第93話 新婚さんがイチャついているみたいな蒼太&優香

………………

…………

……


「蒼太くん、そろそろ起きよ?」


 降りる予定の蒼太くんのお家の停留所が近づいてきたので、私は隣で眠っている蒼太くんを起こすべく、そっと声をかけた。


「……」

 しかし蒼太くんから反応はない。


「蒼太くん、蒼太くん」

「zzz……」


「蒼太くん、そろそろ起きて?」

「うーん……むにゃ……」


 なかなか起きてくれない蒼太くん。

 かなり深く寝入ってしまっているようだった。


「ねぇ蒼太くんってばぁ。もう着いちゃうから起きないとダメだよ? 乗り過ごしちゃうよ?」

「すー、すー……」


「蒼太くん、蒼太くんってばぁ」

「うにゅ、あと5分だけ……」


「5分もしたら停留所を乗り過ごしちゃうよぉ」

「むにゃぁ……」


 うーん、だめだ。

 ぜんぜん起きてくれないよ。


 ゆさゆさ。

 私は寝ている蒼太くんの身体を勝手に触ることに少しだけ躊躇ちゅうちょしてから、これは『乗り過ごさないためには仕方がないこと』だと自分に言い聞かせると、蒼太くんの身体を軽く揺すってみた。


「起・き・て? ね?」

「ふぅん……はぅん……すー、すー……」


 うーん、身体を揺すっても起きないだなんて。

 テスト勉強の頑張り過ぎで、疲れているんだろうなぁ。

 だけどこのままだと本当に乗り過ごしてしまう。


「どうしよう、全然起きてくれないし……よーし、こうなったら。ちょっとだけごめんね蒼太くん……フぅッ!」

「ひぁぁんっ!?」


 私のフーフー作戦(美月が時々するいたずらで、効果はよく知っている)によって、蒼太くんは可愛らしい声を上げるとともに、身体をビクンと跳ねさせながら大きく目を見開いたのだった。



~優香SIDE~ END



 ぐっすりと気持ちよく眠っていた俺は――突然、耳になんとも言えないぞわぞわとした快感を感じてしまい、


「ひぁぁんっ!?」


 まるで喘ぎ声のような情けない驚き声を上げると同時に、身体をびくりとさせながら眠りから一気に覚醒した。


 な、なになに!?

 何が起きたんだ!?

 背筋をいいようのない快感が駆け上っていったんだけど。


 俺がいったい何が起こったのかと慌てて左右を見渡すと、優香と目が逢った。


「あ、やっと起きてくれた」

 優香が嬉しそうに微笑む。


「えっと、優香?」

「おはよう蒼太くん。よく眠れた?」


「眠れた、って……ああそうか。俺、疲れて寝ちゃってたのか」

 まだ少し寝ぼけている頭に、寝落ちする直前の記憶が蘇ってくる。

 俺はバスの座席に座ったと思ったら、すぐに眠り込んでしまったのだ。


「席に座ったと思ったらもう寝てたんだもん。寝つきの良さにびっくりしちゃった」

 ふふっと優香が小さく笑う。


「優香をほったらかしで寝ちゃって、ごめんな。マジでほんと、どうしようもないくらいに眠くてさ」

「ううん全然。おかげで蒼太くんの寝顔も見れたしね」

「うぐ、間抜けづらを晒しちゃって申し訳ない」


 もし俺がアイドルのようなイケメンだったら、優香も寝顔を見ていても飽きなかっただろうけど、なにせイケメンとは程遠い俺だ。

 俺の寝顔を見ても優香にはなんの楽しみもなかっただろう。


「そんなことないってば。すごく可愛らしい寝顔だったし」

「そ、そうか?」

「うん、ずっと見ていられそうだったもん」


 お、おい優香。

 そんなに嬉しそうに言うなよな?

 寝顔を見られたってだけでも恥ずかしいのに、さらに嬉し恥ずかしさが加わって、胸の奥がぴょんぴょんしちゃいそうになっちゃうだろ?


 俺は『優香って俺のことまんざらでもないと思ってるんじゃね?』などという失敬な勘違いをしそうになる心を収めるべく、話を変えることにした。


「でも何をしたんだ? 耳の辺りがぞわぞわってしたんだけど」

 優香が何かしたのは間違いないが、いったい何をしたんだろうか?


「もうすぐ降りるのに蒼太くんがなかなか起きてくれないから、強硬手段で耳に息を吹きかけました。耳元に口を寄せて、フゥッ!って」


「そういうことか」

「ごめんね、無理やり起こしちゃって」


「いや、降りないといけないのにいつまで経っても起きない俺が悪いから、そこは気にしないでくれ」

「そう言ってもらえると嬉しいな」


 でもそうか。

 優香に耳元で息をフッってされちゃったのか。


「なんか新婚さんがイチャついているみたいで、めちゃくちゃ恥ずかしいな」


 俺は寝ていたから記憶がないが、優香も相当恥ずかしかったに違いない。

 昼間の乗車数が少ない時間だったのがまだ救いか?


「し、新婚さんって、もう……」


 すると、新婚さんというワードに反応した優香が、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 おっと、こんな言葉を口走ってしまうなんて、どうやら俺はまだ寝ぼけているようだ。


 何と言って話を続けたものかと考えだしたところで、バスが我が家最寄りの停留所に到着して、俺は優香と一緒にバスから降りた。


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