第82話 俺は美月ちゃんのあのね帳を発見した。
「ほら。さっき選挙カーが家の前を通っただろ?」
「うん。なんとかカナタさんの」
「そうそう、そのなんとかカナタさん。ちょうどあの騒音で、美月ちゃんがドアを開ける音とか階段を上がる音が、全部かき消されちゃったんじゃないかな?」
タイミング的にはドンピシャのはずだ。
「あ、なるほどね~」
俺の推理に納得してくれたのだろう、優香が胸の前でポンと軽く手のひらを合わせた。
優香が時々見せるこの動作、ちょっと子供っぽいのが妙に可愛いよな。
小さい時からの癖か何かなのかな?
それはそれとして。
この外的要因が美月ちゃんをミッション成功へと導いたのだろう。
運がいいのか、それとも運を自ら引き寄せるのか。
どちらにせよ、ある種の『持ってる』子なのかもしれないな。
勝利の女神と言ってもいいかも。
「でもさ、日本の選挙ってなんであんなにうるさいんだろうな」
「すごいよね。ひたすらずっと、自分の名前を大声で連呼しているんだもん」
呆れたようにボヤいた俺に、優香も苦笑しながらうなずく。
「テスト直前に集中している時にあれをやられたら、ちょっとイラっとしちゃいそうだ」
「ふふっ。それ、私もちょっと思ったり」
ま、とりあえず言えることは、だ。
近々俺が18歳になって選挙権を得ても、あのやたらとうるさいだけの『なんとかカナタ』ってヤツには絶対に投票しないからな!
とまぁこうして、『俺と優香が付き合っているのでは?』という美月ちゃんの勘違いを解くことに成功した俺と優香は、
「あの! 美月も、おねーちゃんと蒼太おにーちゃんと一緒にお勉強をしたいです」
美月ちゃんのたっての希望もあって、今度は3人で勉強することにした。
すっかり3人で
といっても、ここからは美月ちゃんの宿題を見守る感じで、俺たちの勉強は半分遊びみたいなもんだったけど。
ま、まだもう少しテストは先だから、そこまで気張るもんでもないわけで。
いったん自分の部屋に戻ってからランドセルごと持って戻ってきた美月ちゃんが、その中から教科書やノートを取り出す。
「美月ちゃんは何の勉強をするんだ? 宿題かな?」
「はい。今日の宿題は、今日習った漢字を百字帳に10回ずつ書くのと、計算ドリルを1ページするのと、国語の教科書の音読です」
「百字帳に計算ドリル、それに音読か。懐かしいなぁ。優香も懐かしくないか?」
「私は時々美月の宿題を見てあげてるから、実はあんまりかな?」
「そっか、優香は普段から面倒見がいいもんな」
「いつもいつもってわけじゃ、ないんだけどね。見てあげるって言っても、分からないところを教えたり、洗濯物を畳みながら音読を聞いてあげたりするくらいだし」
優香はそう謙遜するものの、洗濯物を綺麗に畳みながら美月ちゃんの音読を聞いてあげる優香の姿を想像すると、俺はなんともほのぼのとした気持ちになってしまうのだった。
そんなことを話していると、ふとランドセルの中から半分飛び出していた1冊のノートに目が行った。
「これってあれだよな――」
「あのね帳ですね。先生と、作文でお話するんです」
「そうそう、あのね帳って名前だったな。これも懐かしいな。俺も子供の頃に毎日書いたよ」
「ふふっ、私も毎日書いたなぁ。『先生あのね、』で書き始めるんだよねー」
自分の小学校時代を思い出したのか、優香が楽しそうに笑う。
「そうそう、その書き出しでいつも始めるんだよな」
「ケーキを作ったとか、遊びに行ったとか、日記みたいに書くんだよね。ねぇねぇ、蒼太くんはどんなことを書いていたの? 何かあのね帳の思い出とかあったりする? 良かったら聞かせて欲しいな?」
優香がなんともワクワクした顔で尋ねてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます