ラスボス様は倒させない!

カメンノカルメン

序章:チュートリアルは長ければ長いほどいい

プロローグ:葉隠青葉という女

郊外の小さな一軒家。つい最近まで手入れされていた形跡のあるその家に明かりは無い。


そんな家の薄暗い部屋の中、モニターのブルーライトだけがその狭い室内を照らしている。


真新しいコンビニの袋の中には食べかけのスナックと未だ手を付けずにぬるくなってしまったビールの缶が並んでいる。


暗い部屋の中に白い光が差し込んでくる。

ギィ、という音を立てて開いた扉から入ってきたのはジャージ姿の女だった。


「だる……。」


小さな机に乗せた年季の入ったノートパソコン、その傍には封を開けたばかりの煙草の箱が転がっていた。


座椅子に座り、懐から小さなライターを取り出すと、女はじろじろとライターを舐め回すように見る。

やがて、カチカチと慣れない様子でライターの火をつける。


「おし!……ふぅ。」


火をつけたことで安心したのか、煙草の火を眺める彼女はやがて意を決したようにそれを口に咥え、大きく息を吸う。


「……げっほっ!ゴホ……ガッハァ!……チッ……。」


咳き込んだ彼女は息を落ち着かせ、舌打ちを一つこぼしてコップの中に煙草を投げ入れる。


「……こんなもん、何で吸うんだか……あぁ、だりぃ……。」


ぬるくなったビールを取り出し、そのまま口を付けて一口飲みこんだ彼女はノートパソコンのモニターへ視線を移す。

何か目的があるようでも無ければ、それを楽しんでいる様子も見せず、暗い部屋の中に小さなクリック音だけが響く。


「はぁ……。」


やがてぬるいビールを飲み干した彼女はモニターに目を奪われた。

それはどうやらSNSの急上昇ワードのようだ。

“1億円”、“100万円”、”VRMMO”、あまりにも多くの有名人が話題に挙げているようで、その正体にはすぐに調べが付いた。


「100万で最新のVR機器の設置工事……そして同時にVRMMOのサービス開始……“新たな世界、生きる意味をあなたへ”ねぇ……定員4000人か……。」


詳しい情報を見るためにスクロールしていく。

機器の設置には床が重量に耐えられないといけないため、補強工事が別途かかる事、その性質上国内の人間にのみ購入権がある事、マンションやアパート、借家の場合は所有権者の同意が必要なこと。


「意外に4000人も集まらねぇんじゃね?」


ゲームを最速で購入してプレイしたい人間は基本的に学生だ。

そんな学生がポンと100万も払えないだろうし、家に工事をする言い訳がゲームでは、親に承諾してもらえないだろう。

かといって大人はほとんどの場合サラリーマン。会社の近くにアパートを借りている場合が多く、寮のある会社ではそんな工事を許可してもらえるはずもない。

専業主婦なら条件は満たせるだろうがゲームにすぐ手を出したがるようなモチベのある人は少ないだろう。


「しかしまぁ……アタシなら条件はちょうどあってんな?」


家持ち、金持ち、ゲームに対するモチベもネガティブなものなら有り。

そしてなにより。


「“生きる意味をあなたへ”、ね。本当、教えてほしいくらいだよ。」


生きる意味。

23歳の葉隠青葉というこの女が今最も求めているもの。

生きる意味、死ぬ意味、そして何より今という結果がもたらした自責の念。

無気力に生きることが確定した青葉が紅葉し、枯れ、果てるまで、運命はすでに決められてしまった。

こんな青葉に再び潤いを、生きる喜びを与えてくれるなら、それはきっと100万円なんてはした金で、かけがえのない、よい買い物になるだろうと思い。


「……何期待してるんだろうな?」


座椅子から崩れ落ちるように体を倒し、目を閉じた彼女は一言呟くと、浅く寝息を立てたのだった。


そして、モニターには“工事予約完了”の文字が映っていた。


―――――――――――


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一週間ほどの期間、ずっとキュインキュインと音を立てていた工事も終わり、大量に買い込んだカップ麺と缶詰の山、酒とジュースで溢れそうな冷蔵庫を尻目に青葉はノートパソコンを弄っていた。


「結局、4000人集まったんだな。……評判はクソほどわりぃけど。」


“ゲームに興味ない奴が工事している”


“1億ほしいだけだろうが?”


“世界初のVRMMOに汚点”


そんな見出しのネット記事が流れている。

そもそも工事費が100万円とは別にかかると言ってもせいぜいが150万円ほどの話。

それなのに二つのサーバーに振り分けられたユーザーの内、ラスボスを倒したサーバーのメンバー全員が1億も貰えるとなれば倍率の良い宝くじでしかない。

当然のように金持ちがそれに目を付けてとりあえず買っておこうというのだから救いがない。


「そもそも法律はどうなってんだ法律はぁ?なんでこんなバラマキみたいなことが許されるんだよ、おかしいだろ?」


まぁ、そんなことは青葉にとってはどうでもいい事なのだが。

1億なんてお金、もらえるに越したことは無いが、今生活に困っているわけでもなければ降ってくる大金に執着する理由も無い。


「……あぁ、あ。とにもかくにも、さっさと始めてくんねぇかなぁ……。」


青葉はすでにVRMMOに思いを馳せていた。

それはまるで、ピーターパンに夢の国へといざなわれるのを心待ちにしている少女のように。

天国へと死者を連れて行く天使を待つ聖人のように。

罪人を地獄へと連れて行く悪魔を待つかのように。


「おっと……あぶねぇあぶねぇ、こぼれるところだった。」


ビールの缶を小気味いい音を立てて開け、美味そうに、喉を鳴らすように飲みながら彼女は待っていた。

この小さな部屋の中、ブルーライトに照らされて。

乱雑に押し込まれたごみ箱の隣に座り込んで。


「……。」


その頬に一筋の水を伝わせながら。


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