第10話「おねーちゃんと蒼太おにーちゃんが付き合ったらいいんじゃないですか?」

 極めて個人的な話だったので、話すべきか否かほんのわずか躊躇ちゅうちょする。


 優香に――美月ちゃんはまだ小さいからいいとして――彼女を寝取られたカッコ悪い自分を知られたくないと、ほんの少しだけ思ってしまったから。

 優香に笑われたくなかったから。


 ダサい自分を見られたくない――つまり見栄を張りたい男の子のプライドってやつだ。

 ……でもま、終わったことだし別にいいかな。


 仮にここで誤魔化したとしても、「冴えない容姿の紺野蒼太が、分不相応にも付き合っていたSランク美少女の葛谷詩織に振られた」って噂は、半ば嘲笑を込めてすぐに学校中に広まって優香の耳にも入るだろうし。


「あー、その、実は俺さ。彼女に振られたばかりですごく落ち込んでたんだ」


「え――っ!?」

 すると俺が話しかけていた美月ちゃんではなく、横で聞いていた優香がビックリしたような声を上げた。


「蒼太おにーちゃんみたいな素敵な人を振るなんて、ひどい彼女さんです! ぷんぷんです!」

 ぶぅ、とほっぺを膨らませる美月ちゃん。

 その姿になんとも心が癒されるとともに、すごく元気づけられる気がした。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺はそこまで素敵な男子じゃないから」


 少なくともイケメン医大生と比べたら、俺なんてモブ中のモブ。

 顔も、身長も、頭の出来も、財力も。

 なにもかもが比べるまでもなく劣っている。


 ロールプレイングゲーム R P G で例えるなら向こうは強大なラスボス。

 俺は序盤の移動マップで遭遇する十把一絡じっぱひとからげのただのザコAだ。

 何をどうやったって勝てない。

 比べる以前の問題だ。


「蒼太くんの彼女ってたしか隣のクラスの葛谷くずがやさんだよね?」

「そうだよ。まぁもう元・彼女なんだけど……」


「2人の関係を詳しくは知らないんだけど、ついこの間も葛谷さんがうちのクラスに来て一緒に帰ってたよね? その時はすごく仲が良かったように見えたけど」


「別に急に仲が悪くなったわけじゃないんだ」

「じゃあどうして別れたの――って、ごめんなさい! こんな風に根掘り葉掘り聞いたら失礼よね。私ったらなにやってるのよ、もう……!」


 慌てたように言った優香が申し訳なさそうに頭を下げた。


「あはは、気にしないでくれていいよ。話そうとしてるのは俺の方なんだから」

「でも……」


 優香はなおも申し訳なさそうな顔をしていたものの。

 逆にここまで話した以上は、むしろ最後まで聞いてもらいたいのが人情というものだ。


「詩織のやつ、俺だけじゃなくてイケメン医大生とも付き合っていたみたいでさ」

「――え?」

 ついに核心を述べた俺の言葉に優香が目を丸くした。


「向こうがデートしてる時にたまたま偶然鉢合わせたんだけど、そしたら速攻で振られちまった」


 ラブホから出てきたところに遭遇した、とまではさすがに言わない。

 美月ちゃんはまだ9歳だから情操教育的にもよろしくないしな。


「それって二股ってこと? ひどい……」

 口元に手をやった優香が眉をひそめる。


 俺を気づかうと同時に、浮気をしていた詩織に対してまるで自分のことであるかのように怒りを向けてくれる優香。

 本当に自然に俺の味方をしてくれる優香に、俺はなんとも言えない嬉しさやありがたさを感じていた。


「だけど今日、余計なことを考えずに無我夢中で美月ちゃんを助けただろ? そしたら気が付いた時には、気分がすごく楽になってたんだ。いつのまにか吹っ切れてたんだよな。だからありがとうって言ったんだ」


 これ以上ないくらいに最悪の振られ方をした当日だっていうのに、驚くほど穏やかな自分の心。

 俺はそれを言葉だけでなく態度でも分かってもらえるようにと、優香と美月ちゃんに優しく笑いかけた。


 今日この2人に出会えて本当に良かった――なんてことをしみじみと思っていると、


「だったら――」

 そこで美月ちゃんがポンと軽やかに手を打った。


「どうしたの美月?」

「どうしたんだ美月ちゃん」


 そして俺と優香の視線を受けた美月ちゃんは満面の笑みで、本日2度目となる爆弾発言を投下した。


「だったらおねーちゃんと蒼太おにーちゃんが付き合ったらいいんじゃないですか?」

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