1-13:行商人ホーノット
西都と南都を繋ぐ街道を透明な杖をつきながら歩くグリーンは向こうから歩いてくる人物に気が付くのだった。
その男は屋台のような荷車を引き、街道をこちらとそう変わらない速度で歩いている。
「こんにちは。若いティラーの方。アタクシ行商をしているホーノットというものです。」
グリーンの手にもった半透明の杖を見て男は声をかけた。
「あぁ、どうも。グリーンだ。すごいな、そんな荷車を引いて。」
ホーノットはハハハと笑いながら目深にかぶっていた帽子を持ち上げて見せたのだった。
「この通り、アタクシはビスティアなもので。力には自信があるんですわ。」
帽子の下から出てきたのは立派な一対の獣耳、現実の動物で言えば狐だろうか?
「へぇ……ビスティアってのはそんなに力が強いのか……。」
「おや、ビスティアにはまだ会ったことがありませんか?ティラーの方のようにジョブやスキルこそありませんが、力や器用さ、丈夫さ、俊敏さではティラーの方にも負けませんよ?」
ついでとばかりにグリーンは情報を得ておこうと考えた。
「あの山に行く道って結構整備されてたりするのか?」
「おやおや、そんな長話をするにはここは少し都合がわるぅ御座いますねぇ。どうです?お茶とお菓子でも。」
グリーンはシステムウィンドウから自分の持つ通貨を確認すると、お茶とお菓子を買って話し始めた。
「あぁ、結構美味いな。落ち着いた味がする。」
「えぇえぇ、そうでしょうそうでしょう。アタクシの自慢の一品ですから。しかしティラーの方はなかなか顧客になってくれませんから困る。」
「あぁ?いやこれだけ美味ければ買うやつもいるんじゃねぇの?」
「ティラーの方は、というより人間以外の種族は食事をとる必要も無ければ眠る必要もありませんからねぇ……どうしてもこういった嗜好品は人気がなくて……。」
「まぁそれなら仕方ないか、嗜好品ってのは生活に余裕があるやつの楽しみみたいなところがあるしな。」
「えぇえぇ、それであの山でしたね。あの山の名前はエレクトリオン山、南部と東部の境に位置している関係で手つかずになった山ですよ。それゆえに正式な道はありませんが、獣道のようなものがあります。」
「モンスター、えっとビスデスは出るのか?」
「数はそう多くありませんし、それこそ気にするほどの強さを持つ者はいませんねぇ。でもグリーンさんはティラーですからデスティアに出会っては少々困ったことになるかもしれませんねぇ。……いくら死なないティラーという種族であってもまさに死ぬほど痛いと聞きますし。」
ティラーはプレイヤーやハイデリオン傭兵団のメンバー、ビスティアが北都に国を持ってる獣人、デスティアは東部の国だったか。
「南都は宗教都市でデスティアもビスティアも人間もティラーもいるんだろ?東部寄りの場所が危ないってことか?」
「先ほども言いましたがあそこは南部でも東部でもない場所なのですよ。故に南都の方はまず立ち入りませんが東都のデスティアはたまにあの山に散歩気分でいらっしゃるんです。」
「東都のデスティアはハイデリオン傭兵団を嫌ってるってことか?」
「デスティアは数が少ないので東都を占領して国を興しているだけで数が居ればすぐにでも東西南北中央の都を全て手中に収めたいと考えていますよ。だから東都へは誰も行かないんです。デスティアと普通に接触したら命は無いと考えたほうがよろしいかと。」
「あぁ、じゃあできるだけ周りには気を付けて歩くよ。どうもありがとうなホーノット!」
「えぇえぇ、今後とも御贔屓に。またどこかで。」
ホーノットから聞いた情報は役に立つだろうか。
いや、結局山には登る予定だったわけだし意味なかったかもしれないか。
「でもまぁ、ここからは道なき道を進むってことで!」
山のふもとへとたどり着いたグリーンは自らを鼓舞するようにそう意気込むと、道なき道を一歩踏み出したのだった。
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