第12話 非現実的なお話

 「ちょ、ちょっと整理させて! えーっとつまり……真珠ちゃん……というか吸血鬼は、生命活動を維持するために人間の血を摂らないといけない。これで合ってるよね……?」

 「うん」


 上宮さんの問いに樹木さんが頷いて返すと、なおも上宮さんは小難しそうな顔で続ける。


 「だけど真珠ちゃんは人間と吸血鬼のハーフだから、普通の吸血鬼と同じように血を摂ってもうまく体内に吸収されない……と」

 「原因はわかってないんだけどね」

 「そこでこーくんの血を飲んだら、これがびっくり、みるみる体調が良くなったんだよね……?」

 「……うん」

 「……ねえ、こーくん」

 「はい……?」


 急に名前を呼ばれたかと思うと、僕を見る上宮さんの目が細くなっていることに気がついた。


 「……君は一体何者?」

 「普通の人間だよ! でもまあ……強いて言うなら……」

 「強いて言うなら……?」

 「僕は『多血症』っていう病気を患っているんだ」

 「たけつしょう……?」


 そういえば上宮さんにも小澤さんにもこのことはまだ話していなかった。いい機会だし、この際全て話しておこう。


 「『多血症』っていうのは簡単に言うと、血液中の赤血球の量が普通よりも多い病気のことなんだ。特段命には影響ないんだけど、過度な運動とかはなるべく控えないといけない。あと、月に一回病院で血を抜かなきゃならなかったりもする」

 「そうだったんだ……。知らなかったよ……」

 「もっと早く言っておけばよかったかもしれないね。……でも大丈夫。健康面で特に危機的な状態に陥ったことはないから」


 すると小澤さんが悩ましげな顔を見せてくる。


 「もしかしてだけど、君の患っているその『多血症』っていうのが、樹木さんが君の血を飲んで体調が良くなった一つの要因として考えられたりするのかい?」


 小澤さんは鋭い質問を投げかけてきた。どうやら勘が良いらしい。


 「多分そうだと……僕は思ってる。もちろん何か確証があるわけじゃないけど」

 「なるほど……。つまりどっちにしろ君は、樹木さんにとってはなくてはならない存在なわけだね?」

 「そういうことに……なるのかな」


 ここでなんとなく樹木さんの方に目をやってみると、樹木さんはどこか申し訳なさそうにしていた。そんな光景を目の当たりにして、僕は少なからず使命感に駆られる。


 「僕は樹木さんが普通の生活を送るためなら、できる限りのことをしようと思ってる。できる限りのことっていうのは……例えば僕の血が必要になった時に血を提供するとか、そういうこと。僕もまさか自分の血が誰かの役に立つなんて思ってなかったから、今は前より自分の血に対して誇りを持っているんだ」


 自分で言っていて大袈裟過ぎるようにも思えたが、それを聞いていた三人は感心した目で僕を見ていた。


 「ひゅーひゅー! こーくんカッコいいぃ!」


 上宮さんがからかってきた。


 「友達のために血を差し出すなんて……まるでヒーローみたいだな」


 小澤さんもニヤついた顔で言ってきた。


 「孝介くん……本当にありがとう。……朱音ちゃんと舞ちゃんも、本当にありがとう。こんなあり得ないような話を真剣に聞いてくれて」


 礼を言う樹木さんの表情は安堵に満ちているように見えた。まあそうなるのも無理はない。今回の告白は、樹木さんにとって一世一代レベルのものなのだ。


 しかしながら上宮さんと小澤さんは、そこまで深刻に樹木さんからの告白を受け止めているというわけではなさそうだった。だけどむしろそうやって楽観的に受け止めてくれた方が、樹木さんにとっては良かったような気もする。なんにせよ二人の器の広さには救われた。


 「よーし! せっかくだしさ、今から真珠ちゃんの新たなる一面を知れた記念として、みんなで何か美味しいものを食べに行こうよ!」


 突然上宮さんがそんな提案をしてきた。一体何が『せっかく』なのかはわからないが、まあ上宮さんのことだ。ただみんなで美味しいものを食べに行きたいだけだろう。


 「お、いいじゃないか。それなら最近駅前にできたパン屋とかどうだい? なんでも、そこのいちごクリームメロンパンが女子たちの間で人気らしい」

 「なにそれ! 食べたい食べたい!」


 小澤さんの意見に、上宮さんは食いつくように賛同した。てっきり小澤さんはコスプレにしか目が無いと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。小澤さんだって女子高生なのだ。


 「いいね。樹木さんはどう?」


 僕が尋ねると、樹木さんは笑顔で頷く。


 「うん、行きたい!」

 「じゃあ決まりだね」

 「それじゃあレッツゴー!」


 上宮さんの威勢の良い掛け声とともに、僕たちは揃って教室を後にしていった。


 教室から下駄箱へ向かう途中、ふと樹木さんが僕の制服の裾を引っ張ってきたので横を見ると、そこには嬉しそうでもあり、ちょっぴり照れ臭そうでもある樹木さんの姿がった。


 「打ち明けてよかった」



※※※



 「いちごクリームメロンパンめっちゃおいしかったね! ほっぺたが溶け落ちそうだったよぉ!」

 「私、あんなメロンパン食べたの初めて」

 「うむ。女子高生の間で流行るのも納得だな」


 例のいちごクリームメロンパンを店前で食べ終えた僕たちは、駅までの道のりを歩きながらそれぞれ感想を言い合っていた。三人の感想は概ね『甘くて美味しかった』というものだった。


 「こーくんはどうだった?」

 「うーん、僕にはちょっと甘過ぎたかな」

 「えー、私はあれくらいの甘さがちょうど良いんだけどなぁ。私たちは舌がまだお子様なのかなぁ?」

 「まあでも、お茶かコーヒーとかと合わせればいけると思う」


 なんてちょっぴり大人ぶってはみたものの、実際僕はブラックコーヒーもまだまともに味わえない。


 「なんか大人だなぁ。……あっ、緑茶ならあるけど飲む? 飲みかけだけど」


 上宮さんはそう言ってリュックサックのポケットにしまっていた飲みかけのペットボトルを差し出してきた。いくら友達でも、異性の飲みかけをいただいていいものなのだろうか……。


 「なーんてねっ。私は男の子に易々と飲みかけを差し出すような、いやらしい巧妙な女の子じゃなーいよっ。期待させちゃったぁ?」

 「とか言ってる時点で巧妙な女の子だと思うけど」

 「てへっ」


 それから上宮さんはそのペットボトルの緑茶を一口飲んだ。まったく、隅に置けない女の子だ。


 「朱音ちゃんって、なんかすっごくモテそうだよね」

 「はい?」


 樹木さんが突然そんなことを言った。上宮さんは意表をつかれたような顔をした。


 「だって朱音ちゃんすごく可愛いし、言動とかの一つ一つがなんかこう……女子高生として洗練されているというか……」

 「せ、洗練……!?」

 「樹木さんお見事、朱音はたしかにモテモテだぞ」

 「ま、舞ちゃーん!?」

 「小澤さん、詳しく」

 「こーくんまで! 私はそんなんじゃなーい! なんならまともに話せる男の子、こーくんくらいしかいないし!」

 「よかったな、君は朱音に唯一認められた栄誉ある男だ」

 「恐縮です……」

 「もうぅ……栄誉なんて大げさ過ぎぃ……」


 からかわれている上宮さんを見たのは初めてだったが、顔を赤らめているその姿は、やはり少なからずクルものがあった。


 ……とまあ、そんな感じで話をしながら駅までの道のりを歩いていた——その時だった。


 「……ん? あれって、姉さん……?」


 交差点で信号待ちをしていると、道路を挟んだ向こう側にお馴染みの前掛けエプロンをして酒の入ったケースを持っている姉さんらしき人の姿が見えた。その隣にはもう一人、同じ『神谷酒店』の前掛けエプロンをしている銀髪の大柄な男性の姿も見える。


 「孝介くんどうしたの……?」

 「いやあれって……」


 樹木さんが訝しげな顔で尋ねてきたので、僕は道路の向こう側を指差して状況を伝えた。


 「孝介くんのお姉さん? まって……隣にいるのって……」

 「ストイアン……だよね」


 するとそんな僕と樹木さんの様子を見た上宮さんが不思議そうに見てくる。


 「二人ともどうかしたぁ?」

 「い、いや……ちょっと知り合いが目に入って……」

 「知り合い……?」

 「し、師匠!?」


 どうやら小澤さんは前方にいる姉さんの姿に気がついたようで、おもむろに声を上げた。


 「師匠……? ああ! こーくんのお姉さんか!」


 師匠と聞いて、上宮さんもピンときたらしい。


 やがて信号が青に変わると、僕たちと姉さんたちの距離はみるみる近くなっていった。そしてしばらくしないうちに姉さんも僕たちのことに気がついたようだった。


 「あれ! 孝介じゃん! 女の子三人を引き連れて闊歩するなんて、まったくあんたも隅に置けない弟ね」


 交差点の真ん中ですれ違いざまにそんなことを言われ、僕は顔をしかめずにはいられなかった。


 「うるさいうるさい。てか、ここまで来るなんて珍しいね」

 「まーね。お客さんがこの辺りに結構いるから。あ、そういえば彼、結局うちで雇うことになったから」


 姉さんが言うと、隣にいる銀髪の大柄な男——例の居候吸血鬼はペコリと頭を下げた。


 「じゃあまた」

 「うん」


 場所が交差点のど真ん中ということもあって、やり取りはすぐに終わった。


 「お姉さん! コスプレの件よろしくお願いします!」


 かと思ったら、上宮さんが去っていく姉さんの背中に向かってそう言った。姉さんはそれに対して片手を上げて応える。


 やがて交差点を渡り終えると、上宮さんが興味津々な眼差しで僕の方を見てくる。


 「ねえねえ! お姉さんの隣にいた人って、彼氏さんとか!?」


 そんなことだった。


 「違うよ。あの人は……ただのバイトさん」


 僕が言うと、小澤さんが何か思い出したような顔をした。


 「そういえば聞いたぞ。あの新入り……たしかストイアンという名前だったと思うが、樹木さんと一緒に住んでいるらしいじゃないか」

 「ええ!? そうなの!? ということはあの人ってもしかして……」


 上宮さんから期待の眼差しを向けられた樹木さんは、少したじろいでから恐る恐る答える。


 「……う、うん。あの人は吸血鬼だよ。本物の」


 樹木さんの言葉を受けた上宮さんと小澤さんは、揃いに揃って驚きのあまりうまく言葉を紡ぎ出せていなかった。

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