第14話 新たなる境地(女装)
「やって来ましたぁ! コスプレ当日!」
朝七時、学校の教室にて。
上宮さんは張り切った様子でそう言った。
「いやまあ、あくまでビラ配りがメインだからね? なんかコスプレがメインみたいに言ってるけど」
僕は一応ツッコんでおいた。
ビラ配りに関しては話し合いの末、朝の登校時間が一番良さそうということになった。ちなみにうちの高校は校則がめちゃくちゃ緩いので、制服に着替えさえすれば、仮にメイクをしたまま授業を受けてもなんら問題はない。もちろん僕はビラ配りが終わったらすぐさまメイクを落とすつもりだけど。
そして今ここには、献血クラブの三人の他、コスプレに乗り気の小澤さん、メイクをしてくれる姉さんがいる。衣装に関しては樹木さんがまとめて持って来てくれていた。
「こーくんのお姉さん! 今日はよろしくお願いします!」
「はいよっ! 任せんしゃい!」
上宮さんと姉さんは今日が初対面なのだが、ものの数分ですっかり打ち解けているようだった。二人のコミュ力の高さには感服だ。
「それにしてもフェリシアさんの作った衣装はさすがねぇ。私も見習わなくちゃ」
「師匠の言う通り、本当にすごいな。本職が看護師だなんて信じられないな」
姉さんと小澤さんは机の上に広げられた吸血鬼の衣装を見て感嘆していた。たしかにその出来栄えは素人のものではない。
レディースの衣装は赤が基調とされたショート丈のワンピースに、少々気味の悪い模様が施された黒のマント。メンズの衣装は白いシャツと赤が基調のベストに、同じく黒のマントだった。そしてさらにレディース用の白のニーハイと、メンズ用の黒い杖のようなものまで用意されている。
「お母さんにはみんなの体の大きさとかを伝えたから、一応どれが誰の衣装かは決まってるの。えーっと……」
樹木さんはそう言って手際よく衣装を仕分けていった。
「これが私ので、隣のが真珠ちゃんの。その隣のは孝介くんので、このメンズ用のやつは小澤さんの」
「…………ん? ちょちょちょっと待ったぁ……!」
「孝介くんどうしたの……?」
「ぼ、僕のやつってこ……これ!?」
僕はそう言って樹木さんに言われた自分の衣装を指差した。その衣装はどう見てもレディース用のものだった。
「う、うん。孝介くんの身長に合うメンズの衣装がなくて……。逆に舞ちゃんの身長に合うレディースの衣装もなかったから、孝介くんにレディースの衣装を着てもらって、舞ちゃんにメンズの衣装を着てもらうことにしたの。……嫌だった?」
「自分は全然構わないぞ。ていうかむしろ、自分にはレディースの可愛らしい衣装は似合わないからな。メンズの衣装の方が似合うことは、自分が一番よくわかっている」
小澤さんは納得しているようだったが、僕はどうしても納得しきれなかった。だってそんなの、あまりにも恥ずかし過ぎる。
「ぼ、僕は……」
そうして悩んだいると、突然姉さんが背中を叩いてきた。
「大丈夫よ孝介! あんたにレディースの衣装は全然あり! 大ありよ! この私が保証するから安心しなさい!」
「え、えぇ……」
「そうだよこーくん! お姉さんの言う通りだよ! 絶対メンズより似合うって!」
「メンズより似合うって……それどうなの……」
さすがに男としてはそう言われると悲しくなる。ああくそっ……! 僕にも小澤さんくらいの身長があればっ……!
僕は未だかつてないほど、高校生男性の平均身長に満たない自分の身長を恨んだ。
「とにかく! これであとは着替えてメイクをするだけね!」
姉さんは何やらうずうずした様子でそう言った。どうやら僕に衣装に関してどうこう言う権利はないらしい。
「さあさあ着替えましょう! あ、孝介はもちろん廊下でね」
「はいはいわかりましたよっ」
「よーし! それじゃあ着替え開始!」
姉さんがそう呼びかけたので、僕は泣く泣くレディース用の衣装を持って廊下に出た。朝の廊下はまだ寒く、僕は無意識のうちに体を縮こませる。
さて、もうこうなったら羞恥心などは捨ててやるしかない。いっそこの際、堂々と女装してやろうじゃないか。
僕は廊下に誰も来ないことを切に願いつつ、覚悟を決めて服を脱いだ。
※※※
「真珠ちゃんめっちゃ似合ってる! 可愛いぃぃぃ!」
「そんな……。朱音ちゃんもすごに似合ってて可愛いよ」
「ありがとう! でも……なんかちょっと恥ずかしいかも……」
「舞ちゃんもすごく似合ってる。男の人が着るよりカッコいいんじゃない?」
「樹木さんは褒め上手だな。でもたしかに、これは我ながらに素晴らしい完成度かもしれない」
「みんなっ……! 良い……! すごく……すごく良いよぉぉぉ!」
姉さんの歓喜する声を廊下で聞きながら、僕は廊下で吸血鬼の衣装を身に纏いながら教室に入るタイミングを伺っていた。慣れないショート丈のワンピースを着ているからか、下半身がスースーして気持ち悪い。
このまま廊下にいたら万が一誰かに見られた時に洒落にならないので早く教室へ入りたいのだが、どうも扉を引くのを躊躇している自分がいる。
「こーくーん! もう着替えられたー?」
教室の中から上宮さんが僕のことを呼んできてくれたので、僕は決心して教室前方の扉を開いた。
「ど、どうかな……」
教室に入った瞬間、みんなの視線が一斉に僕に注がれる。そしてそんなみんなの表情は、みるみるうちに緩まっていった。
「こーくん似合ってるじゃん!」
「すごく良いと思う!」
「うむ。やはり見立て通り、君は女装もいけるな」
「孝介! 良い! すごく良い!」
「姉さんさっきから『良い』しか言ってなくない?」
僕は恥ずかし紛れに姉さんのことをツッコんでおいた。しかしながら、やはり恥ずかしさはどうしても拭いきれない。
「僕、ワンピースなんて着たの初めてだよ……。なんかすっごく気持ち悪い……」
「大丈夫大丈夫! すぐ慣れるって!」
上宮さんは僕の方へ近づいて来てどう言うと、僕の全身を上から下まで観察してきた。そんな上宮さんも僕と同じ衣装を身に纏っていて、やはり持ち合わせている素材が素材なだけあってとても可愛らしかった。そして扉付近にいた小澤さんも、やはりそのモデルのようなスタイルはメンズの衣装にばっちりハマっていて、男が見ても惚れそうなくらいカッコよかった。
「ぐぬぬ……男の子なのにこんなに綺麗な足をしやがって……こーくんに嫉妬しちゃいそう」
「あのぉ……そんなに見られるとさすがに……」
あまりに上宮さんが僕のことを観察してくるので僕はどうしようもなくなって目を逸らしたが、そうすると奥の方にいた樹木さんと目が合った。
樹木さんは僕と目を合わせるとすぐに、ワンピースの丈のところを両手で僅かに抑え、頬を赤らめた。いやいや頬を赤らめたいのはこっちだよ……と言いたいところだったが、僕は樹木さんのあまりの可愛さに言葉を失わずにはいられなかった。着ている衣装は僕と上宮さんのものと同じなはずなのに、その流れるような銀髪と、ブルーの瞳を備えた人間離れした顔立ちが相まってか、その姿はどこぞのフランス人形よりも完璧な可愛さを誇っている。そこに顔を赤らめて丈を抑える照れが加わるとなれば、それはもう今にも鼻血が吹き出しそうなくらいだった。
「こーくん真珠ちゃんに見惚れ過ぎぃ。たしかにバチくそ可愛いけどさっ」
「ご、ごめん……」
上宮さんに指摘され、僕はすぐさま樹木さんから目を逸らした。それでもしばらくの間、瞳に樹木さんの吸血鬼姿が焼き付いて離れない。それくらいの衝撃だったのだ。
ここで姉さんが仕切り直すように手をパチンと叩いた。
「さて! みんな衣装も着れたことだし、こっからは私の出番ね! 順番にメイクしていくから、そこの椅子に座ってね! じゃあまずは……朱音ちゃんから!」
「はいはーい!」
最初に姉さんに呼ばれた上宮さんは、姉さんが家から大量に持って来たメイクセットが置かれている机の前に座った。
残された僕と樹木さんと小澤さんは、微妙に話しにくい空気の中メイクの順番をただただ待っていた。
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