかわからないし……」
上宮さんが勢いで承諾したので、僕ツッコまずにはいられなかった。
「だってこんな機会二度とないじゃん! メイクは……まあ、なんとかなる! うん!」
「えぇ……」
すっかり乗り気になっている上宮さんに、僕がどうこう意見したところで何も変わりそうな気配はなかった。
「樹木さんと小澤さんはどう思う?」
一応尋ねてみると、二人は対して悩む素振りは見せなかった。
「いいと思う。ちょっと恥ずかしい気持ちはあるけど……朱音ちゃんの言う通り、こんな機会二度ないだろうし」
「自分も賛成だな。なんと言ってもリターンが素晴らしいじゃないか。こんなのやるしかないだろう」
どうやら二人とも、完全にやる方向で考えているらしかった。こうなったら、僕が反対意見を述べるのも野暮だろう。僕はこれ以上、何も口は挟まなかった。
「それじゃあ決まりだね! 校長先生、よろしくお願いします!」
「おう。頼んだぞ」
「はい!」
こうして僕たちは、思わぬ形で海外メディアの取材を受けることになった。
僕はただただ、健全な形で献血クラブが世に知られればいいなと思うばかりであった。
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