第94話 ポテト・ヘッド蒼太

 停留所でバスを降りた俺と優香は、いつ雨が降り出してもおかしくない分厚い雲が垂れ込める中、俺の家に向かう前にまずは近くのスーパーへと足を向けた。

 親に貰っていた食事代を使って、食材を購入するのだ。


「冷蔵庫とか食料庫に何があるかとかは分かる?」


 歩きながら早速、本日の料理長であらせられる優香シェフが、紺野家にある食材を尋ねてきた。


「えーと……ちょっと分からないな」


 しかし俺はそれにまともに答えることができなかった。

 正直なところ、男子高校生ほど家にある食材についてうとい人間はいないと思うんだ。


「一回蒼太くんのおうちに寄って、何があるかを確認してからの方がよかったかもね」

「段取り悪くてごめんな。今から一回うちによるか?」


「ううん、これはこれで楽しいし。想像力を働かせる余地があるっていうか。ふふっ、腕の見せ所だね」


 自分ちの冷蔵庫の中身すら把握していないジャガイモ頭――英語のスラングでアホのことをポテト・ヘッドと言うらしい。この前、英語の授業で先生が言っていた――な俺を前に、だけど優香は呆れる様子もなく、むしろ楽しそうに見える。


 優香の優しさと、こういう前向きなところは本当に素敵だよな。

 俺も見習わないとだ。


「でもちょっと待ってくれな。頑張って思い出すから。えーと……たしか台所にジャガイモがあった気がする。あと玉ねぎとニンジンも一緒に置いてあったような」


「ふんふん、根菜は結構ある感じだね」

「後は玉子やチーズ、牛乳とか一般家庭に普通にありそうなのはあると思う」


 それでも俺はおぼろげな記憶からなんとか引っ張り上げて、我が家の食材事情について優香に報告した。

 ポテト・ヘッドという言い回しからジャガイモがあることを思い出したのは、もちろん内緒だ。


「じゃあ冷凍食品はどうかな? さっき買い置きの冷凍食品があるって言ってたよね?」


「冷凍食品はバスタと餃子とハンバーグがあるって、母さんが言ってたはずだ」

 実は言われただけで実際に見て確認はしていないんだけど、まさか母さんも嘘はつかないだろう。


「その辺りは冷食の定番だもんね。美月もハンバーグが好きだから、あんまり時間がない時は冷凍ハンバーグをアレンジして出してるんだよねー」


「ははっ、ハンバーグが好きだなんて子供らしくて可愛いな」

 俺は目を輝かせながらハンバーグをパクパクと食べる美月ちゃんを想像して、なんともほっこりしたのだった。



 食材について話しているうちに、スーパーに到着した。


「さーてと。なんとなく献立のイメージはできたかな。必要なものもそんなになさそうだから、ちゃちゃっと買い物を済ませちゃうね」


 優香が胸の前で、可愛らしい小さなガッツポーズをする。


「ならカゴ持ちは俺に任せてくれ。カートも持ってきた方がいいか?」

「そんなにたくさんは買わないと思うからカートはなくてもいいけど、あったほうが楽は楽だよね」


「だよな。じゃあカートも持ってくる」

 文明の利器は使わないとだ。

 俺はカートに買い物カゴを載せると早速、優香と一緒に買い物を始めた。


 既に頭の中に何を買うかのプランができているのだろう。

 優香はソーセージやブロッコリー、レタス、パプリカといった食材をテキパキと購入していく。


「優香ってこのスーパーに来たことあるのか? 優香の家からはかなり遠いよな?」


 たしか優香の家の辺りには別のスーパーがあったはずだから、ここに来ることはまずないと思うんだけどな。

 あまりにも優香の手際が良かったので、つい気になって尋ねてみた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る