第89話 ~~この間わずかに1秒~~

 だってこの状況、もうそれ以外に考えられないよな?

 でもでも、なんで優香が俺にキスを?

 優香は心配な男の子にはついキスしちゃいたくなるような、いけない女の子だったのか?

 もしかしてキス魔なのか!?

 キス大好きっ子なのか!?

 そして間近で見ると、優香が美少女過ぎる(今さらだけどな)!

 長いまつ毛。

 透きとおるような肌。

 プリプリとした色艶いろつやのいいリップ。

 なんだかいい匂いもしてきたし。

 なにより突然の展開に、胸のドキドキが抑えきれない。

 暴れ出しそうなほど大きな心臓の音を4、優香に聞かれてしまうんじゃないだろうか?

 顔がカァっと熱くなっていくのが分かる。

 でも待って欲しい!

 そんないきなりキスしましょとか言われても(いや、言われてはいないか?)、俺、まったく心の準備ができてないんだけど!?

 そりゃもちろん優香にキスされたら嬉しいしかないんだけど、拒む理由とかないんだけど!

 でもそれとこれとは話が別っていうか!

 げっ、そういや俺、鼻毛とか出てないかな?

 ここ最近はテスト勉強に全力振りきってたから、少し身だしなみがおろそかになってたんだよな(もちろん風呂には毎日入っているし、毎朝顔も洗っているぞ?)。

 でももう確認できないし、そもそもなんで優香は突然、俺にキスをしようとするんだ?

 もしかして俺のことが好きとか――


~~この間わずかに1秒~~


 こつん、と俺のおでこに優香のおでこが優しく触れた。


 キス、優香とキス――、


「――え?」

 おでことおでこが、こんにちは?

 ……あれ?


 優香の柔らかな息づかいを感じるが、それだけだった。

 お互いの吐息が交じり合うような距離。

 文字通り目と鼻の先に優香の顔があるけど、それだけ。

 一瞬、わずかに俺と優香の鼻の先が触れ合ったけど、だけどすぐに離れてしまった。

 なにより、唇が交わるようなことは――なかった。


 優香はしばらくそのままの体勢でいてから、


「うーん、ちょっと熱っぽいかも?」

 そう言いながら、俺のおでこから自分のおでこを離した。


「そ、そういうことかぁ……はぁ」

 緊張感が解けた俺は、盛大にため息をついた。

 その意味するところは残念な気持ちが半分、ホッとした気持ちが残りの半分だ。


「そういうことって?」

「そりゃもちろん――」


 キスされるのかと思ったのだと危うく最後まで言いかけたところで、俺はなんとか後の言葉を言わずに飲み込んだ。


「もちろん?」

 にこやかに俺の言葉の続きを待つ優香。


 優香は俺の体調を心配してくれたっていうのに、キスをしてくるのかと勘違いしたとはまさか言えず、


「な、なんだろう。何を言おうとしていたのか忘れちゃったな、あはは……」


 俺は忘れたことにして誤魔化した。

 ちょっと強引だけど仕方ない。


 あと熱っぽかったのは俺がドキドキしていたからだな。

 これも言わない――というか言えないけど。

 

「話そうとしていたことを忘れちゃうだなんて、蒼太くんやっぱり疲れてるんだよ。うん、だったら今日は遊びに行かずに、ご飯をいっぱい食べて、家でゆっくりと休養してね?」


「そうさせてもらうよ。今日は親もいないしさ。一人でゆっくりすることにする」


 しかし何気なく言ってしまった俺のその一言が、優香を余計に心配させてしまうことになる。


「え、今日は蒼太くんのご両親、おうちにいないの? 蒼太くんって兄弟はいないって言ってたよね? じゃあ家に蒼太くん一人だけってこと?」


 優香がそれはもう心配そうな顔をして聞いてきたのだ。


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