第27話「俺は優香が好きなんだ!」

「じゃあ早速やりましょうか。設定は決まったけど、場面はどうするのかしら?」


 自然と俺たち3人の中でまとめ役になりつつある優香が、テキパキと話を進めていく。


「えっとですね。まずはおねーちゃんが、不倫相手なのに美月たちの家まで乗り込んできて、宣戦布告をして修羅場になるシーンからです」


「お、おう……。導入とかすっ飛ばして、いきなりハードなシーンからなんだな」

「面白いところをやるのが一番楽しいですから」


「心の底からなるほどだな。その意見に異論はないよ」

「それじゃあおねーちゃん、お願いしますね」


「わ、分かったわ……こほん」


 優香は軽く咳ばらいをしてのどの調子を整えると早速、演技を始めた。


「美月、よく聞きなさい。蒼太くんは私と愛し合っているの。私のことが好きなの。だから美月は諦めてさっさと離婚しなさい」


 洗濯ものを畳みながらいつもドラマを見ているというだけあって、優香のセリフは実に流暢だ。

 パッと言われてすらすらとセリフが出てくるあたり、多分何かのドラマのセリフそのままなんだろうけど。


 でもすらすらと言ったわりに、頬がまっ赤に染まっているところを見ると、『愛し合っている』なんてセリフを言うのはかなり恥ずかしいみたいだ。

 俺が相手だから――なんて勘違いを、もちろんしたりはしない。

 年頃の高校生なんだし当然だろう。


「蒼太おにーちゃんは美月のものです。離婚はしません。おねーちゃんが身を引いて下さい」

 そして優香の宣戦布告を真正面から受けて立つ美月ちゃん。


「そうはいっても、蒼太くんにはもうあなたへの愛情は一欠けらもないわ。あなたの一方的な束縛から、早く彼を解放してあげて」


「束縛じゃありません。美月への愛はあります。おねーちゃんへの愛の方が一時の感情なんですから」


 ふおおっ!?

 なんだか思っていた以上に白熱した舌戦が、バチバチに繰り広げられているぞ!?

 本当にドラマの1シーンみたいなんだけど!?


 っていうか、これは本当におままごとなのか!?


「じゃあここは蒼太くんにどっちを愛しているか聞いてみる?」

「望むところです」


 と、ここで優香と美月ちゃんが揃って俺を見た。

 ここまでは見ているだけだった俺、ここまでは人生初のおままごとに興味津々だったんだけど、さすがに初体験にしてはこれは場面がハード過ぎやしませんか?


 しかも俺は、2人が見ているっぽいドロドロ三角関係ドラマも見ていないんだけど?


「えーと……その……」

 言いよどむ俺に、


「私ですよね、蒼太くん?」

「美月ですよね、蒼太おにーちゃん?」 

 2人が一気呵成かせいに畳みかけてくる。


 なんだか二人の目が妙に真剣味を帯びているような気が、するようなしないような……。

 美月ちゃんはまだ分かるとして、優香も自分の役に入り込み過ぎじゃないかな?

 そのせいでどっちを選ぶにしても、ものすっごく答えづらいんですが……。


「美月ちゃん。俺はゆ、ゆ……」


 俺は話の流れ的に「優香のことが好きなんだ」と言おうとして、しかしどうにも言うことができずにいた。


 だって優香は学園のアイドルって言われるくらいに可愛くて。

 そしてそんな優香に、俺は好意のようなものを感じてしまっているわけで。


 そんな意識しちゃってる女の子に対して、いくら演技とはいえ面と向かって好きっていうのは――やれやれ、超極上にベリーハードだぜ……。


「はい、なんですか?」

 しかしまだまだ幼い美月ちゃんはすっかり役になりきっていて、俺のセンチでお年頃な心の内をおもんぱかってはくれはしない。


「だからその……俺はゆ、ゆゆ……」


「なんですか蒼太おにーちゃん? この泥棒猫さんにはっきり言ってあげてください」

「そうよ、蒼太くん。この際だからはっきり言って分からせてあげましょう」


 そして俺がこうしてしどろもどろになるのは、偶然にもドラマの展開通りだったのか。

 2人はあらかじめ打ち合わせでもしていたかのように、セリフを重ねながらグイグイと俺に決断を迫ってくる。


「えっと……その……お、俺は……俺は優香が好きなんだ!」


 ついに意を決した俺は、限界まで気力を振り絞って半ば叫ぶように宣言した。


 最初は「好き」じゃなくて別の表現を選ぼうかとも思った。

 でも2人がこれだけ一生懸命に演じているのに、俺だけ適当かますのは良くないって思ったんだよな。


 いやでも、緊張したぁ……!

 だって学園のアイドルに「好き」って言ったんだぞ?


「ほら見てごらんなさい。さっさと離婚をして、蒼太くんは私に譲ってちょうだい」

 俺のセリフを聞いて、優香が勝ち誇ったように告げる。


 満面の笑みを浮かべていて、とても演技とは思えないほどに嬉しそうだ。

 優香って実はかなりの演技派だったんだな。

 まるで優香が本気で俺を愛してるみたいだ――なんてことを思わず勘違いしちゃいそうだよ。


 はいはいわろすわろす。

 自制しろ思春期。


「離婚はしません。蒼太おにーちゃんと美月は夫婦ですから」

「愛がなければもはや夫婦とは言えないわ。共同生活をするだけのただの他人よ」


「夫婦の地位は法律で保証されていますから」

「じゃあ離婚裁判ね」


 バチバチと丁々発止でやりあう優香と美月ちゃん。

 だけど俺の目には2人がいがみ合っているのではなく、とても楽しそうに映っていた。


 きっと2人とも、普段とは違った自分を演じるのが楽しいんだろうな。


 特に優香はみんなから学園のアイドルと呼ばれ、性格も優しくて穏やかだと評判で、だからこんな風に誰かとバチバチと言葉でやりあったりはしない。

 少なくとも俺はそんな優香を見たことも聞いたこともなかった。


 だから今の泥棒猫さんの役を思った以上に楽しんで、役にのめり込んでいるのかもしれなかった。


 それにしても、だ。

 この元ネタになったであろうドロドロ三角関係ドラマって、控えめに言って主人公が優柔不断のクソ野郎だよな。


 妻の姉と不倫するとか、近海漁業ってレベルじゃないぞ?

 こういうクソ野郎にだけは絶対にならないでおこうと、俺は固く心に誓ったのだった。


 この後も三角関係おままごとは、時々俺を置いてけぼりにしながらバチバチMAXで続いていった。

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