第三章 馬鹿になれるやつは青春を制す
第11話 転校生の正体
姉さんとの樹木さん宅訪問は興奮冷めあらぬという感じで終わり、僕はその帰り道、ひたすら姉さんからフェリシアさんの凄腕について聞かされた。
姉さんいわく、フェリシアさんの仕立て技術は本当に凄まじいらしい。
僕も実際にフェリシアさんが作った衣装を数点見させてもらったが、それはまるで素人が作ったものとは思えない代物だった。フェリシアさんは独学だと言っていたが、とても信じられなかった。
そして例の居候吸血鬼——ストイアンに、姉さんが実家の酒屋のアルバイトを勧めたことについては、どうやら本当にストイアンを雇うという方向で話を進めているようだった。
ストイアンは終始顔を渋らせていたが、姉さんの熱意には歯向かうことができなかったようで、結果的には押し切られてしまったらしい。
……とまあそんな感じで、姉さんとフェリシアさんたちの関係は、これからも続いていきそうだった。
何よりこれで、姉さんが迫り来る献血クラブのコスプレに力を貸してくれることになり、献血クラブとしては目標達成だ。
——しかし、コスプレをする前にすべきことがある。
上宮さんと小澤さんに、樹木さんが吸血鬼と人間のハーフであることを打ち明けるのだ。
これは他の誰でもなく樹木さんが決めたことなので、僕がどうこうするようなものでもない。……それでもやはり、打ち明ける事実を知る数少ない友達としては気が気でなかった。なんせ打ち明ける内容が内容だ。いくら器の広い二人とはいえ、少なからず驚くのは間違いないだろう。
——ただ、僕は信じている。
二人は必ず、樹木さんのことを受け入れてくれるだろうと。
※※※
帰りのホームルームが終わると、僕は後ろの席に座る樹木さんから背中を突かれた。
振り向くとそこには、緊張した面持ちの樹木さんがいる。
「……ついにだね」
そう、今日はこれから上宮さんと小澤さんに、樹木さんが吸血鬼と人間のハーフであることを打ち明けるのだ。
上宮さんと小澤さんには、コスプレのことで相談があると言って、放課後に教室へ呼び出している。
あいにく二人は揃って掃除当番だったので、僕と樹木さんは掃除が終わるまで二人で待たなければならなかった。
「緊張してる?」
「……うん」
僕が尋ねると、樹木さんは口元を閉ざしたまま小さく頷いた。
とりあえず気を紛らわしてもらうためにも、僕は樹木さんに笑いかける。
「大丈夫だよ。僕が樹木さんのこと受け入れられたんだから、二人だってきっと受け入れてくれるさ。さすがに二人も最初は驚くだろうけど、少なくとも怖がられたりすることはないと思う」
「そうかなぁ……」
依然として心配そうな顔をする樹木さんに、僕はなおも語りかける。
「ていうか心配すべきところは、いかに騒ぎ立てずにいてもらうかだよ。上宮さんとか特に騒ぎ立てそうだもん。あんな好奇心旺盛な女の子そうそういないからね」
「ふふっ、たしかにそうかも」
ようやく樹木さんが笑顔になってくれた。
いくら重大な打ち明け話だったとしても、打ち明ける側が前向きでないことには伝えるべきことも伝えられない。今僕にできることは、樹木さんを前向きな気持ちへさせることだろう。
「……私、頑張ってちゃんと話すね」
「うん! その調子!」
思えば、僕が吸血鬼のことを打ち明けられた相手は、樹木さんではなくフェリシアさんだった。なので樹木さんにとって自分の素性を自分の言葉で打ち明けるのは、今回が最初の機会ということになるだろう。これは樹木さんの人生において、とても大きな一歩となる出来事なのかもしれない。
それから僕たちは上宮さんと小澤さんが掃除を終えて教室へやって来るまで、他愛のない話をしながら過ごした。
話の中では、ふとあの居候吸血鬼——ストイアンの話題にもなった。
どうやらストイアンは僕の予想通り、家ではまさしくニートをしているらしい。
樹木さんは困ったような顔をしながらストイアンのだらしないエピソードを語っていたが、ストイアンの話をしている時の樹木さんの表情は、心なしかとても晴れやかに見えた。よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。
しかしながらこの機に及んで場の空気を和ませてくれるエピソードを提供してくれたストイアンには、少なからず感謝しなければならないのかもしれない。ニート吸血鬼に幸あれ。
そんな感じで時間はあっという間に過ぎていった。
やがて掃除を終えた上宮さんと小沢さんが、立て続けに教室へと入ってくる。
「おーまたー」
これは上宮さんなりの「お待たせー」だ。
「なんだいなんだい! コスプレのことで相談があるって! もしかして、こーくんも男装じゃなくて女装をしてみたくなったとか!?」
初っ端から本当にテンションの高い女の子だ。
「違うわ! そんなくだらないことじゃないから!」
僕は上宮さんのハイテンションに負けじと反論した。
すると小澤さんがいきなり僕の全身を舐め回すように見てくる。
「むむむ……よくよく見れば君、意外と女装してもいけるのではないか……? やはり師匠の遺伝子を受け継いでいるだけあって、顔立ちは申し分な……」
「いやいやいや! 何を真剣に吟味してるんだよ! 僕は女装なんてしない! 絶対しない!」
僕は手で全身を隠し、おもいっきり拒絶した。
「そうかぁ……。それは残念だ……」
小澤さんは絵に描いたように肩を落としていた。
「……って! そんなことはどうでもよくて!」
僕は我にかえり、話を振り出しに戻す。
さて、本題に入ろう。
「今日はコスプレの相談ってことで二人にここへ来てもらったけど、ごめん。それは嘘なんだ」
僕が告げると、案の定上宮さんは「ええぇ!」と言って驚いていた。小澤さんも訳がわからないといった様子で立ち尽くしている。
「もちろん嘘をついたのには理由があるんだよね、こーくん?」
上宮さんが尋ねてきた。理解が早くて助かる。
「ああ、もちろん」
……さあ、ここからは樹木さんにバトンタッチだ。
「樹木さんから、二人に言わなければいけないことがあるんだ」
僕はそう言って樹木さんの方へ目をやった。
樹木さんは一度僕を見てから頷き、ついに口を開く。
「私から、二人に告白しなきゃいけないことがあるの」
樹木さんの言葉に、上宮さんも小澤さんも特に聞き返すことなく頷いた。
いつもなら、「告白ぅぅぅ!?」とか言って上宮さんがツッコんできそうなものだが、今回ばかりは樹木さんの真剣な表情と声のトーンから、その重大さを悟ったのだろう。二人は揃って真剣な眼差しを樹木さんに向けていた。
「今から私が言うことは、ものすごく現実味のないことで、簡単に受け入れられるような話じゃないと思う。……それでも、二人には受け入れてほしいの」
そして樹木さんは満を辞して告白する。
「実は私……吸血鬼と人間のハーフなの」
告げられると、教室には沈黙が流れた。
その沈黙は十秒間くらい続いた。
「な、なるほど……」
沈黙を破ったのは小澤さんだった。
小澤さんは腕を組み、さっき僕のことを凝視してきたみたいに樹木さんの全身に目を通す。
やがて一通り目を通し終えた小澤さんは、腕を組んだまま大きく二回頷いた。
「美しい銀髪にブルーの綺麗な瞳。滑るような白い肌と線の細い体型。それによくよく見れば綺麗でキュートな八重歯まで……うむ。吸血鬼とのハーフであっても、何ら不思議ではない」
小澤さんは樹木さんの容姿の特徴を上げ連ね、樹木さんが吸血鬼と人間のハーフであることに納得していた。
あまりの予想外な展開に、僕も樹木さんも呆気に取られる。
「真珠ちゃんが、吸血鬼と人間のハーフ……。正直何がなんだかさっぱりわからないけど、なんか納得しちゃうかも……。真珠ちゃんが嘘を言ってるなんて思えないし……」
どうやら上宮さんも、樹木さんが吸血鬼と人間のハーフであることに納得しているらしい。
「二人とも、信じてくれるの……? 私が吸血鬼と人間のハーフだってこと……」
樹木さんが恐る恐る尋ねると、上宮さんと小澤さんは二人して目を合わせた。
「だってねぇ……こんな絶世の美少女、普通の人間から生まれるとは到底思えないしなぁ……」
そんな小澤さんに続いて、上宮さんも樹木さん方を向いてから口を開く。
「私は信じるよ。真珠ちゃんの言ってること。……もちろん聞きたいことはたくさんあるけど、まあそれはのちのち知れればいいかな」
二人の言葉を受けて、樹木さんは感極まっているようだった。僕も思わず感激してしまう。
「信じてくれて……ありがとう……」
そう言う樹木さんの瞳は、喜びに満ちているように輝いていた。
「当たり前じゃん! 友達なんだから!」
「朱音ちゃん……」
「そうだぞ。一緒にコスプレをして、恥を晒す仲間じゃないか。むしろ自分は、友達が吸血鬼とのハーフだと知ってワクワクが止まらないぞ」
「舞ちゃん……」
小澤さんの感性には少々疑問を抱くべきな気もするが、今の樹木さんにそんな余裕はないようだ。
……するとここで、なぜか上宮さんが頬を膨らませながら怒ったように僕のことを見てくる。
「そんなことよりっ——!」
「は、はいぃ?」
あまりに突然のことだったので、僕は無意識に顔を硬直させてしまう。
「なんでこーくんは真珠ちゃんが吸血鬼と人間のハーフであることを、私たちより先に知ってるのさぁぁぁ!」
……た、たしかに。
ごもっともだった。
「こ、これには訳がありまして……」
これはどうも、ちゃんと事情を説明する必要がありそうだ。
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