第26話 3人でおままごと

「じゃあどんな役でやろうか?」


 おままごとで一番大事なのは役決めだろう。

 誰が何の役をするのか――それでその先に生まれる物語のかなりの部分が決まるはずだ。

 俺、優香、美月ちゃんとメンバーは3人なので、無難なところだと両親と一人っ子あたりだろうか?


 まぁ、俺はおままごとをしたことがないので、全部推測でしか語れないんだけど。


「蒼太おにーちゃんがパパで、美月がママの役です」

「了解」


 うんうん、やっぱそうくるよな。

 俺の想定通りだ。

 せっかくだし美月ちゃんが惚れ惚れするようなカッコいいパパを演じるとしようか――俺に演じられるかどうかはさておいて、やる気の話な。


「じゃあ私は2人の子供ってことでいいのかしら?」

 どうやら優香も俺と同じ見立てのようで、のんびりほんわかとした口調で言ったんだけど――、


「ううん。おねーちゃんは美月のおねーちゃんで、蒼太おにーちゃんの不倫相手をしてもらいます」


「……………………え”?」

 言葉の意味に数秒理解が追い付かなかった俺は、しかし理解した途端にカエルの潰れたような声を上げてしまい、


「み、美月? 今なんて……?」

 優香は優香で聞き間違いとでも思ったのか、困惑の表情を隠せないでいた。


「おねーちゃんには、蒼太おにーちゃんの不倫相手をやってもらいます」


「ふ、不倫相手ぇっ!?」

 今度こそ言葉の意味を理解した優香が、声を裏返らせながら叫んだ。


「はい。最近のドラマとかでも三角関係は定番ですから。おねーちゃんも洗濯物を畳みながら、よく楽しそうに見ていますよね?」


「そ、それはそうだけど……」


「『彼女より1秒でも先に君と出会いたかった』ってシーンを、何度も繰り返し見ていましたし」


 美月ちゃんはそう言うもののだ。


「えーと、美月ちゃんにはそういうのはちょっと早いんじゃないかなぁ……」

「でも蒼太おにーちゃん、恋愛ドラマの基本は三角関係だって、よくクラスでも言っていますよ? 男に尽くす泥棒猫さんが、お話に深みを出すんです」


「最近の小学生はませてるんだな……」


 苦笑とともに呟きながら、俺はかつて自分が小学校3年生だったころを思い返してみた。

 9歳の時の俺は三角関係どころか、そもそも恋愛ってものに興味すらなかったような気がする。


 例えば休み時間は、ダッシュで校舎の階段を駆け下りて運動場まで行ってドッジボールをしてたよな、うん。

 10分の休みでも構わずドッジボールをやりにいっていた。


 そしてドッジボールができない雨の日は、一つの机に集まって消しゴム落としをしていた。

 すると『絶好調』とか『根性』とか書いてある、

『お前それ消しゴム落としのためだけに持ってきてるだろ!(怒)』

 って感じのドでかい消しゴムを持ってくる奴が絶対1人はいて。


 まずは全員攻撃でそいつを倒すレイドバトルが始まるまでがセットだった。


 当然そこには恋とか愛とかいったおセンチな概念は微塵も存在してはいない。

 もはや比べる以前の問題だった。


 女の子の方が恋愛方面が早熟なのはあるにしても、それにしても最近の小学生は進んでるなぁ……。

 自分より若い世代についていけないと感じるなんて、まさか俺はもう既に若くないのだろうか……?


 そんな恐ろしいことをチラリと考えつつ。

 でもまぁ美月ちゃんたち世代で流行りっていうなら、せっかくだしやってみるかと俺は考えていたんだけど――。


「やっぱりやめておきましょう」

 優香が一瞬、俺の方をチラリと見てから言った。


 すぐに俺は、優香が俺のことを心配してくれているのだと察する。

 イケメン医大生に彼女を寝取られた俺が、この設定のおままごとをやって嫌な気分になると気づかってくれたんだろう。


 さすが優香、美人なだけじゃなくて気づかいも人一倍だな。

 でも大丈夫だよ。

 俺はもう本当に、完全に吹っ切れているからさ。


「まぁそう言わずにやってみないか優香?」

「え、でも――」


「俺、おままごとするのって初めてだし、この設定はかなり面白そうだしやってみたいかなって思うんだ」

「蒼太くんがいいんなら、私は別にいいんだけど……」


 少し心配そうな顔はしながらも、俺の意見を尊重してくれる優香。

 すると、美月ちゃんが興奮したように言った。


「はっ!? さすがおねーちゃんです! 男に尽くし男を立てる泥棒女の役にもう入り込んでいます!」

「もぅ、今のはそういうのじゃないから」


「そうなんですか?」

 しかし俺と優香のやり取りの真意までは分からなかったのだろう。

 美月ちゃんは不思議そうな顔で小首をかしげた。


 ませているとはいえ、なんだかんだでまだまだ年相応に子供なんだな。

 そのことにホッと一安心する俺だった。


 OK、大丈夫。

 俺はまだちゃんと若者だ。


――――――――――


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