黒猫少女は笑わない~君に捧げるアイリスの誓い~
千賀春里
第1話 黒猫は非行少女
何もかもが気に入らなかった。
ミスティア・ロンサーファスは『自分の知識をひけらかしてはいけない。でも困っている人には手を貸してあげなさい』と、そう言い聞かせられてきた。
自分もその通りだと思っていたし、その通りにしただけだ。
結果として人の命が救われ、自分も嬉しかった。
しかし、命を救った人が国の要人だったがために大事になってしまった。
自分は『年不相応な知識を有している危険分子』として無理矢理王都に連行され、強引に王都立アイシャンベルク学院に押し込められた。
人を助けただけだ。
感謝されても、こんな目に遭う筋合いはない。
地元から無理矢理連行され、学院に編入させられた際にミスティアの意見も気持ちも反映されることはなく、ただただ憤りを覚えるばかりだった。
地元を離れ、親しい友人や家族から引き離され、外出の自由もなく、楽しみは取り上げられ、厳しい規律に鬱憤ばかりが溜まっていく。
抱えた鬱憤を少しでも発散しようと校舎裏にある森に足を向けて歩き出した。
「ミスティア」
自分を呼び止める声がする。
何もかもが気に入らないが、特に気に入らない者がいた。
「待って」
しかし、構わず歩き続けると遂には腕を掴まれた。
「離して」
反射的に腕を振り解き、振り返れば案の定、大嫌いな男子生徒がそこに立っている。
金色の髪は太陽の光で眩しく輝き、エメラルドグリーンの瞳は磨き抜かれた宝石のような透明感がある。品の良さそうな顔立ちはまるでこの世の不条理から切り離された世界の住人だと思った。
成績優秀でスポーツ万能、品行方正な彼は絵にかいたような優等生だ。
いつも穏やかに微笑んでいて誰に対しても優しく接する彼がミスティアは不気味だった。
「どこに行くの? もうすぐ昼休みは終わりだよ」
クラスメイトでクラス委員だというキース・リオネイラは焦った様子でミスティアに問い掛ける。
「君には関係ない」
ミスティアは冷たく言い放ち、キースに背を向ける。
しかし、それをさせまいとキースはミスティアの腕を再び掴んだ。
顔を顰めるミスティアとは対照的にニコニコと微笑むキースが不気味だと思えた。
「駄目。一緒に戻ろう」
「何で」
「君、この前もこの授業サボったでしょ。週に数回しかない授業の欠席は留年の原因になりやすいから」
「君には関係ないでしょ。構わないで。鬱陶しい」
私が留年しようが成績が悪かろうが、他人には関係ない。
むしろ成績不振で退学にしてもらいたいぐらいだ。
ミスティアはキースを睨みつけるがキースは笑顔を崩すことなくミスティアの腕を引く。
「ちょっと離してってば!」
「離したら逃げるでしょ」
声を上げるミスティアにキースは冷静に答える。
そんなに身長は変わらないのに意外にもキースの力は強い。
結局、ミスティアは教室に連れ戻され、午後の授業は全て出席させられた。
自分の斜め前の席に座るキースは授業中でもミスティアの存在を確認するためか、ちらちらと視線を投げてくる。
その行動も不愉快でミスティアはキースを視界に入れる度にイライラした。
間に合って良かったとキースはほっと胸を撫でおろす。
昼休みがもう少しで終わるというのに、廊下の窓から森に向かって歩いていくミスティアの姿を見つけて急いで外へ飛び出した。
「離して」
咄嗟に掴んだ腕を振り解かれ、いきなり触れるのは不躾だったと反省する。
ミスティアが編入して来てからしばらく経つが相変わらず刺々しい態度は緩和されず、周囲からは浮いている。
「君には関係ないでしょ。構わないで。鬱陶しい」
綺麗な顔を歪ませて自分を睨みつけるミスティアを見る度に、どうしてこんな風になってしまったのかと首を傾げずにいられない。
授業はサボるし、提出物は出さないし、寮の門限は破るし、学校から逃亡しようとするし、今時珍しい非行少女だ。
授業の合間にある休み時間も少し目を離せばいなくなるから困ったものである。
それにしても黒猫みたいだな。
黒い髪を揺らし、印象的な紫色の瞳がこちらを睨む度に警戒心の強い黒猫を相手にしているように思えてしまい、何だかおかしくなる。
流石に猫のように抱きかかえるわけにはいかないのでキースは痛くない程度にミスティアの腕を引き、教室に向かって歩き出す。
「ちょっと離してってば!」
「離したら逃げるでしょ」
何せ幼い頃から野山を駆け回っていた彼女の身体能力は非常に高く、一度逃げられたら捕まえるのは骨が折れる。授業開始まで残り十分を切った状況で捕まえられる自信はない。
教室まで連れてきて席に着かせると流石に観念したようで、机から渋々と筆記用具を取り出し、教科書を広げ、授業準備を始めた。
それを見届けてから自分も席に着く。
しかし、油断は出来ない。本当に一瞬の隙をついて消えるので常に気配があるかを確認する必要がある。
ちらりと後ろを確認すると不貞腐れたミスティアが窓の方を見ていた。
こちらに気付いて視線がぶつかると嫌そうな顔で視線を逸らす。
本当に、何でこんなことになっちゃったんだろう。
キースは過去のミスティアを思い出し、今とのギャップに頭を抱えた。
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