休日、そして進む陰謀

「殺すつもりで来い——」エセルナート王国国王トレボーは王城の練武場で邪悪な魔術師ワードナ打倒を目指す女性だけの冒険者パーティ、エルフの魔法戦士サムライキョーカ、ドワーフの戦士シーラ、勇者の末裔マキ、神官ミア、魔術師マーヤの五人と向かい合っていた。


 模擬戦だ——キョーカとマキはトレボーの後ろにじりじりと回り込む。


 トレボーを中心に真正面にシーラ、右斜め後ろにキョーカ、左斜め後ろにマキが位置を取った。


〝悪くない〟トレボーは隙を見せずに後ろに回り込んだ二人の気配を感じつつそう思った。


 手を抜けば負ける——そう悟ったトレボーは後ろからの攻撃を想定して右手に持った殻竿状武器フレイルを後ろ手に構えた。


 左手に握った長剣は正眼に構えドワーフの女戦士を牽制する。


「速き風よ光と共に——」マーヤが魔法を唱え始めた——爆裂魔法だ。


 だがトレボーは動かなかった。


 まともに喰らえば死有るのみ——何を考えているの——マーヤは集中を切らさず魔法を呼び起こす詠唱と踊る様に印を組む手足の動作を行っていく。


 前衛のキョーカ、マキ、シーラ、そして後衛のミアとマーヤは視線で連携を確かめた。


 爆裂魔法で止めを刺せなかったら前衛の三人が一斉に突っ込む。


 倒れなくとも目潰しを喰らって反応は鈍る筈——それが三人の読みだった。


 同時にミアもパーティ全員の防御力を上げる魔法の詠唱を始めた。


 爆裂魔法でダメージを受けないギリギリの距離で前衛が武器を構える。


 魔法術式が完成した——トレボーの間近で爆裂魔法が炸裂する。


 人影が爆炎の中で揺らいだ。


 倒れ込む——そう思った瞬間炎をまとった影がシーラに向かって突進してきた。


 信じられない速さだ。


 シーラは戦斧で迫りくる殻竿状武器を止めようとした——しかし間を全く置かずに右からも長剣が襲ってくる。


 シーラは板金鎧プレートメイルの上から乱打される。


「クッ——」気を失いそうになりながらもシーラはトレボーの攻撃から逃れようとした。


 後ろから一気にキョーカとマキが攻撃を掛けようと迫っている。


 もう少し耐えれば——しかし、そうはいかなかった。


 殻竿状武器がシーラの顎——兜の顎当てに守られてはいた——を直撃する。


 シーラは意識を失って昏倒した。


 ドワーフの女戦士が完全に倒れる前にトレボーは敵を攻撃すべく後ろを振り返る。


 キョーカとマキは鬼気迫るトレボーの闘気に一瞬怯みそうになった。


 まるで実戦だ——それでも気合いで連携を保って突撃した。


 マキがトレボーの右側から、キョーカが左側から同時に剣を振り下ろす。


 トレボーは右手に持った殻竿状武器を回転させながら下から切り上げて来るマキの片手半剣バスタードソードと逆袈裟に斬りつけて来るキョーカの日本刀を弾き飛ばした。


 マキはトレボーの左手に握られた長剣が自分の喉元に突き付けられるのを見た——大盾の防御は間に合わなかった。


 キョーカは日本刀——銘は天叢雲獅子堂あまのむらくもししどうが弾かれて手から離れた事で勝機を失ったことを悟った。


 ミアとマーヤはキョーカ達が接近している為、凍気や炎の攻撃魔法を使えない。


 麻痺の魔法をミアが唱えた——しかし、効果は無かった。


 隻眼の老魔術師ガーザーが得意とする心臓破裂の魔法は模擬戦の域を越えてしまう——マーヤは習得はしていたが使わなかった。


「手詰まりね——私達の負けですわ」マーヤの宣言にパーティは頷かざるを得なかった。


「直接身体を破壊する魔法を使われたら変わったかもしれん。儂の勝ちとは言えぬ」トレボーが武器を下げる。


「娘を頼む。お前達の実力ならあ奴を守れるだろう。あ奴は実戦経験が足りぬ。一国の姫としてでなく真の仲間にしてやってくれ」トレボーは倒れているシーラに活を入れた。


 ドワーフの女戦士が目を覚ます。


「あ痛てて、もう少し手加減してくれてもいいのに」シーラは痛そうに顎をさすった。


「加減すれば儂が負けたろう——それに実戦そのものでないと訓練の意味が無い。治癒術士ヒーラー、シーラの手当てを」


「大した怪我ではありませんよ——ドワーフ女の頑丈さをなめて貰っては困ります」


「これは王命だ。油断は禁物だぞ。顎当てが有ったとはいえ殻竿状武器フレイルが直撃したのだ」トレボーはシーラを気遣った。


「今月分の給金は弾んでおいた。皆で街で楽しんでくると良い。コールドゥの母と姉、それにカレン卿と我が愚女アナスタシアの護衛も兼ねてくれ」


 王女達はトレボーと茶を飲みながら昼食を食べてはいたが甘味を街に摂りに行く事にした。


 城塞都市の目抜き通りを歩いて最近流行りの薄焼きクレープの店に入る。


 王女達、それにコールドゥの母と姉は生クリームに旬の果物の入ったクレープと発酵乳の取り合わせに舌鼓を打ったのだった。


 *   *   *


 時間は少し進む——魔導専制君主国フェングラースの東南に広がるダークランド――名前通りの暗黒地方と呼ぶに相応しい地方だった――に有る植民都市ウツロで秩序機構オーダーオーガナイゼーションカビ悪魔による人心人体操作の最終試験を行おうとしていた。


 王女達がトレボグラード城塞都市を出発して二週後の事だった。


 邪黒龍グレーニウスはその実験の協力者となった。


 ウツロの上空に飛来したグレーニウスは収納魔法の掛かった巨大な金属筒から黴悪魔を散布する。


 ウツロの住民は龍が空を飛んでいるのを見ても驚きはしなかった。


 ダークランドには龍が多かったのだ。


 街の上空を飛び過ぎる龍はそれなりに居たが今回のは違った。


 上空をぐるぐると回る。


 キラキラ光る粉の様な物が降ってくるのを見ても住民達は驚かなかった——なる様にしかならない——そういう諦めからくる無関心だった。


 中にはその美しさに外に出て黴悪魔を見物する者もいた。


 小一時間も龍は空を舞っていたろうか——やがて一声鳴くと北へと向かって飛び去った。


 街にはうっすらと金でできた粉雪の様な黴悪魔が積もった——住民の殆どがそれを吸い込んだ。


〝全て予定通りだ〟グレーニウスは秩序機構総帥ゲルグと幹部達に念話で報告する。


 悪魔が体内で根を張る迄数日必要だった。


 十分余裕をもって街の真ん中に有る時計塔——魔道の力で時を計測する巨大な魔道機械、それでけではなく緊急時には魔都マギスパイトに魔力を使った通信を行う——を使って魔道念波を間断なく流す予定だ。


 住民達は普段の生活を送っている。


 魔道念波が流されるまでだが——流されたが最後家族を手にかけるような洗脳が行われるのだ。


 家族を殺した後も日常生活を平然と送り、しかも秩序機構の命令には従う——そうした経過を辿れば成功だ。


 人類奴隷化計画——人民保護育成計画と呼ばれていたが——がいよいよ此処まで来た事にゲルグを始め秩序機構の面々は感慨と野望と願望と大志をひしひしと感じていた。


 魔力を込めて命令すれば自分の命さえも捧げさせることが可能だ。


 生け花や版画、艶本、賭け事、闘技場コロシアムでの競技と言った下賤なものも一掃出来る。


 魔法使いの哲人による政治体制の全世界化だ。


 魔導専制君主国フェングラース首都マギスパイトでさえも一歩路地裏に回れば魔法使いでも殺される事も有った——そんな事はもう起きない。


 愚孫コールドゥ——今はもう死んで〝憎悪の戦方士〟との異名もこけおどし以下だ——を使って研究していた一般人を戦方士バトリザードと呼ばれる限定的な魔術師にする実験も上手く進んでいた。


 両者を組み合わせれば戦争にも国内の反乱者狩りにも多大な力を発揮する強力な軍隊が作れる。


 無駄な遊びの無い、全ての者が己の責任を果たす社会の誕生だ。


「皆、ご苦労だった。五日後に魔道念波の発信装置を起動する。それまで全員に休暇を与える。我らの世界に魔術神オーディンの加護が有らん事を」


「オーディンの加護が有らん事を!」部下達が唱和した。


「諸君、解散!」ゲルグは声高く宣言した。


 部下達は整然と退室する。


 ゲルグも自分の居住塔に戻ってフェングラースを指導する三十六魔導士としての仕事に掛かった。


 政事まつりごとにも結社の仕事並の謀略が求められた。


 ゲルグの家系は君主国の警察権の頂点を務めていた。


 今の君主国警察長官もゲルグだ。


 だからと言って好き勝手に気に食わない政敵を逮捕するようなことは出来ない。


 魔都マギスパイトに居を構える三十六魔導士同士は敵対する事は許されていなかった。


 魔導帝だけが三十六魔導士に賞罰を与えられる。


 最も権謀術数は当たり前の世界だった。


 ゲルグ自身も違法すれすれのやり方で邪魔者を逮捕して排除したことが有った。


 裁判では無罪となったが警察に捕まったと言うだけでダメージは大きい。


 公然とは敵対しないだけで派閥争いは常に有った。


 今は現魔導帝ゲネスとその双子の兄マクダフの二派が主だ。


 ゲルグはマクダフ派だった——司法権を握る一族は魔導帝についていた。


 呪われた街ウツロ――今はヴェルメインとフェングラース語の名に改名されていた――での試験が成功したら次は魔都マギスパイトで黴悪魔を散布する。


 マクダフには悪いが魔導帝の地位も自分が襲うつもりだ。


 マクダフも三十六魔導士の一人として財務権を握っていた。


 魔導帝は三十六魔導士から最も魔力と知力に優れた者が任命される。


 だが、今回のゲルグの行動はクーデターになる筈だった。


 知力を落とさずに奴隷に出来る——魔都こそ最初に落とすべき目標だ。


「御機嫌じゃない——」殆ど半裸の少女が突然目の前に現れた。


「またお主か。幼女神エリシャ。くれてやった白エルフの巫術師ガーファルコンに飽きでもしたのか」


「彼は役に立ってるわよ。でも貴方の野望に彼が欠かせなくなるかもしれないからそれを伝えにね」幼女神は「役に立ってる」と言った時に妖艶な笑みを浮かべた。


「転生者無口蓮はどうしたのだ」あまり深くは追及せずにゲルグは聞く事にした。


「さあ」


「さあとは。仮にも一度は庇護下に置いた者に対して余りな仕打ちだろう」


「飽きた玩具に興味は無い——前に言った筈よ。更に言えば邪神チャウグナル=ファウグンの件は私の顔に泥を塗ったも同然だわ」


「では奴は——」


「復活はしてるでしょうね。王女アナスタシア達への復讐を誓っていると思うけれど——そうそう」幼女神は思い出した様に付け足す。


「王女達が貴方の首を狙って動き出したわ——軍偵忍者ライオーと老魔術師ガーザーも先行して魔都に入ったわよ」


「何故それを先に儂に教えない。それに王女自ら儂を討伐しに動くのか——狂王の血は争えんな」ゲルグは呆れかえったと言わんばかりに鼻を鳴らす。


「彼女達はともかく、ライオーとガーザーは強敵でしょう」


「ウツロ――ヴェルメインでの試験が終われば奴らとて敵では無い——」


「筋書き通りに話が進めば良いけどね」


「神たるお前に分からない事が有るのか」


「あの忌々しい全知全能神とは私は違うわ——私は可能性を推察するだけ。だから予知能力者たるガーファルコンを我が物にしたかったの——彼が欲しい理由はそれだけでは無いけど」幼女神は口を尖らせた。


「故意に情報を漏らして王女達をウツロに誘導する。ライオー達はマギスパイトで決着を付ける」ゲルグはざっと計画を立てた。


「頼もしいわね」幼女神は皮肉った。


「まあ見ておれ——儂にもお主にも良い結果をもたらしてみせる」ゲルグは自信たっぷりに言った——皮肉を気にする様子は一切無い。


 ——果たして王女達は餌に食い付いたのだった——。

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