前世でお医者さんになりたかった俺は、病弱令嬢から目が離せない

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 俺は異世界に転生したが、特に目立つような人生をおくりたいわけではないから、何か特別な事をやっているわけではない。


 そこらにいるモブとして生きている。


 だって異世界転生ものとかいう、こういう物語では力のない奴が調子にのって、目立って大変な目にあうって相場が決まっているし。


 大人しく、身の丈にあった暮らしをするのが一番だよ


 けれど、とりあえず生きていくうえで必要な前世な知識は利用させてもらうから、同年代の男子や女子よりはかしこいさ。


 勉強とかも、かなり楽させてもらったよ。


 目立ちたくないから、適度にミスはしていたけども。


 でも、そんな感じに生きていたからか、いいところに就職できた。


 何の変哲もない平民だったけど、お金持ちの家の使用人になる事になれたのだ。


 使用人になった俺は、さっそく貴族のお嬢様に使える事になったのだが。


「お嬢様大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。ごほごほっ」


 このお嬢様が無茶苦茶病弱だった。








 まず、ちょっと動くとすぐに血を吐く所がある。


「今日は天気がいいわね。お散歩にでかけましょう」


 と、お嬢様が思いつき、屋敷の庭を散歩するのだが。


 数分後。


 体調が急変。


「ごほごほっ」

「お嬢様! 大丈夫ですか!」


 ハンカチをさしだして、口にあててせき込むお嬢様。


 白かったハンカチはみるみる内に真っ赤になってしまった。


 見ているだけで痛々しい。


「今日の散歩は中止にしましょう。部屋で休むべきです。あと早く薬をのみましょう!」

「ええ、そうね。心配をかけてごめんなさい」


 今日はちょっと薬を飲むのを後回しにしたのだ。


 軽く散歩してからにしようとお嬢様が言ったから。


 けれど、それでこのありさまだ。


 本当に、大変な体質だな。






 さらに病弱なお嬢様は、普通の病気の症状が重くなってしまう所がある。


 俺はベッドに横になっているお嬢様へ話しかける。


「お医者様が言うには、軽い熱らしいですけど。大丈夫ですか?」

「ごほごほごほっ、へっ、平気よ。ごほごほごほっ」


 しかし返答が平気そうじゃなかった。


 おととい、風邪のような症状が出たので、お嬢様は医者に診てもらう事になった。


 医者が言うには、やはり普通の風邪でしかないらしいのだが。


 体が弱いせいか、普通の人よりも症状が重く出てしまっているようだ。


「ごほごほごほっ。お水もってきてくれる?」

「はい、こちらですよ。あと額のタオルもとりかえさせてもらいますね」


 ベッドの上のお嬢様は大量の汗をかいていて、顔が真っ赤だ。


 この分だと、二、三日では治りそうにないなと思った。一週間くらいかかるかもしれない







 極めつけにお嬢様は、ちょっと転んだだけで骨折してしまう所もある。


「きゃああああっ」

「お嬢様! 大丈夫ですか!」


 階段から転げ落ちたお嬢様にかけよる。


「いたたたた」とうめいているお嬢様は、どうやら足を動かせないらしかった。


「俺がおぶってはこびます。それともたんかになるものを持ってきましょうか」

「手間をかけさせてごめんなさい」


 まさかと思ってお医者さんに診てもらうと、骨折している事が判明。


 ベッドの上から少しも動けない生活が始まってしまった。


「お医者様が言うには、私は普通の人と違って怪我の治りが遅いらしいから、治療は長くかかるみたい。面倒をかけるわね。いつもごめんなさい」

「お嬢様、だっ、大丈夫ですよ。出来る限りの事は俺達使用人がやりますから。謝らないでください」


 しょんぼりとしたお嬢様には、さすがにそれ以上かける言葉がなくなってしまった。


 へたな慰めが相手には辛い事だってあるのだ。







 と、このようにお嬢様はかなり体が弱い。


 だから、それを手助けする俺達使用人はかなり大変だった。


 お嬢様が怪我をしないように、細心の注意をはらって障害物を取り除いたり、薬や応急手当品の持ち歩きを徹底したりしている。


 しかし、それでもお嬢様はたびたび怪我をしたり、体調を崩してしまう。


 三日も無事であった試しがない。


 こんなにも病弱な人が他にいるだろうか。


 仕事が終わった後、俺は自分の部屋で日記を綴りながらため息を吐いていた。


 俺は前世で夢が叶えられなかった。


 医者になるという夢があったのだが、不慮の事故で命を落としてしまったのだ。


 けれど、今の俺は夢を諦めていた。


 前世でなかなか努力が実らなかったから、今度だって同じ。今世では普通の人間として過ごした方がいいような気がしていたのだ。







 ある日、薬を飲んだ後、お嬢様が話しかけてきた。


「いつもありがとう。貴方が傍にいて、いつでも備えてくれていると思うと私も安心していられるわ」

「そんな。俺はお嬢様の病気を治す事もできないのに」

「傍にいて、支えてくれるだけで、心がずいぶんと楽になる事があるのよ」

「そうだったら嬉しいです」


 お嬢様から感謝の言葉を伝えられるが、俺の心は晴れなかった。


 その場その場で対処できていても、根本的な問題を解決できない事をふがいなく思ってしまう。


「貴方ならきっと良いお医者さんになれるわね」

「どうしてその事を?」


 俺は驚いてお嬢様の顔を見る。

 

 俺は実は、医療の本を数冊所持している。


 未練なのだろう。


 断ちきれずに、今もそういった本を眺める時があった。


「前に部屋の戸締りがしてなかったみたいで、隙間からこっそり。ごめんなさい」

「恥ずかしい話です」


 原因は自分の凡ミスだったらしい。


 俺は、住み込みの使用人として働いているし、お嬢様もそういった区画にたまに来ることがあった。


 普通のお嬢様はそんな事しないのだが。


 自分の体質の事で迷惑をかけているからと、使用人たちには色々とよく接してくれているのだ。


「医者になるつもりはありませんよ。俺は目の前の人も救えないというのに」

「何もできないと思っているの? そんな事はないわ。知識を持った人が傍にいる事は、それだけでとても安心できる事だもの」

「しかし」


 お嬢様は俺のこれまでの行動を一つ一つ褒めてくれる。


「最初はおぼつかなかったけれど、いつも必要な時に薬を差し出してくれるようになったし。病気の時も、適切な方法で熱を冷ましてくれたし、楽な姿勢を教えてくれたわ。貴方の知識はとても役立っている。このまま勉強すれば、きっといいお医者様になれるわ」


 お嬢様は俺が本当にそうなれると信じているようだった。


 俺はその言葉に救われたような気持ちだった。


 誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。


 お嬢様は本気で俺の夢を応援してくれているようだった。


「ありがとうございますお嬢様。俺は必ず、お医者さんになってみせます」


 そして、お嬢様の体を治すのだとそう宣言した。


 お嬢様は笑いながら「楽しみにしているわね」と告げる。


 今日は勉強がはかどりそうな気がした。








 それから十数年。


 白衣に袖を通した俺は、本日数人目の患者の元へ赴く。


 まさか彼女の病弱体質の原因があんなものにあったとは思わなかった。


 しかし、もうこれからは自分の体質に悩まなくてもいいのだ。


「お待たせしました。ではこれから治療方法について説明させていただきますね」


 俺は、診察室で待っていた一人の女性に向かって口を開いた。


 彼女はまっすぐにこちらを見つめる。


 その瞳には不安の色はない。


 お嬢様は昔と変わらずに、俺の事を信じてくれているようだった。


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